第26話 運命の舞踏会
舞踏会の日が、ついに来た。
朝から、屋敷は慌ただしかった。
「お嬢様、お支度の時間ですわ!」
マルタが、豪華なドレスを持ってくる。
純白のドレス。銀糸の刺繍が施され、月光のように輝いている。
「綺麗……」
「当然です!これは、エーデル公爵家から贈られた特別なドレスですもの!」
ドレスを着ると、鏡の中の自分が――まるで別人のように見えた。
「お嬢様、本当にお美しい……」
マルタが涙ぐむ。
「ずっと見守ってきましたが……こんなに立派に成長されて」
「マルタ……」
「きっと、素敵な舞踏会になりますわ」
マルタの言葉に、胸が締め付けられる。
『本当に、素敵な舞踏会になるといいけど……』
不安は、まだ消えない。
でも――
「お嬢様、レオン様がお見えです」
「!」
急いで階段を降りると、レオンが待っていた。
礼装に身を包んだ彼は、いつも以上に凛々しく見える。
「エリアナ……」
レオンが私を見て、一瞬息を呑んだ。
「綺麗だ」
「ありがとう」
顔が熱くなる。
「レオンも、格好いいわ」
「……ありがとう」
レオンが少し照れたように微笑む。
「行こうか」
「うん」
手を取り合って、馬車に乗り込む。
王宮への道のりは、沈黙が続いた。
でも、手を握り合っているだけで、安心できた。
「エリアナ」
「何?」
「何があっても、俺がいる」
レオンが真剣な目で言う。
「お前を、絶対に守る」
「うん。私も、レオンを守る」
二人で微笑み合う。
馬車が、王宮に到着した。
「エリアナ・ローゼン様、レオン・エーデル様、ご到着です!」
扉が開かれ、大広間に入る。
そこは――
圧倒的な煌びやかさだった。
シャンデリアの光、貴族たちの華やかなドレス、優雅な音楽。
「すごい……」
「お前のための舞踏会だからな」
レオンが微笑む。
「今夜の主役は、お前だ」
次々と、貴族たちが挨拶に来る。
「エリアナ様、お美しい!」
「成人、おめでとうございます!」
「レオン様との婚約発表、楽しみにしておりますわ!」
笑顔で応じながら、私は会場を見回す。
『みんな、配置についてる?』
エマは、会場の隅で飲み物を運ぶ使用人のふりをしている。
マリア、セシル、ロザリーは、貴族として自然に会場にいる。
リオンとヴィクターは、入り口付近で監視。
イザベラは、二階のバルコニーから全体を見渡している。
アレクは、騎士団と共に待機。
そして、ダミアンは――
会場の隅で、じっと私を見ていた。
その目が、何かを訴えかけているようだった。
『気をつけろ』と。
「皆様、お集まりいただき、ありがとうございます」
壇上に、エーデル公爵が現れた。
会場が、静まり返る。
「本日は、我が息子レオン・エーデルと、エリアナ・ローゼン嬢の正式な婚約を発表する日でもあります」
拍手が湧き起こる。
「二人は、幼い頃からの婚約者でしたが、今や真に愛し合う仲となりました」
公爵が微笑む。
「レオン、エリアナ、前へ」
私たちは、壇上に上がった。
多くの視線が、私たちに集中する。
「レオン・エーデル、そしてエリアナ・ローゼン」
公爵が厳かに言う。
「二人の婚約を、ここに正式に――」
その時だった。
突然、会場の扉が開いた。
「待った!」
甲高い声が響く。
全員が、扉の方を見る。
そこには――
見知らぬ令嬢が立っていた。
「その婚約は、認められません!」
ざわめきが広がる。
「誰だ、あれは?」
「見たことがない顔だぞ?」
レオンが険しい表情になる。
「お前は、誰だ?」
