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斑雪の虚構  作者: 綾高 礼


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第七話


「ついたぞ。ナガノ。よく頑張ったな」と元気な声でチハが言った。

「お二人のお陰です。ありがとうございます」


 三人の前には、月明かりに照らされた八の字型の屋根をした家があった。

 長野にとってこんな山奥に人が住んでいること自体が嘘のように思えた。


 中に入ると、仕切り窓から伸びる月の明かりだけが頼りだった。ヤマギシは中央にある炉の前に腰をおろし、燃えきって炭になった小山を石の棒でならした。

 新しい薪を四角形に積み重ねて、真ん中に木目の細かい糸葛を放り込んだ。火打ち石を手慣れた手付きで擦って、着火させると糸屑はまたたく間に燃え広がった。


 やがて薪に燃え移った火は、色を獲得し熱を放出した。辺りが確かになって、内部は木を中心にカヤやササなどで補強されて造られているのが長野にも分かった。

 現代人の長野から見ると、広いワンルームのように思えた。


「すごい。このお家、造ったんですか?」

「ああ」

「へぇ、手造りなんてすごいです。私はじめて見ました」

「君の家も街の建物も誰かが造っているだろう?」

「あ、それもそうか。あの、ここってお二人以外の人もいたりするんですか?」

「いない。野生の動物でもごく限られた動物にしかこの場所は決してみつけられないようになっている」

「ドローンとかもですか?」

「わからないが、大岩壁を抜けたここら一帯の最奥は海面に繋がる崖になっていて、山全体の大きさに比べると敷地面積がかなり少ないから空から見ても山の一部にしか見えない。更にこの家を見つけるにしても草木が邪魔になるから、何か明確な目的を持って空から近づいてこない限りは、見つけるのにも苦労する。手っ取り早くここに来るには大岩壁を登って超えてくるか、さっきのように穴から抜けてくるしかないんだ」

「確かに、私一人だったら絶対に気がつかないですね」

「熊だって気がつかないさ」


 家の中央には炉がきられていて、その上部に火棚が作られていた。天井から伸びてきた蔓には、色々な生活道具が吊るされていて、壁から壁を繋ぐ木の棒には、猟銃などの狩猟採集の為の武器や道具などが掛けられていた。


 窓の近くには、木で組み立てられた手作りの椅子と机が一つあった。何やら机の上には、紙と鉛筆や本のようなものまで見受けられる。

 チハが机の上にある小さな皿受けに囲炉裏から持ってきた火種を添えるとオイルランプのように火が灯された。


 二人はさっそく忙しなく動きだした。ヤマギシは鹿肉を一度外で洗浄してきて、それからナイフで適当な大きさに切り分けていく。切り分けた肉塊を細かく刻みはじめた。ミンチ状になった肉の中に、ドングリを細かく砕いたものを木のボウルに入れて、混ぜて手でコネはじめた。


「一緒に団子を作ってくれないか?」

「はい、是非」


 ヤマギシに頼まれて長野は、見様見真似で挽肉をお団子状にやっていく。長野は普段から大学に住み着いているような生活をしていたので、所謂つみれのような団子を作る経験でさえ生まれた始めてのことだった。


「おいナガノ」

「はい、なにか」

「それじゃ熊のうんこみたいだ」

「すいません」

「お前はうんこが食べたいのか」

「いえ」

「じゃあ丸く作れ。丸くだぞ。お月さまのようにな」

「はい」


 横から姑のような目で監視し、口を挟みつつも、チハはテキパキと手を動かす。溜めておいた水を鍋に入れて、既に下処理済みのジャガイモ、マイタケ、ニンジンなどを投入した。


 火棚に吊るされた鍋は沸騰してきて、具材に火が通ったら乾燥したギョウジャニンニクやヨモギ、ニリンソウ、フキ、ネギなどの山菜を投入する。

 最後に木のスプーンでヤマギシと長野が作ったつみれを鍋に落としてしばらく煮込んだ。


 家中にいい匂いが広がっていく。長野はかれこれずっと食事をしていなかったので、匂いにつられてお腹が鳴った。恥ずかしくなって折りたたんだ膝に顔を埋めて待っていたら、また二人が言い争いをはじめた。


「おい、勝手に食べるな、ヤマギシ」

「味見だ」

「嘘だ」

「本当だ」

「嘘をつくな」

「本当に本当だ」

「ならどうしてさっきから肉団子ばかり食べる。味見なら出汁でしろ」

「お前も私が見ていない時によく盗み食いする」

「しない……それに今日はワタシが捕まえたワカサギをワタシより多く食べてただろ」

「食べてない」

「ヤマギシ? お前ワタシにこの前嘘をつく人間はダメな人間だと言ったよな?」

「言ってない」

「ヤマギシ? 嘘を、つくな?」

「嘘では」

「ヤマギシィ? 嘘は、ダメなんだろ?」

「嘘で」

「ヤマギシィイ? 嘘は、もう、やめろ? な?」

「嘘」

「な? な?」

「……」

「ナガノ。そこにあるお椀をとってくれ」


 長野の手に届く場所に小さな棚があって、そこに皿やお箸などがあったので、人数分とった。チハが鍋からお椀に具を注いでくれて一番に長野へと渡してくれた。


「食べろ」

「ありがとうございます。いただきます」


 長野は漆塗りのお椀を持った。手にも伝わってくる暖かさ。湯気から肉汁やニンニクの香りが漂ってきてますます胃を刺激された長野は、まずいつもの癖でお出汁から口に含み飲んだ。


「おいしい」


 肉汁の塩気とマイタケや野菜の旨味成分が見事に自然的調和を果たしていて、極めつけはギョウジャニンニクの香りが肉の臭みを打ち消してくれて食欲をそそり立ててくる。山菜の彩りは香りも連れてきて栄養も豊富だ。


 すぐに肉団子を食べて、一気に肉汁が溢れだしてきて驚いた。ドングリが疎らに散らされていて食感のアクセントになっているのと食べごたえも与えてくれる。

 山菜と一緒に食べてみるとまた新しい味をくれて、箸が止まらない。


 ほくほくのジャガイモとニンジン、みずみずしいマイタケたちが山の本当の味を教えてくれたみたいで、長野は普段食べる野菜とは別物に思えた。


「本当においしい……」


 長野にとって、久しく使っていなかった言葉だった。大学で食べる学食はどれも適度に上手く、それが当たり前なので食事はどちらかと言うと面倒に感じがちだった。だが環境や食材を大自然に置き換えることによって、こうも食事が美味しいと感じられるのはとても不思議な発見だった。


 そして何よりも身を持って体感したのは暖かさだった。

 長野はとにかく食料さえ食べられれば何でもいいというのが本音で、最初は何も期待していなかった。鹿肉もグロテスクで臭いし気持ち悪く、山菜もその辺に生えているただの雑草に見えた。おまけにドングリなんてと思っていたけれど、現実は全然違った。


「今日は乾燥して保存しておいた山菜を使ったけれど、春先に採れる新鮮な山菜たちはもっと美味しいんだ」とチハが言って「ダイチ。カンシャ。アイ」と口元で囁いた。


 チハは肉団子を口一杯に頬張った。長野はもぐもぐと美味しそうに食べるチハを横目で見ていると、街にいる年相応の子供に見えてきて、自分のことをか弱い女と言った者にはとても見えなかった。

 どうしてこんな少女が老人と山奥に籠ってこのような旧時代的な生活をしているのか不思議でならなかった。


「うまいか、ナガノ」

「はい、とても美味しいです」

「そうか」


 チハは嬉しそうに笑った。太陽のような眩しい笑顔だった。

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