美味しそうなモンスターたちの誘惑
毎日お仕事お疲れ様です。
ちょこっと読んでくださいね。
ああ、まただ。この、じわじわと身体を蝕んでいくような疲労感。夜勤を終え、朝日が窓の隙間から差し込む部屋へ帰ると、決まってこうなる。カーテンを閉め切っても、光はどこからか入り込み、私を現実に引き戻す。現実、か。最近の現実は、ひどく重たい。体重計の数字が、ぴくりとも動かない。
あれは、半年前のこと。看護学校の同窓会で、久しぶりに会った友人の一言がきっかけだった。
「真希、ちょっとふっくらした? 夜勤大変そうだもんね」
悪意のない、本当に何気ない一言。でも、私の心には小さな棘のように刺さった。たしかに、夜勤のストレスを言い訳に、コンビニスイーツを漁る日々だった。制服のウエストがきつくなったことにも、気づかないふりをしていた。その日の夜、私は一冊のノートを買った。小さな花柄の、かわいらしいノート。決意の表れだった。そこに毎日、食べたもの、体重、そしてその日の気持ちを書き綴った。最初のうちは、順調に数字が減っていった。ノートの行が埋まるたびに、まるで新しい自分に生まれ変わっていくような気がした。
でも、最近はそうでもない。停滞期、というやつだろうか。どれだけ食事を管理しても、体重は減らない。夜勤明けの疲労は、数字の停滞と共に私をじわじわと追い詰めていく。ノートの白いページが増えるたびに、私の心にも空虚な穴が空いていくようだった。
そして今、私はこの穴を埋めるように、パン屋の袋を握りしめている。
夜勤を終えた帰り道、まるで魂だけが抜け殻になったかのように、私はぼんやりと歩いていた。アスファルトの照り返しが目に眩しい。こんな時間でも、世間は賑やかに動き出している。
そんな中、角を曲がった途端、その匂いは私の鼻腔をくすぐった。
思わず、足を止める。
熱を帯びた油の香りが、あたりに満ちている。焦がし玉ねぎの甘さ、スパイスの芳醇な香り、そして微かに肉の旨味。それらが渾然一体となり、私の嗅覚だけでなく、胃袋にまで直接語りかけてくるようだ。それは「今すぐ食べてくれ」と訴える、
誘惑のモンスター。
誘われるように見上げると、そこには最近この近所にできた、小さなパン屋があった。真新しい木製の扉が、何度か開閉するたびに、香りが波となって外に押し出されてくる。まるで、店の中から「早くおいで」と手招きされているかのようだった。
気づけば私は、誘惑のモンスターハウスに吸い込まれるように入っていた。
ケースの中に、それはいた。
熱気に満ちたガラスケースの向こうで、黄金色に輝く、こんもりと膨らんだ楕円形。揚げたてのカレーパンだった。表面には無数の細かいパン粉がまとい、まるで宝石のようにも見えた。その存在感に、私の理性はあっけなく粉々に砕け散った。
「一つだけ。カレーパン一つだけ」
呪文のように心の中で唱え、私はそれをトレイに乗せた。これで、夜勤の疲れも、体重の停滞も、ノートの空白も、全部消えてくれるような気がした。しかし、レジに並ぶ途中で、目に入ってしまったのだ。「期間限定」の文字が踊る、つややかなクリームパンが。
「カレーパンは今日、クリームパンは明日の朝食にしよう」
そう心に決めて、私は二つのパンを手にレジへ向かった。
帰宅後、私はまるで獲物を前にした獣のように、パンの入った袋を食い入るように見つめた。部屋の電気をつけず、窓から差し込む薄暗い光の中で、袋から二つのパンを取り出す。
まずはカレーパン。一口齧ると、熱いカレーが口いっぱいに広がる。ジャガイモの甘み、ひき肉のコク、そしてじんわりと広がるスパイスの辛さ。すべてが疲れた私の身体に染み渡っていく。至福。一瞬だけ、すべての後悔が溶けてなくなるような気がした。
だが、一度火がついた食欲は、そう簡単に収まってはくれなかった。カレーパンを食べ終えた後、私の脳裏を占めたのは、袋の中のもう一つのパンの存在だった。
「明日の朝食にしよう」。そう決めたはずなのに。
理性が、その言葉を何度も繰り返す。しかし、欲望はもっと強い言葉で私を誘惑する。「もう一口だけ。甘いものも少しだけ」。
気づけば、私の手は勝手に、袋の中のクリームパンに伸びていた。
ふかふかのパン生地に、たっぷりと詰まったカスタードクリーム。甘く、なめらかで、口の中でとろけていく。ああ、この味。これは、子どもの頃に母が作ってくれた、あの懐かしい味とは違う。もっと濃厚で、もっと洗練されていて、今まで食べたどのクリームパンとも比べ物にならないくらい、おいしい。
二つのパンを、立て続けに食べた。
食べ終えた後、私の心は満たされるどころか、空っぽになった。胃は重く、罪悪感だけがずっしりと私を支配している。
私は、恐る恐る小さな花柄のノートを取り出した。最後のページに書かれた体重は、二週間前のものだ。そこには、小さな文字で「目標体重まであと○kg」と記されている。
私はペンを手に取る。だが、何を書けばいいのか分からない。増えたであろう体重の数字か? それとも、今日食べたカレーパンとクリームパンの名前か?
ペンを置いた。ノートを閉じた。そして、そのまま鞄の奥にしまい込んだ。
それは、ダイエットの失敗を認めた瞬間ではなかった。
数字に縛られ、他人の言葉に振り回され、自分を追い詰めることから解放されたい。私の心は、そう叫んでいた。
カーテンの隙間から、もう一度朝日が差し込む。
パンを食べてしまった後悔。しかし、同時に、抗いようのない欲望に素直になった自分を、少しだけ認めてあげたかった。
私は、もうノートに縛られる必要はない。
今日から私は食欲のモンスター!!
読んくれてありがとう。ちょと長かったかな?
ふたつで済んで良かったね。って人は高評価お願いします。
ちなみに私はためらい無く3つ食べます。
反応あればシリーズ描きたいな。




