第五話:正しさの行き先
裁判が終わって、半年が経った。
世界は、特に何も変わっていなかった。
ニュースには、小さく載っただけだ。
──民間宇宙補修作業中の事故。
──違法な学生労働の実態。
──再発防止を検討。
検討、という言葉は、宇宙でも地球でも、だいたい同じ使われ方をする。
水野は、大学に戻ってきた。
前より、静かになった。
でも、壊れたままではなかった。
「研究、続けるの?」
俺が聞くと、彼女は少し考えた。
「うん」
「意外だな」
「逃げたくないから」
彼女は言った。
「計算は、嘘をつかない」
「でも、使う人間は間違える」
「だから、逃げたらダメだと思った」
それが、彼女なりの回復だった。
大庭とは、連絡を取らなくなった。
最後に会ったとき、彼は言った。
「俺は、操縦しかできない」
それだけだった。
たぶん、彼は自分の過去と、またどこかで向き合っている。
俺たちとは、違う方法で。
俺は、進路を変えた。
司法試験の勉強は続けている。
でも、目指すものが変わった。
「正しい判断」を証明する側ではなく、「判断させられた状況」を問う側。
緊急避難の条文を読むとき、もう机上の問題には見えない。
そこには、名前のある誰かが立っている。
法律は、誰かを選ぶことがある。
でも、選ばれなかった人間のことも、誰かが覚えていなければならない。
ある日、古賀の妹から、もう一通手紙が来た。
短かった。
──無事、合格しました。
──兄に報告します。
俺は、その紙をしばらく持っていた。
宇宙に、郵便は届かない。
でも、報告するという行為自体が、生きている人間のためのものなんだと思った。
夜、ベランダに出る。
空を見上げる。
星は、やっぱり見えない。
それでも、あのときより、少しだけ空が広く感じた。
宇宙のアルバイト。
それは、禁止されている仕事で、割に合わない危険で、誰かの人生を変えてしまう仕事だった。
でも、そこで笑った時間が、嘘だったとは思わない。
古賀は、確かに、そこにいた。
俺たちと一緒に、どうでもいい話をして、未来の話をして、そして、選ばれた。
正しかったかどうかは、今でも、わからない。
たぶん、一生わからない。
ただ、ひとつだけ確かなのは──正しさは、人を救うことはあっても、人の人生まで引き受けてはくれない。
それでも俺たちは、次の判断をする。
地球で。
重力のある場所で。
宇宙ほど静かじゃない、この世界で。




