第35話 新しい命
教育平等法が施行されて三ヶ月。
全国に、五十校の学校が新設された。
「順調ですね」
ヴィクターが、報告書を見せる。
「各地の学校、どこも生徒でいっぱいです」
「良かった……」
私は、安堵の息をつく。
「でも、問題もあります」
「問題?」
「はい。地方の一部で、反対運動が起きています」
ヴィクターが地図を広げる。
「特に、ここ。北部のグランフェルト地方です」
「グランフェルト……」
聞いたことがある。
保守的な貴族が多い地域だ。
「何が起きているの?」
「学校建設の妨害です。工事現場に嫌がらせをしたり、教師を脅したり……」
「そんな……」
「現地の領主、バルトロメウス伯爵が、黒幕だと思われます」
ヴィクターが資料を見せる。
「彼は、改革に強く反対している人物です」
「わかったわ。現地に行きましょう」
「え?」
「エリアナ様、危険です!」
エマが反対する。
「でも、放っておけないわ」
私は、立ち上がる。
「直接話し合えば、わかってもらえるかもしれない」
「でも……」
「大丈夫」
レオンが言う。
「俺も一緒に行く」
「レオン……」
「それに、アレクにも護衛を頼もう」
「わかったわ。ありがとう」
数日後、私たちは北部へと向かった。
グランフェルト地方は、雪に覆われた寒い土地だった。
「寒いわね……」
「ああ。気候も厳しいし、生活も大変だろうな」
レオンが言う。
「だからこそ、教育が必要なの」
私は、窓の外を見る。
「教育があれば、より良い生活ができる。子供たちに希望を与えられる」
領主の城に到着すると、バルトロメウス伯爵が待っていた。
厳格な顔つきの、六十代の男性。
「エリアナ・ローゼン=エーデル、そしてレオン・エーデルか」
伯爵が、冷たい目で私たちを見る。
「ようこそ、我が領地へ」
「お招きいただき、ありがとうございます」
私たちは、応接室に案内された。
「さて、何の用だ?」
伯爵が、単刀直入に聞く。
「学校建設の件について、お話ししたくて」
「学校?ああ、あの無駄な建物のことか」
伯爵が鼻で笑う。
「無駄などではありません」
私は、冷静に言う。
「子供たちの教育は、とても大切です」
「教育?平民に教育など不要だ」
伯爵が腕を組む。
「彼らは、農作業をしていればいい。それが彼らの役割だ」
「でも、教育を受ければ、もっと効率的な農業ができます」
「新しい技術を学べば、収穫量も増えます」
私は、資料を見せる。
「これは、南部の事例です。教育を受けた農民が、新しい農法を導入して、収穫量が二倍になりました」
「……」
伯爵が、資料を見る。
「これは……本当か?」
「はい。教育は、農業にも有益なんです」
伯爵が、少し考え込む。
でも、すぐに首を振った。
「いや、ダメだ」
「どうしてですか?」
「伝統を守らねばならない」
伯爵が頑なに言う。
「この地方は、何百年も同じやり方で生きてきた」
「それを変えるなど、先祖に申し訳が立たない」
「でも、時代は変わっています」
レオンが言う。
「変化を恐れていては、取り残されます」
「取り残される?」
伯爵が、レオンを睨む。
「若造が何を知っている」
「俺は、エーデル公爵家の長男です」
レオンが毅然と言う。
「公爵家も、時代に合わせて変化してきました」
「だからこそ、今も繁栄しているんです」
「……」
伯爵が黙り込む。
その時、扉がノックされた。
「失礼します」
入ってきたのは、若い男性。
伯爵の息子だろうか。
「父上、お客様をお連れしました」
「ああ」
扉が開き――
子供たちが入ってきた。
平民の子供たち、十人ほど。
「この子たちは?」
「この地方の子供たちです」
息子が説明する。
「彼らに、話を聞いてもらいたくて」
「おい、勝手なことを……!」
伯爵が息子を叱ろうとするが、息子は構わず子供たちに言う。
「さあ、エリアナ様に、君たちの夢を話して」
子供たちが、恥ずかしそうに前に出る。
「あの……」
一人の少年が、勇気を出して言う。
「ぼく、勉強したいです」
「え?」
「ぼく、字が読めるようになりたい。そしたら、本が読めるから」
「ぼくも!」
別の少年が続く。
「ぼく、計算ができるようになりたい。お父さんの商売、手伝えるから」
「わたしも!」
少女が言う。
「わたし、絵を描けるようになりたい。綺麗な景色を、描きたいの」
次々と、子供たちが夢を語る。
「医者になりたい」
「大工になりたい」
「先生になりたい」
伯爵が、呆然としている。
「お前たち……そんな夢を……」
「父上」
息子が、伯爵を見る。
