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悪役令嬢リリアンヌ 百回転生記  作者: 南蛇井


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21/23

この舞台に従うか、それとも壊すか

玉座広間には、張り詰めた沈黙が満ちていた。

 高窓から差し込む月明かりは、漆黒の床に細く長い筋を描いている。だが――その光が、ふいにざらついた。

 まるで映像の乱れのように、月がかすかに歪む。輪郭が震え、白銀の輝きが微細なノイズを帯びた。

 リリアンヌは手元の紅茶カップを見下ろす。

 ――そこに、一瞬だけ“笑う影”が走った。

 視線を巡らせると、庭園の池の水面も、壁に埋め込まれた鏡面装飾も、かすかな影を宿している。

 まるで、この広間の至るところに“誰か”が潜んでいるかのように。

 「……っ」

 胸がわずかに高鳴る。

 今の影は――錯覚か、それとも。

 次の瞬間、燭台の炎が低く揺れ、影が広間を滑った。

 天井から垂れ下がる濃紺の布が、音もなく揺れた。

 月光が揺らいだ瞬間、その影が人の輪郭を結ぶ。

 「――やあ、久しいな。」

 視界の高みから、オスカーが降りてきた。

 彼の装いは、どこか異様だった。

 西洋宮廷風の豪奢な刺繍入りコート――だが、その裾や肩口には未来都市を思わせる金属パーツが組み込まれ、細く発光するラインが呼吸のように明滅している。

 過去と未来、あらゆる世界を踏破してきた者の軌跡が、そのまま衣服に刻まれているかのようだった。

 その表情は静かで、穏やかですらある。

 けれども、その瞳に宿るのは――長き観測の果てにたどり着いた諦観の色。

 まるで、結末を知り尽くした者が、それでもなお舞台の開幕を見届けようとするかのように。

オスカーの声が落ちた瞬間、玉座広間の空気が震えた。

 低く、澄んだ響き――しかしその残響はどこか人工的で、現実の壁や床が軋みながら歪んだように聞こえる。

 「――百回目だ。選べ、リリアンヌ。」

 「舞台に従い、終幕を迎えるか――」

 「それとも……全てを壊すか。」

 その言葉が重なるごとに、広間の光が不自然に明滅した。

 月明かりが映していたはずの影が、粒子ノイズのように震え、蝋燭の炎までも映像の乱れのように滲む。

 人物の輪郭が一瞬だけ揺らぎ、まるで舞台そのものが剥がれ落ちる予兆のようだ。

 紅茶カップの液面、庭園の池の水鏡――

 そこに、オスカーの影がかすめた。

 見上げた者の視界を、まるで幻影のように撫でる、観測者の笑み。

オスカーの声が広間に響いた瞬間、紅茶会の面々がそれぞれ反応した。

 シャルロットは真っ直ぐ天井を見上げる。涼やかな微笑を崩さず――ただ、その口元が、僅かに引きつった。

 イザベラの反応は速い。声が落ちきる前に、反射的に腰の剣の柄へ指が伸びる。金具が小さく鳴った音が、異様な静けさの中で鮮烈に響く。

 ベアトリスの手元で端末が明滅した。

 《ERROR》《解析不能》――文字が瞬くたび、ノイズ音が走り、彼女の眉がかすかに動く。

 マルグリットだけが笑顔を崩さない。

 だが、彼女の手にしたカップの表面で揺れた香の液面が、わずかに外へ零れた。

 ――無邪気な微笑の奥に隠れた緊張、それは、香りの滴が雄弁に語っていた。

 (……ついに来た。)

 (選べ……この舞台に従うか、それとも壊すか。)

 リリアンヌは手にした紅茶カップを強く握りしめた。

 わずかな震えで液面が揺れ――そこに、一瞬だけオスカーの笑みが映る。

 胸の奥に押し寄せる迷いと、噛み砕いた決意が、瞳の奥でせめぎ合う。

 その光は、怯えではなく、覚悟の輪郭を帯びていた。

オスカーの影は、月光に溶けるように高窓の向こうへと消えた。

 しかし、彼の存在が残した歪みだけが、金箔の広間にしつこく響き続ける。

 燭台の炎がひときわ大きく揺らめき――次の瞬間、まるで時間が止まったかのように静止した。

 視界が暗転し、リリアンヌの瞳に深く寄る。

 その瞳の奥で、学園――宮廷――未来都市――幾度も繰り返された世界が、稲妻のような閃光で高速にフラッシュする。

 すべてが、この瞬間に収束するかのように――。

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