第31話 陰謀の影
外交任務から帰国して一ヶ月。
平民学校は、王都に三校、地方に二校まで増えていた。
「順調ね」
私は、報告書を見ながら微笑む。
「はい!生徒数も増えています!」
エマが嬉しそうに報告する。
「今では、五百人以上の子供たちが通っていますよ!」
「素晴らしいわ」
でも――
その順調さが、逆に不安を呼んでいた。
「エリアナ様、気をつけてください」
ヴィクターが、真剣な顔で言う。
「最近、妙な噂が流れています」
「噂?」
「ええ。『エリアナ・ローゼンは、王位を狙っている』という噂です」
「なんですって!?」
驚いて立ち上がる。
「そんな馬鹿な!私は、そんなこと考えたこともないわ!」
「わかっています。でも、そう信じている者もいるんです」
ヴィクターが資料を広げる。
「特に、保守派の残党が、その噂を広めているようです」
「保守派の残党……」
グラント男爵が逮捕された後も、保守派の一部は諦めていなかった。
「彼らは、エリアナ様の評判を落とそうとしているんです」
「どうして、そんなことを……」
「改革を止めるためです」
レオンが、険しい顔で言う。
「エリアナの評判が落ちれば、改革への支持も下がる」
「そういうことね……」
「しかも」
イザベラが付け加える。
「その噂、かなり広まっています。平民の間でも、信じている人がいるみたいです」
「平民まで……」
ショックだった。
私は、平民のために改革しているのに。
「でも、大丈夫です!」
マリアが力強く言う。
「私たちが、真実を伝えます!」
「そうですわ!」
セシルとロザリーも頷く。
「エリアナ様は、王位なんて興味ありません!ただ、みんなの幸せを願っているだけです!」
「みんな……ありがとう」
でも、不安は消えない。
噂というものは、恐ろしい。
一度広まると、消すのは難しい。
その夜、私は一人で庭園を歩いていた。
月明かりの下、薔薇が美しく咲いている。
「はあ……」
ため息をついた時――
「エリアナ様」
後ろから声がして、振り向く。
そこには――
見知らぬ少女が立っていた。
フードを深く被り、顔はよく見えない。
「誰?」
警戒しながら聞く。
「警戒しないでください。私は、敵ではありません」
少女がフードを取ると――
驚くほど美しい顔が現れた。
銀色の髪、紫色の瞳。
そして――
「あなた……」
私と、よく似ている。
「私の名前は、ルナ」
少女が微笑む。
「あなたの、影です」
「影?」
「ええ。あなたが生まれた時、同時に生まれた存在」
ルナが近づいてくる。
「あなたが光なら、私は影。あなたが表なら、私は裏」
「何を言っているの……?」
混乱する。
「簡単に言えば」
ルナが私の目の前に来た。
「私は、本来のエリアナ・ローゼンの残滓です」
「!?」
「あなたが転生してきた時、本来のエリアナの魂は消えませんでした」
ルナが静かに言う。
「一部が残り、影として存在し続けたんです」
「そんな……」
「でも、心配しないでください」
ルナが優しく微笑む。
「私は、あなたを恨んでいません。むしろ、感謝しています」
「感謝……?」
「ええ。あなたは、私ができなかったことを、全て成し遂げてくれました」
ルナが空を見上げる。
「友達を作り、愛する人を見つけ、世界を変えた」
「ルナ……」
「だから、ありがとう」
ルナが私を見る。
「でも、一つだけお願いがあります」
「何?」
「今、あなたを陥れようとしている者たちがいます」
ルナが真剣な顔になる。
「彼らは、あなたを社会的に抹殺しようとしています」
「誰が……?」
「保守派の残党。そして――」
ルナが言いにくそうに言う。
「宮廷の一部の者たちです」
「宮廷の……?」
「ええ。あなたの力を恐れている者たちが、宮廷内にもいるんです」
ルナが私の手を取った。
「気をつけてください。彼らは、あなたの一番大切なものを狙っています」
「一番大切なもの……?」
「それは――」
ルナが何か言おうとした時――
「エリアナ!」
レオンの声がして、振り向く。
「今、誰かと話していたか?」
「え?」
もう一度振り向くと――
ルナは、消えていた。
「誰も……いないわ」
「そうか?誰かの気配を感じたんだが」
レオンが不思議そうに言う。
「気のせいかもしれないわ」
私は、笑顔を作る。
でも、心の中では――
ルナの警告が、響いていた。
『一番大切なものを狙っている』
それは、何だろう?
