第4話 偽りの親交
「エリアナ様、お手紙ですわ」
マルタが持ってきた封筒を見て、私は嫌な予感がした。
差出人は――マリア・ヴェルナー。
『来た……』
封を開けると、美しい文字で綴られた招待状が入っていた。
『親愛なるエリアナ様へ。来週の午後、私の屋敷でささやかなお茶会を開きます。セシル様、ロザリー様もいらっしゃいます。是非ご参加ください』
「……行かなきゃダメだよね」
小さく呟く。
断れば「高慢な令嬢」と噂を立てられる。行けば、何か仕掛けられる。
どちらにしても、厄介だ。
「お嬢様?」
「なんでもないわ、マルタ。お茶会に参加する旨、返事を書くわね」
『せめて、完璧に準備していかないと……!』
お茶会当日。
マリアの屋敷は、華やかで洗練されていた。
「エリアナ様!お待ちしておりましたわ!」
マリアが満面の笑みで迎えてくれる。
「お招きいただき、ありがとうございます」
「さあさあ、セシル様とロザリー様もいらしてますの」
案内された部屋には、既に二人が座っていた。
「エリアナ様、お久しぶりですわ」
セシルがおっとりと微笑む。
「ようこそ、エリアナ様」
ロザリーが優雅に頷く。
全員、完璧な笑顔。
でも、私には見える。その目の奥の冷たさが。
「では、お茶をどうぞ」
マリアが注いでくれた紅茶は、良い香りがした。
「美味しいですわ」
「ありがとうございます!実は、新しく手に入れた茶葉なんですの」
和やかな会話が続く。
でも、私は気を抜けない。
『いつ来る……?いつ仕掛けてくる……?』
「そういえば、エリアナ様」
マリアが話題を変えた。
「レオン様とは、お上手くいっていらっしゃるの?」
『来た!』
「ええ、おかげさまで」
「まあ、素敵!レオン様、あんなに冷たい方なのに」
「エリアナ様は特別なのですわね」
セシルが言う。
「本当に羨ましいですわ。私なんて、まだ婚約者もいませんもの」
ロザリーがため息をつく。
『……あれ?これは嫉妬を煽る作戦?』
「皆様も、素敵な方と巡り会えますわ」
無難に返す。
「エリアナ様は優しいのですわね」
マリアが笑う。
「でも、レオン様の御家族とはいかがですか?公爵家は、複雑だと伺いましたけれど」
『……来た!核心に!』
「皆様、親切にしてくださいます」
嘘だ。レオンの叔母の視線は、今でも思い出すと背筋が寒くなる。
「そうですか。でも、無理なさらないでくださいね」
セシルが心配そうに言う。
「もし何かあれば、私たちに相談してくださいな」
ロザリーが優しく微笑む。
『……信用できるわけないでしょ』
でも、表面上は感謝を示す。
「ありがとうございます。心強いですわ」
その時――
「あら、エリアナ様」
マリアが私のカップを見て、目を見開いた。
「お茶がこぼれて……!ドレスが!」
「えっ!?」
見ると、確かに紅茶が数滴、ドレスについていた。
『……いつの間に!?』
「大変!すぐに拭きましょう!」
マリアが慌てたように立ち上がる。
でも、私には見えた。
一瞬だけ、彼女の口角が上がったのを。
『……これ、仕組まれた?』
「エリアナ様、こちらへ。着替えを用意させますわ」
「いえ、大丈夫です。これくらいなら」
「でも!」
「本当に大丈夫ですわ。お気になさらず」
完璧な笑顔で断る。
着替えの部屋に行けば、何をされるかわからない。
「そう……ですか。ならよろしいのですけれど」
マリアが少し残念そうに座り直す。
『……危なかった』
その後も、会話は続いた。
表面上は和やかな、令嬢たちのお茶会。
でも、その裏では常に値踏みと、罠の張り合い。
「今日は楽しかったですわ、エリアナ様」
帰り際、マリアが笑顔で手を振る。
「私もですわ。また是非」
社交辞令を返す。
馬車に乗り込んで、ようやく緊張が解けた。
「はあ……疲れた……」
思わず本音が漏れる。
「お嬢様?」
「な、なんでもないわ!」
慌てて姿勢を正す。
でも、心の中では叫んでいた。
『社交界、怖すぎる!表では笑顔で、裏では蹴落とし合いって……!』
前世の私には、絶対に無理な世界だ。
でも、生き延びるためには、この世界で戦い続けなければならない。
「エリアナ」
屋敷に戻ると、兄のアレクが待っていた。
「お兄様?」
「大丈夫か?疲れた顔をしている」
「……大丈夫よ」
「無理をするな。お前は、十分頑張っている」
兄が優しく頭を撫でてくれた。
その瞬間、涙が出そうになった。
『……ああ、そうだ。お兄様だけは、本当に味方なんだ』
「ありがとう、お兄様」
「いつでも相談してくれ。俺は、お前の味方だから」
アレクの言葉に、少しだけ心が軽くなった。
でも、私は知っている。
これから先、もっと厳しい試練が待っていることを。
そして、いつか必ず訪れる――断罪イベントのことを。
『絶対に、避けてみせる』
心の中で、強く誓った。
次回予告:
時は流れ、エリアナは十歳に。レオンとの関係は深まり、周囲の嫉妬はさらに激しくなる。そんな中、ついに「彼女」が現れる。運命のヒロイン――平民出身の少女、エマが。物語は、新たな局面を迎える――




