――やっぱり、おかしい。
金属製の簡易ベッドがきしむ音で目が覚めた。
天井からぶら下がる蛍光灯の白い光は、宮廷のシャンデリアとは無縁の冷たさだ。鼻先をくすぐるのは香水でも花の香りでもなく、軍靴と油の匂い。
リリアンヌは軽く上体を起こし、きょろきょろと室内を見渡した。無骨な机、壁に掛かった訓練予定表、そして隅に整然と並ぶ軍靴――どこからどう見ても軍の施設だ。
「今度は軍服?……まあ、ドレスよりは動きやすいけど」
寝ぼけ声のまま、リリアンヌは自分の詰襟制服の袖をつまむ。濃紺の布地に銀の刺繍。鏡に映るのは、間違いなく“士官学校候補生”仕様の自分だった。
「どうせまた“断罪イベント”が待ってるのよね」
肩をすくめ、ベッドの脇に置かれた軍靴をつま先で軽く突く。
――さて、今回はどんな理由で断罪されるのかしら?
リリアンヌは壁際の姿見に歩み寄り、自分の姿をまじまじと見つめた。
濃紺の詰襟制服に銀の飾緒、腰には儀礼用とはいえ長剣が吊られている。ボタンは一つも歪んでおらず、ブーツの革は鏡面のように磨き上げられている――完璧な“士官候補生”の装いだった。
「はいはい、今度は“優秀な士官候補生”役ね」
鏡の中でつややかな金髪が揺れ、わざとらしく肩をすくめる仕草が返ってくる。
軽い諦めと、もう慣れっこの達観が混じったため息がこぼれた。
校門前の広場に足を踏み入れた瞬間、リリアンヌは目を細めた。
――ああ、やっぱり。見慣れた顔ぶれ。
真っ先に目に入ったのは、背筋をぴんと伸ばし、まるで教科書の挿絵のように完璧な敬礼を決める少女。
シャルロット――この世界では王女にして士官学校の特別生。どんな役を与えられても、きっちり「模範解答」を出してくる優等生だ。
次に視線を横へずらすと、制服の袖に鋭い金線を光らせる長身の少女が立っている。
イザベラ――軍監査役として候補生を監視する冷徹な視線は、この世界でも健在らしい。
その隣には、背中に工具袋を担ぎ、うっすらと火薬の匂いを漂わせる笑顔の少女。
ベアトリス――お行儀のいい士官学校で、どうやって爆薬を持ち込んだのやら。
最後に、医薬品の瓶をいくつも抱えてよろよろしている少女が、のんびりと手を振ってきた。
マルグリット――衛生兵見習いらしいが、その緊張感のなさはいつも通りだ。
リリアンヌは思わず、肩をすくめて小さくつぶやく。
「……またあなたたち?」
広場を吹き抜ける冷たい朝の風が、士官学校の紋章旗をはためかせる。
リリアンヌはゆっくりと歩を進めながら、校門前に並ぶ四人を見やった。
――軍服、礼法、肩書き、すべてこの世界にふさわしい。
だが、その“顔”も“雰囲気”も、あの紅茶会のまま変わらない。
シャルロットは特別生として凛と背筋を伸ばし、
イザベラは監査役らしい冷たい眼差しで候補生を見回し、
ベアトリスは悪戯っぽく工具袋を揺らし、
マルグリットは相変わらずのんびり微笑んでいる。
リリアンヌは唇の端だけを動かして、小さくつぶやいた。
「……またあなたたち?」
しかし誰ひとり、気づいた様子はない。
まるでそれが当たり前のことのように――
「おはようございます、候補生リリアンヌ」
「今日もいい天気ですわね」
「ねえ見て見て、新型の起爆装置なの!」
「朝ごはん、ちゃんと食べました?」
と、それぞれの立場で、あたりまえの挨拶を投げかけてくる。
リリアンヌは目を細め、軽くため息をついた。
――やっぱり、おかしい。
軽く会釈だけ返し、リリアンヌは門をくぐった。
石畳を踏む軍靴の音が、規則正しく響く。
――やっぱり、今回も“標的”は私ってわけね。
唇の裏でひそやかに笑う。
「でも――踊らされる気はないわ」
彼女の背中を朝の光が照らし、濃紺の詰襟に銀の装飾が瞬く。
その影は、校舎へと続く石畳の上で静かに伸び、やがて次の舞台――入校式の喧騒へと溶け込んでいった。




