第24話 過去との対峙
舞踏会まで、三週間。
黒幕の手がかりを探すため、私たちは動き始めた。
「エリアナ様、これを見てください」
ヴィクターが、古い記録を持ってきた。
「これは?」
「過去の社交界の記録です。似たような事件がないか、調べてみたんです」
ヴィクターが記録を開く。
「十年前、ある令嬢が舞踏会で断罪された記録があります」
「十年前……」
「その令嬢の名前は、イレーヌ・カルヴァン。侯爵家の令嬢でした」
ヴィクターが指を滑らせる。
「彼女は、無実の罪を着せられて、国外追放されました」
「無実の罪?」
「ええ。後に真犯人が見つかったのですが、時すでに遅し。イレーヌは既に亡くなっていました」
胸が痛む。
「そんな……」
「そして、その事件を仕組んだのは――」
ヴィクターが深刻な顔になる。
「当時の宮廷魔導師、グレゴール・ダルトンです」
「宮廷魔導師!?」
「はい。彼は、イレーヌの魔力を奪うために、彼女を陥れたんです」
「魔力を奪う……まるで、あなたがやろうとしていたことと同じね」
「……はい」
ヴィクターが俯く。
「私は、過去の事件を調べて、その手法を学んだんです。だから、余計に責任を感じています」
「ヴィクター……」
「でも、重要なのは――」
ヴィクターが顔を上げる。
「そのグレゴール・ダルトンには、娘がいたんです」
「娘?」
「ええ。名前は、ベアトリス」
「!?」
レオンの叔母、ベアトリス・エーデル。
「ベアトリス夫人の父親が、その宮廷魔導師だったんですか!?」
「そうです。そして、グレゴールは事件の後、罪を問われて処刑されました」
ヴィクターが記録を閉じる。
「つまり、ベアトリス夫人には、王国への恨みがある可能性があります」
「なるほど……」
レオンが険しい顔になる。
「叔母が、黒幕の可能性があるということか」
「可能性の一つです」
その時、ドアが開いた。
「その可能性は、正しいわ」
入ってきたのは――イザベラだった。
「イザベラ!?」
「久しぶりね、エリアナ」
イザベラが、複雑な表情で私を見る。
「あなたに、話があって来たの」
「話?」
「ええ。ベアトリス様のことよ」
イザベラが椅子に座る。
「私、ベアトリス様に利用されていたの」
「利用?」
「そう。あの夜会の時も、ベアトリス様に指示されて動いていた」
イザベラが俯く。
「私は、レオン様が好きだった。だから、ベアトリス様の言葉に従えば、レオン様の婚約者になれると思っていた」
「イザベラ……」
「でも、違った。ベアトリス様は、ただ私を利用していただけだった」
イザベラが涙を拭く。
「そして、最近知ったの。ベアトリス様の本当の目的を」
「本当の目的?」
「復讐よ。王国への、そしてエーデル家への」
イザベラが真剣な目で言う。
「ベアトリス様の父親は、十年前に処刑された。でも、ベアトリス様は父親が無実だったと信じている」
「無実?でも、記録では――」
「記録は、捏造されたものだとベアトリス様は主張しているわ」
イザベラが立ち上がる。
「真実はわからない。でも、ベアトリス様は復讐のために、次の舞踏会であなたを陥れようとしている」
「やはり……」
「私、もう加担したくない。だから、あなたに全てを話しに来たの」
イザベラが頭を下げる。
「今まで、ごめんなさい。そして、これからは――あなたの味方になりたい」
私は、イザベラの前にしゃがみ込んだ。
「顔を上げて、イザベラ」
「でも、私……」
「もう過去のことはいいわ。これから、一緒に戦いましょう」
手を差し出すと、イザベラが涙を流して握り返した。
「ありがとう……エリアナ」
こうして、また一人、仲間が増えた。
その夜、私は一人で父の書斎を訪ねた。
「お父様、少しお時間よろしいですか?」
「エリアナか。どうぞ」
父が本を閉じる。
「どうした?深刻な顔をして」
「お父様、イレーヌ・カルヴァンという方を覚えていますか?」
父の表情が、一瞬曇った。
「イレーヌ……懐かしい名前だな」
「ご存知なんですか?」
「ああ。彼女は、私の友人だった」
「え!?」
父が立ち上がり、窓の外を見た。
「イレーヌは、優しくて聡明な令嬢だった。でも、あの事件で……」
父の声が、悲しみに震える。
「私は、彼女を守れなかった」
「お父様……」
「エリアナ」
父が私を見る。
「なぜ、突然イレーヌのことを?」
「実は……」
私は、舞踏会での陰謀について、全てを話した。
父は、真剣な顔で聞いていた。
「……そうか。やはり、ベアトリスが」
「お父様、何かご存知なんですか?」
「ああ。実は、イレーヌの事件には、裏があったんだ」
