第32話 真実の法廷
裁判の日。
王都の大法廷には、多くの人々が詰めかけていた。
貴族、平民、騎士、商人――
あらゆる階層の人々が、この裁判を見守るために集まっている。
「エリアナ様……」
エマが、不安そうに私を見る。
「大丈夫よ」
私は、微笑んで見せる。
でも、心臓は激しく鳴っていた。
法廷の中央には、二つの被告席。
一つには、私。
もう一つには――
「エリアナ」
レオンが、心配そうに私を見ている。
昨夜から拘留されていた彼は、少し疲れた顔をしていた。
「レオン、大丈夫?」
「ああ。お前は?」
「大丈夫よ」
二人で、微笑み合う。
「静粛に!」
裁判長の声が響く。
年配の男性――最高裁判官のエドガー卿だ。
「これより、レオン・エーデル、及びエリアナ・ローゼンに対する、国家反逆罪の裁判を開始する」
法廷が、静まり返る。
「まず、検察側の主張を聞こう」
検察官が立ち上がる。
宮廷の重臣の一人だ。
「被告レオン・エーデルは、王位簒奪を企てました」
検察官が、例の手紙を掲げる。
「この手紙が、その証拠です」
手紙が、魔法で拡大されて法廷全体に映し出される。
『王を退位させ、新しい体制を作る。エリアナと共に、この国を変革する――レオン・エーデル』
ざわめきが広がる。
「さらに、被告エリアナ・ローゼンも、この計画の共謀者です」
検察官が、別の書類を見せる。
「二人は、密かに会合を重ね、反逆の計画を練っていました」
「これらの証拠から、二人の有罪は明白です!」
検察官が声を張り上げる。
「よって、検察は二人に死刑を求刑します!」
法廷が、騒然となる。
「死刑だと!?」
「そんな!」
「静粛に!」
裁判長が木槌を打つ。
「では、弁護側の主張を」
リオンが立ち上がった。
彼が、レオンの弁護人を引き受けてくれた。
「裁判長、これらの証拠は全て偽造です」
「偽造?根拠は?」
「まず、この手紙ですが――」
リオンが手紙を指差す。
「確かに、筆跡は兄の物に似ています。しかし、紙とインクが違います」
「どういうことだ?」
「兄が普段使う紙は、エーデル家専用の物です。透かしが入っています」
リオンが拡大魔法で手紙を詳しく見せる。
「しかし、この手紙には透かしがありません」
ざわめきが起こる。
「さらに、インクも違います」
ヴィクターが証拠品を持って現れた。
「これが、レオン様が普段使うインクです。魔法鑑定をすれば、組成が異なることがわかります」
魔法鑑定士が呼ばれ、その場で鑑定が行われる。
「……確かに、組成が異なります」
鑑定士が報告する。
法廷が、また騒がしくなる。
「つまり、この手紙は偽造だということです!」
リオンが強く主張する。
「待て」
検察官が反論する。
「紙やインクが違うだけでは、偽造の証拠にはならない。レオンが、たまたま別の物を使った可能性もある」
「では、もう一つ証拠があります」
私が立ち上がる。
「この手紙が書かれたとされる日付は、三週間前です」
「それが?」
「その日、レオンは私と一緒に、隣国エルデンハイムにいました」
私が旅行記録を提出する。
「これが、その証拠です。出入国の記録、宿泊の記録、全て揃っています」
「つまり、レオンがこの手紙を書くことは、物理的に不可能だったんです」
法廷が、大きくざわめく。
「確かに……これは……」
裁判長が証拠を確認する。
「検察官、これをどう説明する?」
「それは……」
検察官が言葉に詰まる。
「もしかして、日付も偽造したのでは?」
「日付の偽造?」
「ええ。手紙の内容だけでなく、日付も適当に決めたのではないですか?」
私が追及する。
「あなたたちは、私たちを陥れるために、全てを偽造したんです」
「ば、馬鹿な!」
検察官が動揺する。
「我々が偽造するはずが……!」
「では、誰が偽造したのか、説明してください」
リオンが畳み掛ける。
「この手紙は、誰かが意図的に作ったものです。それは間違いありません」
「なら、その『誰か』を証明しろ!」
検察官が叫ぶ。
「証拠もなく、我々を疑うのか!?」
「証拠なら、あります」
ヴィクターが前に出る。
