第7話 最初の罠
「エリアナ様!今日も一緒にお昼食べましょう!」
エマが明るく駆け寄ってくる。
「ええ、もちろん」
私とエマが仲良くしている光景は、学院中の話題になっていた。
「エリアナ様とエマが友達だって!」
「信じられない!あの完璧令嬢が、平民と……」
そんな噂が飛び交っている。
でも、私は気にしない。
「エリアナ、エマ」
レオンが近づいてきた。
「一緒に食べてもいいか?」
「もちろんです、レオン様!」
エマが嬉しそうに答える。
三人で食事をする。
以前では考えられなかった光景。
「エマ、勉強は順調か?」
「はい!エリアナ様が教えてくださるので!」
「そうか。エリアナは教え方が上手いからな」
レオンが微笑む。
『……あれ?これ、三人とも仲良くなってる?』
原作とは、全く違う展開だ。
「レオン様、エリアナ様、本当にありがとうございます。私、二人のおかげで学院生活が楽しいです!」
エマが満面の笑みで言う。
「俺も楽しい」
レオンが珍しく素直に言った。
「私もよ」
心からそう思った。
でも――この平和は、長く続かなかった。
翌週の金曜日。
「エリアナ様、セシル様が体調を崩されたそうですわ。お見舞いに行きませんか?」
マリアが声をかけてきた。
『……怪しい』
でも、断る理由もない。
「わかったわ。放課後でいいかしら?」
「ええ。ロザリー様も一緒に参りましょう」
放課後、三人でセシルの部屋へ向かった。
「セシル、大丈夫?」
ドアを開けると、セシルがベッドで横になっていた。
「エリアナ様……ありがとうございます……」
弱々しい声。
「無理しないでね」
部屋に入ると、マリアがドアを閉めた。
「さて、エリアナ様」
マリアの声が、冷たくなった。
「え?」
振り向くと、三人が私を囲んでいた。
セシルは、もうベッドにいない。元気そうに立っている。
「……罠ね」
「ご名答ですわ」
マリアが笑う。
「エリアナ様、あなた、最近調子に乗りすぎですわ」
「平民と仲良くして、レオン様まで奪われて。私たちを無視して」
ロザリーが言う。
「いい加減、思い知らせてあげますわ」
セシルが冷たく笑う。
『……来た。本格的な攻撃が』
「何をするつもり?」
「簡単ですわ。この部屋で、あなたがセシルを虐めた、と証言するのです」
「誰が信じるの?」
「みんな信じますわ。だって、証拠がありますもの」
マリアがスカーフを取り出した。
それは、私の物だ。
「いつの間に……!」
「あなたのロッカーから拝借しましたの。これで、セシルの首を絞めた痕をつければ……」
「卑劣ね」
「卑劣?これが社交界ですわ、エリアナ様」
マリアが一歩近づいてくる。
「あなたは完璧すぎる。レオン様を独占して、エマとも仲良くして。許せませんの」
『……嫉妬と、支配欲か』
原作でも同じだった。
マリアたちは、エリアナを利用し、支配しようとした。
でも、私は屈しない。
「残念だけど、その計画は失敗よ」
「何ですって?」
「だって――」
その時、ドアが開いた。
「エリアナ!」
レオンが飛び込んできた。
そして、その後ろには――エマとアレクもいた。
「お、お兄様!?」
「レオン様!?」
マリアたちが動揺する。
「エリアナから話を聞いていた。お前たちが何か仕掛けてくると」
アレクが冷たい目で三人を見る。
「エリアナ様、大丈夫ですか!?」
エマが駆け寄ってくる。
「ええ、大丈夫よ」
そして、レオンが私の前に立った。
「……お前たち。エリアナに手を出すな」
低く、静かな声。
でも、その迫力に三人が怯む。
「こ、これは誤解です!私たち、ただ……」
「誤解?」
レオンが一歩踏み出す。
「エリアナのスカーフを持っているのに?」
「そ、それは……!」
マリアが言葉に詰まる。
「もういい。今回は見逃す。だが、次はない」
レオンの言葉に、三人は青ざめた。
「……失礼します」
マリアたちが逃げるように部屋を出ていった。
廊下に出ると、私はレオンに聞いた。
「どうして、ここに?」
「エマが教えてくれた。お前が罠に嵌められそうだと」
「エマが?」
「はい!マリア様たちが怪しい話をしているのを聞いてしまって……」
エマが申し訳なさそうに言う。
「それでレオン様とお兄様に相談したんです!」
「エマ……ありがとう」
「当然だよ!エリアナ様は私の大切な友達だもん!」
エマが笑う。
「エリー、大丈夫だったか?」
アレクが心配そうに聞く。
「うん。みんなのおかげで」
本当に、助かった。
一人だったら、どうなっていたか。
「エリアナ」
レオンが私の肩に手を置いた。
「……俺は、お前を守る。何があっても」
真剣な眼差しで、そう誓ってくれた。
「レオン……」
胸が、熱くなる。
「ありがとう」
「礼はいらない。お前は、俺の――」
レオンが何かを言いかけて、止まった。
「……婚約者だから」
少し照れたように、視線を逸らす。
可愛い。
「くすっ」
思わず笑ってしまった。
「な、何だ?」
「ううん、なんでもない」
この人を、好きになって良かった。
そう思った。
その夜、部屋で一人になって考えた。
今日の罠は、回避できた。
でも、これで終わりじゃない。
マリアたちは、必ずまた仕掛けてくる。
そして、五年後の断罪イベント。
『……でも、もう怖くない』
私には、仲間がいる。
レオン、エマ、アレク。
そして――これから出会う人たちも、きっと味方になってくれる。
「断罪イベント、必ず回避してみせる」
窓の外、月が綺麗に輝いていた。
次回予告:
罠を回避したエリアナだが、マリアたちの執念は衰えない。一方、公爵家では権力闘争が激化。レオンの叔母が、エリアナを利用しようと接触してくる。複雑に絡み合う思惑の中で――