父が書斎の奥から、古い書類を取り出す。
「当時、私も調査した。そして、わかったことがある」
「何ですか?」
「グレゴール・ダルトンは、確かに魔力吸収の魔法を使った。でも、それを指示したのは別にいた」
「別に?」
「当時の宮廷の重臣たちだ。彼らは、イレーヌの魔力を使って、ある魔法を発動させようとしていた」
父が書類を開く。
「その魔法の名前は、『運命改変の儀式』」
「運命改変……!?」
「ああ。世界の法則を変える、古代魔法だ」
ヴィクターが言っていた魔法と同じだ。
「でも、儀式は失敗した。そして、全ての罪をグレゴールに押し付けたんだ」
「そんな……」
「グレゴールは、無実ではない。でも、彼だけが悪いわけでもなかった」
父が私の肩に手を置く。
「エリアナ、お前を狙っているのは、ベアトリスだけではないかもしれない」
「え?」
「当時の重臣たちは、まだ生きている。そして、彼らは再び『運命改変の儀式』を行おうとしているかもしれない」
背筋が凍る。
「今度の生贄は、お前だ」
父が真剣な目で言う。
「全属性魔法の使い手。それは、儀式に最適な魔力なんだ」
「……」
「エリアナ、もし危険だと思ったら、舞踏会には出なくていい」
「でも、それでは――」
「お前の命の方が、大切だ」
父が私を抱きしめた。
「お前は、私の大切な娘だ。失いたくない」
「お父様……」
涙が溢れそうになる。
でも――
「お父様、私は大丈夫です」
私は、父を見上げる。
「私には、仲間がいます。レオン、エマ、みんな」
「エリアナ……」
「それに、私は逃げません」
強く言う。
「もし本当に、重臣たちが儀式をしようとしているなら、止めなきゃいけません」
「でも……」
「大丈夫。私、強くなりましたから」
微笑むと、父も――涙を流しながら微笑んだ。
「……そうだな。お前は、強くなった」
父が私の頭を撫でる。
「なら、行っておいで。でも、無理はするな」
「はい」
父の書斎を出て、廊下を歩く。
重臣たちが、黒幕の一部。
ベアトリスも、復讐のために動いている。
『複雑に絡み合っている……』
でも、もう一つ気になることがある。
『ダミアン先生は、どう関わっているんだろう?』
彼も、何かを知っている。
そして、私を助けようとしているように見える。
『全ての真相は、舞踏会で明らかになる』
覚悟を決めた。
翌日、ダミアン教師を再び訪ねた。
「先生、お話があります」
「エリアナか。どうぞ」
研究室に入ると、ダミアンは本を読んでいた。
「運命改変の儀式について、教えてください」
ダミアンが、本を閉じる。
「……やはり、そこまで辿り着いたか」
「ご存知なんですね」
「ああ。私が、この学院に来た理由の一つでもある」
ダミアンが立ち上がる。
「運命改変の儀式。それは、世界の法則を書き換える禁呪だ」
「禁呪……」
「ああ。一度発動すれば、世界そのものが変わる。過去も、未来も、全てが」
ダミアンが私を見る。
「そして、その儀式に必要なのが――全属性魔法の使い手の魔力だ」
「やっぱり……」
「エリアナ、君は狙われている。重臣たちに、ベアトリスに、そして――」
ダミアンが意味深に言う。
「この世界のシステムにも」
「システム?」
「ああ。君は、原作を変えすぎた。だから、システムが君を排除しようとしている」
ダミアンが近づく。
「断罪イベントは、システムの修正機能だ。君を元の軌道に戻すための」
「なら、私は――」
「でも、方法はある」
ダミアンが微笑む。
「システムより強い意志を持てばいい」
「強い意志?」
「ああ。この世界で生きる、という強い意志。そして、仲間を守る、という覚悟」
ダミアンが私の肩に手を置く。
「君には、それがある。だから、きっと大丈夫だ」
「先生……ありがとうございます」
「礼はいらない。ただ――」
ダミアンが真剣な目で言う。
「舞踏会で、全てが決まる。準備を怠るな」
「はい!」
研究室を出て、決意を新たにする。
運命改変の儀式。
重臣たちの陰謀。
ベアトリスの復讐。
そして、システムの修正力。
全てが、次の舞踏会で交錯する。
『でも、私は負けない』
仲間がいる。
レオン、エマ、マリア、セシル、ロザリー、リオン、ヴィクター、イザベラ、アレク。
そして、父も、ダミアン先生も。
みんなが、私を支えてくれている。
『だから、絶対に勝つ』
窓の外、夕日が沈んでいく。
舞踏会まで、あと二週間。
最後の準備が、始まる。
次回予告:
黒幕の正体が明らかになり、舞踏会での作戦も固まった。しかし、予想外の事態が。エマに危機が迫る。そして、エリアナは重大な決断を――