「実は、昨夜、ある人物から情報を得ました」
「ある人物?」
「はい。偽造を実行した、実行犯です」
法廷が、静まり返る。
「その人物を、証人として呼びます」
扉が開き――
フードを被った人物が入ってくる。
「証人、名前を述べよ」
裁判長が命じる。
フードが取られると――
「私の名前は、トーマス。書記官です」
中年の男性が現れた。
「私が、あの手紙を偽造しました」
法廷が、騒然となる。
「本当か!?」
「はい」
トーマスが頷く。
「私は、宮廷の重臣たちに命じられて、偽造を行いました」
「誰に命じられた!?」
「それは――」
トーマスが、検察官席の方を見る。
「あの方々です」
検察官たちが、顔色を変える。
「待て!こいつの証言など、信用できるか!?」
「金で雇われた偽証人かもしれない!」
「偽証ではありません」
トーマスが静かに言う。
「私には、証拠があります」
トーマスが、小さな魔道具を取り出す。
「これは、記録用の魔道具です。全ての会話を記録できます」
「そこには、重臣たちと私の会話が記録されています」
魔道具が起動され、音声が流れる。
『トーマス、この手紙を作れ。レオン・エーデルの筆跡を真似て』
『でも、それは偽造では……』
『黙れ!お前の家族がどうなっても知らんぞ!』
『……わかりました』
明確な、犯罪の証拠だった。
法廷が、完全に騒然となる。
「これは……!」
「重臣たちが、偽造を指示していた!?」
「許せない!」
怒号が飛び交う。
「静粛に!静粛に!」
裁判長が何度も木槌を打つ。
ようやく静まると、裁判長が重臣たちを睨んだ。
「これをどう説明する?」
「そ、それは……!」
重臣たちが、言い訳を探す。
「魔道具の記録など、信用できない!」
「偽造かもしれない!」
「では、魔法鑑定をしましょう」
私が提案する。
「魔道具の記録が、改竄されていないか確認すればいい」
鑑定士が再び呼ばれ、魔道具を調べる。
「……記録は本物です。改竄の痕跡はありません」
鑑定士が断言する。
重臣たちの顔が、蒼白になる。
「これで、真実は明らかになりました」
私が法廷全体に向かって言う。
「レオンと私は、無実です」
「真の犯人は、あの重臣たちです」
「彼らは、改革を止めるために、私たちを陥れようとしました」
私の声が、法廷に響く。
「でも、真実は隠せません」
「正義は、必ず勝ちます!」
拍手が起こる。
最初は小さかったが、徐々に大きくなる。
平民たちが、貴族たちが、次々と拍手する。
「エリアナ様!」
「レオン様!」
「無実だ!」
「正義が勝った!」
法廷全体が、拍手と歓声に包まれた。
「静粛に!」
裁判長が木槌を打つ。
そして、厳かに宣言する。
「被告レオン・エーデル、及びエリアナ・ローゼン」
「無罪!」
法廷が、歓声に包まれる。
「やった!」
「無罪だ!」
「エリアナ様、レオン様、おめでとうございます!」
レオンが、私を抱きしめた。
「良かった……本当に、良かった……」
「うん……」
私も、涙が止まらない。
「怖かった……でも、みんなが助けてくれた……」
「ああ。みんなに、感謝しないとな」
二人で、仲間たちを見る。
エマ、マリア、セシル、ロザリー、リオン、ヴィクター、イザベラ、アレク。
みんなが、涙を流しながら笑っている。
「そして」
裁判長が続ける。
「偽造を指示した重臣たちを、逮捕せよ!」
騎士たちが、重臣たちを取り囲む。
「待て!我々は――」
「黙れ」
国王の声が響いた。
いつの間にか、国王が法廷に現れていた。
「お前たちの罪は、明白だ」
国王が、冷たい目で重臣たちを見る。
「国家への反逆、偽造、そして無実の者を陥れようとした罪」
「全ての爵位を剥奪し、投獄する」
「お許しを――」
「許さん」
国王が一蹴する。
「連れて行け」
重臣たちが、連行されていく。
そして、国王が私たちの前に来た。
「エリアナ、レオン」
「はい」
「お前たちに、謝罪する」
国王が、深く頭を下げた。
「!?」
「陛下!?」
「私の目が節穴だった。重臣たちの陰謀に、気づけなかった」
国王が顔を上げる。
「すまなかった」
「いえ、陛下」