「子供たちには、可能性があります」
「それを伸ばすのが、大人の役割ではないでしょうか」
「……」
伯爵が、子供たちを見る。
その目に、涙が浮かんでいた。
「私は……間違っていたのか……」
「いいえ」
私が言う。
「間違っていたわけではありません。ただ、知らなかっただけです」
「子供たちの可能性を」
伯爵が、ゆっくりと立ち上がる。
そして、子供たちの前にしゃがみ込んだ。
「すまなかった」
「お前たちの夢を、潰そうとして……」
伯爵が、涙を流す。
「学校を作ろう。この地に、立派な学校を」
「父上!」
息子が嬉しそうに笑う。
「本当ですか!?」
子供たちも、目を輝かせる。
「ああ。約束する」
伯爵が微笑む。
「お前たちの夢を、叶えてやろう」
子供たちが、伯爵に抱きつく。
「ありがとう!」
「おじいちゃん、ありがとう!」
その光景を見て、私も涙が出た。
「良かった……」
レオンが、私の肩を抱く。
「ああ。また一人、仲間が増えたな」
数日後、グランフェルト地方に立派な学校が建設され始めた。
伯爵自身が、率先して工事を監督している。
「ここは、もっと広くしよう」
「子供たちが、のびのび学べるように」
伯爵の変わりように、領民たちも驚いている。
「伯爵様、変わられたな」
「ああ。良い方向に」
帰りの馬車の中、レオンが言った。
「お前のおかげだな」
「私だけじゃないわ。あの息子さんと、子供たちのおかげよ」
「それでも、お前が来なければ、何も変わらなかった」
レオンが私の手を握る。
「お前は、人の心を動かす力がある」
「そんな……」
「本当だ」
レオンが微笑む。
「俺も、お前に心を動かされた一人だからな」
「レオン……」
幸せな気持ちに包まれる。
そして――
屋敷に戻った日の夜。
私は、体調が優れなかった。
「うっ……」
吐き気がする。
「エリアナ!?大丈夫か!?」
レオンが慌てて駆け寄る。
「大丈夫……ちょっと疲れただけ……」
「いや、医者を呼ぶ」
医者が診察した結果――
「おめでとうございます」
医者が微笑む。
「お子様を、授かられましたよ」
「!?」
時が止まった気がした。
「本当……ですか?」
「はい。間違いありません」
医者が頷く。
「順調にいけば、半年後にはご出産です」
「子供……私たちの……」
涙が溢れる。
「レオン……私たち、親になるのよ……!」
「ああ……」
レオンも、涙を流している。
「俺たちの子供……」
二人で抱き合う。
幸せで、胸がいっぱいだった。
翌日、みんなに報告すると――
「本当ですか!?」
エマが飛び跳ねる。
「おめでとうございます!」
「エリアナ様、良かったですわ!」
マリアたちも喜んでいる。
「赤ちゃん……楽しみですわね!」
「姉様!おめでとう!」
リオンが嬉しそうに笑う。
「俺、叔父さんになるんだ!」
アレクも、涙を流している。
「エリー……おめでとう……」
「お兄様……」
「俺も、叔父さんか……」
アレクが笑う。
「責任重大だな」
父と母も、喜んでくれた。
「エリアナ、よく頑張ったな」
父が私の頭を撫でる。
「俺も、祖父になるのか」
「あなた、嬉しそうね」
母が微笑む。
「私も、祖母か。楽しみだわ」
みんなの祝福を受けて、私は改めて思った。
『新しい命』
私とレオンの子供。
この子は、新しい時代に生まれる。
貴族と平民の壁がない、平等な世界に。
『だから、もっと頑張らないと』
この子のために。
未来のために。
より良い世界を作らないと。
夜、レオンと二人で月を見上げる。
「レオン、名前、考えた?」
「まだ早いだろう」
レオンが笑う。
「でも……男の子なら、アルベルト」
「女の子なら、ルナがいいな」
「ルナ……」
あの時、庭園で会った影の少女。
本来のエリアナの残滓。
「いい名前ね」
「ああ」
レオンが私の手を握る。
「どんな子になるかな」
「さあ。でも、きっと――」
私は、微笑む。
「優しい子になるわ。だって、私たちの子だもの」
「ああ」
レオンも微笑む。
「そして、強い子になる」
「この新しい世界を、生き抜く強さを持つ子に」
二人で、お腹に手を当てる。
まだ小さな命。
でも、確かにそこにいる。
『ありがとう』
心の中で、呟く。
『生まれてきてくれて、ありがとう』
月が、優しく照らしている。
新しい命。
新しい未来。
全てが、輝いて見えた。
次回予告:
妊娠を機に、エリアナは少しペースを落とすことに。しかし、改革は止まらない。各地で学校が開校し、社会が変わっていく。そして、出産の日が近づく――