「私の名前は、クラリス・フォンティーヌ」
令嬢が会場の中央に進み出る。
「私は、エリアナ・ローゼンの悪事を告発しに来ました!」
「悪事?」
ざわめきが大きくなる。
「そう!エリアナ・ローゼンは、平民の少女エマを虐めていたのです!」
「なんですって!?」
会場が騒然となる。
「嘘だ!」
エマが声を上げる。
「エリアナ様は、私を虐めたりしていません!」
「黙りなさい、平民!」
クラリスがエマを睨む。
「あなたは、エリアナに脅されているのでしょう?」
「そんなことありません!」
「証拠があります」
クラリスが、書類を取り出す。
「これは、エリアナがエマに送った脅迫状です」
「!?」
書類が、魔法で空中に映し出される。
そこには――
『エマ、私に逆らえば、学院にいられなくなるわよ』
私の筆跡に似た文字で書かれていた。
「そんな!私は書いていません!」
「嘘をおっしゃい!これは、あなたの筆跡です!」
会場が、さらに騒がしくなる。
「まさか、エリアナ様が……」
「完璧令嬢だと思っていたのに……」
「やはり、平民を虐めていたのか……」
囁き声が、私を包む。
「違います!」
マリアが前に出る。
「エリアナ様は、そんなことをする方ではありません!」
「そうです!」
セシルとロザリーも続く。
「私たちが、証明します!」
「あなたたちも、エリアナに脅されているのでしょう」
クラリスが冷たく笑う。
「では、これはどうでしょう?」
再び、映像が映し出される。
それは――
私が、エマを叩いている映像だった。
「!?」
そんな映像、見覚えがない!
「これは、合成です!」
レオンが叫ぶ。
「エリアナは、そんなことをしない!」
「本当に?」
クラリスが挑発的に笑う。
「では、エマ本人に聞いてみましょう」
クラリスが、魔法を使う。
「真実を語る魔法――真言の呪縛!」
光が、エマを包む。
「エマ、あなたはエリアナに虐められていましたか?」
魔法の力で、エマは嘘がつけない。
「私は……」
エマが苦しそうに言葉を絞り出す。
「エリアナ様に……」
会場が、息を呑む。
「助けられました!」
エマが叫ぶ。
「エリアナ様は、私の恩人です!虐められていたのを、助けてくれたんです!」
「なっ……!」
クラリスが動揺する。
「で、でも、証拠が……!」
「その証拠は、全て偽物です!」
ヴィクターが前に出る。
「私は、かつて魔力吸収事件の犯人でした。そして、エリアナ様に救われました」
「私もです!」
イザベラも現れる。
「私は、エリアナ様を陥れようとしていました。でも、彼女は私を許してくれました」
次々と、仲間たちが証言する。
「エリアナ様は、優しい方です!」
「完璧なだけじゃない、心も美しい方です!」
「私たちが、証明します!」
会場の雰囲気が、変わり始める。
「でも、証拠が……」
まだ疑っている貴族もいる。
その時――
ダミアンが壇上に上がった。
「皆様、少しよろしいでしょうか」
「ダミアン・グレイ教師……」
「私は、魔法研究者として、あの証拠を鑑定しました」
ダミアンが、魔法で証拠を分析する。
「結論から言いますと――全て、偽造です」
会場が、ざわめく。
「脅迫状は、筆跡を真似た魔法で書かれたもの。映像は、幻影魔法で作られた合成映像です」
ダミアンがクラリスを見る。
「つまり、あなたが嘘をついているということです」
「そ、そんな……!」
クラリスが後ずさる。
「あなたは、誰に雇われたのですか?」
ダミアンが一歩近づく。