翌日、事件が起きた。
「エリアナ様!大変です!」
エマが慌てて駆け込んできた。
「レオン様が、連行されました!」
「何!?」
「騎士団に!罪状は――国家反逆罪だそうです!」
「反逆罪!?馬鹿な!」
すぐに、騎士団の本部へ向かった。
そこで、アレクが深刻な顔で待っていた。
「お兄様!レオンはどこに!?」
「地下牢だ。でも、エリー……」
アレクが私の肩を掴む。
「今は会えない。取り調べ中だ」
「何が起こっているの!?レオンが反逆罪なんて!」
「証拠があるんだ」
アレクが悔しそうに言う。
「レオンが、王位簒奪を企んでいたという証拠が」
「そんなの、でっち上げに決まってるわ!」
「わかっている。でも、証拠は本物だ」
アレクが資料を見せる。
そこには――
レオンの筆跡で書かれた手紙。
『王を退位させ、新しい体制を作る』
「これは……」
「偽造だろう。でも、筆跡鑑定では本物と判断された」
「誰が、こんなことを……!」
その時、背後から声がした。
「私たちです」
振り向くと――
宮廷の重臣たちが立っていた。
「あなたたちは……」
「我々は、この国の秩序を守る者だ」
その中の一人が言う。
「エリアナ・ローゼン、あなたとレオン・エーデルは、危険すぎる」
「何ですって!?」
「改革だの、平等だの。そんなもので国が治まるとでも?」
重臣が冷たく笑う。
「秩序とは、上下関係があってこそ成り立つ。それを壊そうとする者は、排除しなければならない」
「排除……」
「そうだ。レオンは、反逆罪で処刑される」
「そんな!」
「そして、お前も――」
重臣が私を睨む。
「共犯として、裁かれる」
「私は、何もしていません!」
「証拠はある」
別の重臣が書類を見せる。
「お前とレオンが、密談していた記録だ」
「それは……!」
確かに、レオンと二人で改革について話し合ったことは何度もある。
でも、反逆なんて考えたこともない。
「これは罠だわ!」
「罠?」
重臣が嘲笑する。
「証拠がある以上、罠もクソもない」
「お前たちは、明日、公開裁判にかけられる」
「そして、有罪となる」
重臣たちが、勝ち誇ったように笑う。
「覚悟しておけ」
そう言い残して、彼らは去っていった。
「エリー……」
アレクが悔しそうに拳を握る。
「すまない。俺も、何もできない」
「お兄様のせいじゃないわ」
私も、拳を握る。
「これは、計画的な陰謀よ」
「どうする?」
「……戦うわ」
私は、決意を込めて言う。
「裁判で、真実を明らかにする」
「でも、証拠が……」
「証拠は、覆せる」
私は、みんなを集めることにした。
エマ、マリア、セシル、ロザリー、リオン、ヴィクター、イザベラ。
そして、アレク。
「みんな、聞いて」
私は、状況を説明した。
「レオンが、反逆罪で捕まった。そして、私も共犯とされている」
みんなが、驚きと怒りの表情を浮かべる。
「そんな!」
「ひどすぎます!」
「でも、諦めないわ」
私は、強く言う。
「明日の裁判で、真実を証明する」
「どうやって?」
ヴィクターが聞く。
「証拠は、偽造されている。でも、偽造の証拠を見つければいい」
「偽造の証拠……」
「ええ。筆跡は真似られても、紙やインクは真似られない」
私は、作戦を説明し始めた。
「ヴィクター、あなたは情報収集を」
「わかりました」
「イザベラ、あなたは宮廷内の味方を集めて」
「了解です」
「マリア、セシル、ロザリー、あなたたちは証人を探して」
「はい!」
「エマ、あなたは平民たちに真実を伝えて」
「わかりました!」
「リオン、あなたはレオンの弁護を手伝って」
「任せて!」
「そして、お兄様」
私は、アレクを見る。
「騎士団の中で、私たちを支持してくれる人を見つけて」
「……わかった」
みんなが、動き出す。
私も、準備を始める。
明日の裁判。
全てが、そこで決まる。
レオンを救えるか。
改革を守れるか。
そして、真実を証明できるか。
『絶対に、負けない』
拳を握りしめる。
仲間がいる。
正義がある。
だから、勝てる。
そう信じて、私は夜を過ごした。
次回予告:
運命の公開裁判。エリアナとレオンに、有罪判決が下されようとする。しかし、その時――意外な証人が現れ、真実が明らかに。そして、黒幕の正体が――




