表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
完璧令嬢は今日も必死です  作者: 周音


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/8

第2話 社交界という名の戦場

「お嬢様、本日は大切な日でございます。完璧な装いで臨みましょう」


 マルタの言葉に、私は鏡の前で深呼吸した。


 七歳になった今日。貴族の子女が集まる、社交界デビュー準備パーティーに初めて参加する。


 そして――運命の婚約者、レオン・エーデル公爵と初めて顔を合わせる日でもある。


「緊張していますか、お嬢様?」


「いいえ、大丈夫よ」


 嘘だ。めちゃくちゃ緊張している。


 この二年間、私は必死に完璧令嬢を演じてきた。礼儀作法、ダンス、音楽、刺繍。全てを完璧にこなすために、影で血の滲むような努力をしてきた。


 昨夜も、部屋で一人でダンスの練習をしていて、三回も転びそうになった。


『お、落ち着いて……!明日は絶対に転ばない……!』


 鏡の前で何度も確認する。


 ドレスはよし。髪型もよし。姿勢もよし。


 そして何より――笑顔。


 口角を上げて、目元を柔らかく。完璧な令嬢の微笑みを。


「お嬢様、お美しいですわ」


「ありがとう、マルタ」


 さあ、行きましょう。戦場へ。


 会場に到着すると、そこには既に多くの貴族の子女が集まっていた。


 煌びやかなドレスに身を包んだ少女たち。礼儀正しく談笑する少年たち。


 そして――


「エリアナ様、ようこそお越しくださいました」


 主催者の伯爵夫人が笑顔で迎えてくれる。


「お招きいただき、ありがとうございます」


 優雅にお辞儀をする。よし、完璧。


「まあ、なんて美しい所作。さすがローゼン侯爵家のお嬢様ですわ」


 周囲からも称賛の声が上がる。


 内心では『やったー!』とガッツポーズしたいところだが、表情は崩さない。


「お褒めいただき光栄です」


 そう言って微笑む私の視線の先に――いた。


 銀色の髪と、氷のように冷たい青い瞳。整った顔立ちに、どこか近寄りがたい雰囲気を纏った少年。


 レオン・エーデル。


 私の、婚約者。


「……」


 レオンはこちらをちらりと見たが、すぐに視線を逸らした。


 ああ、原作通りだ。この時期のレオンは、誰にも心を開いていない。冷たくて、孤独な少年。


 でも、原作では主人公(ヒロイン)に出会って変わっていくんだよね……。


『私は悪役令嬢だから、レオンとは距離を置いた方がいいのかな?でも婚約者だし……』


 考えている間に、三人の少女が近づいてきた。


「初めまして!私、マリア・ヴェルナーと申します」


 明るい笑顔の金髪の少女。原作ゲームでの知識が頭をよぎる。


 ――マリア。表向きは親友だが、実は主人公の完璧さに嫉妬し、蹴落とそうと画策する人物。


「私はセシル・モンフォールですわ」


 おっとりとした雰囲気の黒髪の少女。


 ――セシル。おっとりお嬢様風だが、情報収集が趣味で他人の秘密を握って楽しむタイプ。


「ロザリー・フィッツロイです。お会いできて嬉しいですわ」


 凛とした雰囲気の赤毛の少女。


 ――ロザリー。正義感が強い風を装うが、実は自分が一番になりたいだけ。


 この三人が、原作でエリアナを陥れる令嬢たちだ。


「初めまして。エリアナ・ローゼンと申します」


 完璧な微笑みで応じる。


 内心では『うわあああ、来た来た!この三人だ!』と叫んでいるが。


「エリアナ様の噂はかねがね伺っておりましたわ。完璧な令嬢だと」


 マリアが人懐っこく笑う。


 でも、原作知識があるからわかる。この笑顔の裏で、もう値踏みされているんだ。


「そんな、過分なお言葉です」


 謙虚に返す。目立ちすぎるのは危険だ。


「ねえ、エリアナ様。レオン様とはもうお話しされましたの?」


 セシルがおっとりとした口調で聞いてくる。


 ――来た!情報収集!


「いいえ、まだ正式なご挨拶は」


「まあ。婚約者なのに?」


 ロザリーが少し驚いたように言う。


「幼い頃の婚約ですから。これから少しずつお互いを知っていければと」


 完璧な回答。よし。


「素敵ですわ。エリアナ様は本当に賢明な方なのですね」


 マリアが笑う。


 でも、その目は笑っていない――ような気がする。


『うわあ、これが社交界……!表面上はニコニコしてるけど、腹の探り合い……!』


 前世の私には絶対無理な世界だ。でも、今は演じなければならない。


「皆様とお友達になれたら嬉しいですわ」


 そう言って微笑む。


 三人も笑顔を返す。


 これが、社交界という名の戦場。


 そして、私の長い戦いの始まり。


 パーティーが進み、ダンスの時間になった。


「エリアナ様」


 低い声に振り向くと、レオンが手を差し出していた。


「……ダンスを」


 無表情で、事務的な口調。


『き、来た!婚約者との初ダンス!』


 内心パニックだが、表情は崩さない。


「光栄ですわ、レオン様」


 手を取る。レオンの手は大きくて、少し冷たかった。


 音楽が始まり、ダンスが始まる。


『落ち着いて、落ち着いて。練習通りに。一、二、三、一、二、三……』


 心の中でカウントを取りながら、慎重にステップを踏む。


 レオンは完璧にリードしてくれる。さすが公爵家の御曹司だ。


「……上手ですね」


 レオンがぽつりと言った。


「あ、ありがとうございます」


『やった!褒められた!』


 でも、次の瞬間――


「あ」


 ステップを間違えそうになった。


『まずい!』


 必死にバランスを取る。レオンが素早くサポートしてくれて、なんとか転ばずに済んだ。


「……大丈夫ですか」


「は、はい。失礼いたしました」


 顔が熱い。恥ずかしい。


 でも、レオンは――少しだけ、柔らかい表情をしていた。


「……完璧じゃなくても、いいんです」


「え?」


「あなたは、十分頑張っていると思います」


 そう言って、レオンは小さく微笑んだ。


 初めて見る、彼の笑顔。


『……え、なに、この展開』


 原作ではもっと冷たかったはずなのに。


 ダンスが終わり、レオンは一礼して去っていった。


 私は、呆然とその背中を見送った。


『どういうこと……?』


 そして、少し離れた場所から、三人の令嬢たちがこちらを見ていた。


 マリアは笑顔だったが、その目は――冷たかった。


『……やばい。目をつけられた?』


 社交界デビュー初日。


 私は、様々な思惑が渦巻く世界に足を踏み入れてしまった。

次回予告:

レオンとの距離が少しずつ縮まる一方で、令嬢たちの監視の目は厳しくなっていく。そんな中、エリアナは初めて公爵家を訪問することに。そこで待っていたのは、レオンの弟と、複雑な家族関係で――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