「正直に答えなさい」
「わ、私は……!」
その時、クラリスの体が光り始めた。
「!?」
「まずい!自爆魔法だ!」
ダミアンが叫ぶ。
「みんな、伏せろ!」
爆発が起こる――
かと思われた瞬間。
「させない!」
私は、全属性魔法を発動させた。
「全属性――防御障壁!」
巨大な障壁が、クラリスを包む。
爆発は、障壁の中だけで起こり、誰も傷つかなかった。
「エリアナ……!」
レオンが驚いて私を見る。
「すごい……」
「エリアナ様が、守ってくれた……」
会場の貴族たちが、呆然としている。
光が消えると、クラリスは――消えていた。
「人形だったのか……」
ダミアンが呟く。
「誰かが、人形を操って証言させていた」
「つまり、黒幕はまだ……」
その時、会場の明かりが消えた。
「きゃあ!」
悲鳴が上がる。
暗闇の中、不気味な笑い声が響いた。
「クックック……」
低く、歪んだ笑い声。
「よくぞ、ここまで辿り着いたな」
「誰!?姿を見せなさい!」
私が叫ぶと、会場の中央に――
黒い霧が渦巻き始めた。
霧の中から、人型の影が現れる。
でも、それは普通の人間ではなかった。
体は半透明で、無数の歯車のようなものが体内で回転している。
顔は――無表情な仮面のようで、目だけが赤く光っている。
「私は、『物語の監視者』」
機械的な声が響く。
「この世界の物語が、正しく進行するよう監視する存在だ」
「物語の監視者……?」
「そうだ。この世界は、一つの『物語』として設計されている」
監視者が、ゆっくりと会場を見回す。
「登場人物たちは、それぞれの役割を演じる。主人公、ヒロイン、悪役……」
その視線が、私に向けられる。
「そして、お前――エリアナ・ローゼンは、『悪役令嬢』だ」
「……」
「お前の役割は、ヒロインを虐め、断罪され、物語から退場すること」
監視者の声が、冷たくなる。
「それが、この世界の『正しい物語』だ」
「私は、そんな役割、認めない!」
「認めない?」
監視者が、不気味に笑う。
「お前に、選択権はない。物語は、既に書かれている」
「書かれていても、変えられる!私は、自分の意志で生きている!」
「意志?笑わせるな」
監視者が手を振ると、空間が歪んだ。
会場の貴族たちが、まるで時間が止まったかのように動かなくなる。
「!?みんな!」
「無駄だ。彼らは、『物語の登場人物』に過ぎない」
監視者が私に近づく。
「お前もだ、エリアナ・ローゼン。いや――」
監視者の目が、鋭く光る。
「お前は、本来この世界の住人ですらない」
背筋が凍る。
「何を……」
「惚けるな。お前は、『転生者』だろう?」
「!?」
「別の世界から来た魂。この世界を『ゲーム』として知っていた者」
監視者が私の目の前に来た。
「お前は、メタ知識を使って物語を改変した。それは、重大なルール違反だ」
「私は……ただ、生きたかっただけ!」
「生きる?」
監視者が嘲笑する。
「お前は、本来の『エリアナ・ローゼン』を乗っ取った侵略者だ」
「違う!」
涙が溢れそうになる。
「私は、この体を――エリアナを、大切にしてきた!」
「では、問おう」
監視者が、冷酷に言う。
「お前がこの世界に来なければ、本来の『エリアナ・ローゼン』は、自分の人生を生きられたはずだ」
「それは……」
「お前は、彼女の人生を奪った。それを、どう正当化する?」
言葉が出ない。
確かに、私は――
五歳の時、この体に転生した。
本来のエリアナは、どうなったんだろう?
消えてしまったのか?
