新世界、街の中
柵の手前で足を止める。穂先がこちらに向いて、銀の縁が鈍く光った。
〈索敵〉の円は静かだ。門の内外に強い敵意なし。交代まで二分。見張り台の一人は船を漕いでいる。
外見ノイズ抑制:顔の疲れ−30%、目の赤み−30%、清潔度+。
深呼吸一回。手を上げて会釈。
「旅の者です。仕事を探してる。通してもらえるか」
槍番が二人。耳の尖った方が面倒くさそうに顎を上げ、毛並みのある方が鼻をひくつかせた。
「用件は」
「今、言った。中で宿と職探しの場があれば見たい」
耳の尖った方が目線を俺の喉へ落とす。少し眉の形が変わった。
「喉の輪は」
「輪?」
「印だ。持ち主の名を刻む輪」
言いながら、槍の石突で俺の首元の何もない空間をちょんと示す。
語気は説明だけど、棘があるな。胸の奥でイラつきが起きる。
「持ち主?どういう意味だ?」
毛並みの方が笑った。尾が小さく揺れる。
「なんだ?平和な、ヒューマンしかいない町でもあんのか...?」
「通れないのか?」
「いや、仕方ない。通っていいぞ。」
耳の尖った方が短く言い、柵を横に引いた。
通れる。だが、なんだ?この感覚は。
中に入ると匂いが変わった。
焼いた肉、果物の酸、樹脂、家畜、汗。それに混ざる鉄と油。市場の音が重なる。
〈索敵〉に薄く写る人の密度。通りの両側から、視線が刺さる。突き刺すというより、撫でて捨てる視線。
「目ぇ合わせるな。素首だ」
「雨で匂いを落とせよ、店が臭う」
「普通のヒューマンと顔つきが違うな。」
「いや、どうせ輪が付けば同じ顔になる。」
囁きが斜めから当たっては、地面に落ちていく。
素首。印無し。単語が増えるほど、意味がわからなくなる。
ここはヒューマン、俺らのルールがある……らしい。
そのへんも含めてどっかで情報収集しないとな。
とりあえず屋台で聞いてみるか。
「色を探しているんだが、そういった場所はあるだろうか?」
「あん?ギルドのことか?向こうだよ。早くいけ」
通りの角、木製の案内板に鹿角の刻印。矢印が広場へ向いている。
〈解析視〉オン。視界の端にタグ。〈ギルド:登録可〉。
扉を押すと、乾いた金具の音。広い空間、掲示板には紙がびっしり。
受付の女は眼鏡越しに一秒でこちらを分類して、視線を紙へ戻した。
「登録をしたいのだが。」
「登録は規定上、可能です。血判を」
「最原慎一だ」
赤い布と針。指先に小さな痛み。痛覚+を一瞬だけ入れて鈍らせる。
布→紙。赤は均一に沈む。
「知らないようですので申し添えます。ヒューマンの場合報酬袋は軽くなります。」
「は?なんでだ?」
「規則ですので」
口調は事務的。温度は低い。でも嘘は言っていない目だ。
掲示板へ歩く。紙の端に赤い朱印。〈人類不可〉。いくつも、同じ印。
〈解析視〉がタグを浮かべる。〈種族フィルタ:自動/解除不可〉。
「UIの方が正直だな」
独り言が自分の耳で自然に聞こえる。言語適応は完全。
「宿は?」
「探すだけ無駄でしょう」
肩をすくめる仕草だけで返す。俺の仕事は、無駄の線をできるだけ短くすることだ。
一軒目の宿は、顔を見た瞬間に扉を閉めた。
二軒目は女将が顎を上げる。
「洗い賃と消毒代で倍額。……あら、満室だったわ」
三軒目は年配のドワーフが棒で肩をつつく。
「揉め事は困るな。悪いが帰りな」
この世界のルールは、ヒューマンが差別でもされているのか?ってくらい扱いが雑だな。
いまだに「喉の輪」の明確な意味は確定できないが、所有印であることはほぼ確。
確かめるなら、首輪屋が早いか。
裏通り。鉄輪が山になって積まれている。
ドワーフの店主が油布で輪を磨きながら、笑顔を貼る。
「首輪ならこちら。新品も中古もある。中古は当たりが出る。前の持ち主が丈夫でね。馴染みがいいのさ」
「外す道具は?」
「外す? 冗談を。外したら人間じゃなくなるだろ。」
〈解析視〉が喉輪の定義を表示する。
返し角:12°。材質:鉄(炭素率甘め)。所有印リンク:街戸籍ノード。外し判定:不可(例外:整備時)。
整備時。例外、あるじゃないか。
「ありがとう」
礼は形式。必要だ。