私が答える。
「陛下のせいではありません」
「エリアナ……」
「私たちは、無事です。それだけで十分です」
微笑むと、国王も微笑んだ。
「お前は、本当に強いな」
「そして、優しい」
国王が私の肩に手を置く。
「これからも、この国のために力を貸してくれ」
「はい!」
法廷を出ると、外には多くの人々が待っていた。
「エリアナ様!」
「レオン様!」
「無罪おめでとうございます!」
人々が、歓声を上げる。
平民も貴族も、みんなが喜んでいる。
「ありがとう!みんな、ありがとう!」
私が手を振ると、さらに大きな歓声が上がる。
「エリアナ様!」
「改革を続けてください!」
「私たちは、エリアナ様を応援しています!」
温かい声援に、涙が溢れる。
「みんな……ありがとう……!」
レオンが、私の手を握る。
「エリアナ、やったな」
「うん……やったわ……!」
二人で微笑み合う。
長い戦いだった。
でも、勝った。
真実が、勝った。
その夜、私たちは祝賀会を開いた。
場所は、ローゼン家の屋敷。
集まったのは、仲間たち全員。
「乾杯!」
「乾杯!」
グラスを掲げて、みんなで乾杯する。
「エリアナ様、本当にお疲れ様でした!」
エマが嬉しそうに言う。
「今日は、ハラハラしました!」
「私もよ」
マリアが笑う。
「でも、エリアナ様とレオン様が無罪になって、本当に良かった!」
「ええ!」
セシルとロザリーも頷く。
「これで、改革も続けられますわね!」
「ああ」
リオンが微笑む。
「姉様、兄さん、本当におめでとう」
「ありがとう、リオン」
レオンが弟の頭を撫でる。
「お前の弁護、完璧だったぞ」
「えへへ、そう?」
リオンが照れる。
「ヴィクター、トーマスを見つけてくれてありがとう」
私が言うと、ヴィクターが微笑む。
「当然のことをしただけです」
「でも、トーマスさん、よく証言してくれましたわね」
イザベラが言う。
「ええ。彼も、良心の呵責に苦しんでいたのでしょう」
ヴィクターが答える。
「重臣たちに脅されて、偽造に加担してしまった。でも、それを後悔していた」
「だから、真実を話す決心をしてくれたんだ」
アレクが続ける。
「彼は、今、保護されている。重臣たちの報復を恐れてな」
「そう……」
トーマスさんにも、感謝しないと。
「でも、本当に良かったわ」
母が、珍しく優しい顔をしている。
「エリアナ、心配したのよ」
「お母様……」
「あなたは、本当に強い子に育ったわね」
母が私を抱きしめる。
「誇りに思うわ」
「お母様……!」
父も、微笑んでいる。
「エリアナ、よくやったな」
「お父様」
「これからも、お前の道を進め」
父が私の頭を撫でる。
「俺たちは、いつでもお前の味方だ」
「ありがとうございます……!」
家族に、仲間に、囲まれて。
私は、本当に幸せだった。
「エリアナ」
レオンが、私を庭園に誘った。
「何?」
「少し、二人きりで話したくて」
月明かりの下、二人で並んで歩く。
「今日は、本当に怖かったな」
レオンが言う。
「ああ。もし、無罪にならなかったら……」
「でも、ならなかった」
私が微笑む。
「私たちは、勝ったわ」
「ああ」
レオンが立ち止まり、私を見つめる。
「エリアナ、改めて言わせてくれ」
「何?」
「俺は、お前を愛している」
レオンが私の両手を取る。
「今日、お前を失いかけて、改めて思った」
「お前がいない世界なんて、考えられない」
「レオン……」
「だから、俺と結婚してくれ」
「え?」
「正式に、結婚しよう」
レオンが膝をつく。
「エリアナ・ローゼン、俺の妻になってくれ」
涙が、溢れる。
「……はい」
頷くと、レオンが立ち上がって私を抱きしめた。
「ありがとう」
「こちらこそ」
二人で抱き合う。
月が、優しく私たちを照らしている。
長い戦いが、終わった。
そして、新しい人生が始まる。
レオンと共に。
仲間と共に。
未来へ向かって。
次回予告:
裁判に勝利し、レオンとの結婚も決まったエリアナ。しかし、平和な日々の中、彼女は一つの決断をする。それは、改革をさらに進めるための、大胆な提案。そして、物語は終章へ――