それとも――
「答えられないようだな」
監視者が勝ち誇ったように言う。
「お前は、罪人だ。だから、断罪される」
「待って!」
レオンが叫ぶ。
でも、彼の体は動かない。時間が止められているからだ。
「レオン……!」
「無駄だ。彼らは、もう干渉できない」
監視者が手を上げる。
「さあ、お前の罪を認めろ。そして、物語を元に戻せ」
「元に……戻す?」
「そうだ。お前が消えれば、物語は正しい軌道に戻る」
監視者の手から、黒い鎖が伸びてくる。
「お前の存在を、消去する」
鎖が、私に向かって飛んでくる。
『どうすればいい!?』
その時――
暖かい光が、私を包んだ。
「!?」
鎖が、光に阻まれて止まる。
「何……!?」
監視者が驚く。
光の中から、声が聞こえた。
優しい、女性の声。
『エリアナ』
「この声……!」
王宮の調査の時に聞いた声。
『世界の意志』だ。
『監視者よ、お前は間違っている』
世界の意志が、監視者に語りかける。
「世界の意志……!貴様、なぜここに!」
監視者が動揺する。
『私は、常にここにいる。この世界そのものだから』
光が、さらに強くなる。
『監視者よ、お前は物語を守ろうとしている。しかし、物語とは何だ?』
「物語は、設計された筋書きだ!登場人物は、その役割を演じなければならない!」
『違う』
世界の意志が、静かに否定する。
『物語とは、生きている。登場人物たちの想いによって、変化し、成長する』
「そんなことは――」
『エリアナは、確かに転生者だ。しかし、彼女はこの世界を愛し、仲間を大切にしてきた』
光が、私を優しく包む。
『彼女は、本来のエリアナの想いを受け継いでいる』
「想い……?」
『そうだ。本来のエリアナも、優しくなりたかった。愛されたかった。でも、できなかった』
世界の意志が、語り続ける。
『だから、彼女は願った。「誰か、私の代わりに、幸せになって」と』
涙が、溢れた。
「本来のエリアナが……」
『そして、お前が来た。お前は、エリアナの願いを叶えている』
「私は……」
『お前は、エリアナだ。転生前の魂も、この体の魂も、今は一つだ』
暖かい光に包まれて、私は――
感じた。
この体の記憶。
五歳以前の、幼い記憶。
孤独だった。
誰も、本当の私を見てくれなかった。
だから、願った。
「誰か、私を助けて」
その願いに、応えたのが――
転生前の私だった。
『わかったか?お前は、侵略者ではない。救世主だ』
世界の意志が、優しく言う。
『だから、胸を張りなさい。お前は、ここにいていい』
「世界の意志……ありがとう……」
涙が止まらない。
でも、それは悲しい涙ではなく――
嬉しい涙だった。
「ふざけるな!」
監視者が叫ぶ。
「世界の意志が何と言おうと、私は物語の監視者だ!ルールを守らせる!」
監視者が、巨大な魔力を放出する。
会場全体が、その力に震える。
「物語を、元に戻す!」
無数の鎖が、私に向かって襲いかかる。
でも――
私は、もう迷わない。
「私は、エリアナ・ローゼン!」
全身の魔力を解放する。
「転生前の魂も、この体の魂も、両方が私!」
全属性の魔力が、爆発的に溢れ出す。
「私には、守りたい人たちがいる!」
レオン、エマ、マリア、セシル、ロザリー、リオン、ヴィクター、イザベラ、アレク――
みんなの顔が、浮かぶ。
「だから、私は消えない!」
光が、鎖を焼き払う。
「馬鹿な……!こんな力が……!」
監視者が後退する。
「お前は、ただの悪役令嬢のはずだ!なぜ、世界の意志と同等の力を……!」
「それは――」
私は、監視者を見据える。
「私が、この世界を愛しているから!」
光が、さらに強くなる。
「愛する力は、どんなルールよりも強い!」
光が、監視者を包み込む。
「ああああ……!」
監視者の体が、崩れ始める。
「こんなことは……許されない……物語が……物語が……!」
最後まで、監視者はルールに固執していた。
そして――
光の中に、消えていった。
次回予告:
物語の監視者を退けたエリアナ。しかし、その力の代償は大きかった。意識を失ったエリアナを、レオンたちが必死に呼び戻そうとする。そして、目覚めた時、世界は少しだけ変わっていて――




