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悪役令嬢リリアンヌ 百回転生記  作者: 南蛇井


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14/23

あなたのプログラムがバグってるんじゃない?

――視界が揺れた。

 転生の目覚めと同時に、都市の夜景が一瞬だけモザイク状に崩れる。

 高層ビルの壁面に映るホログラム広告が重なり合い、文字が読めないほどに文字化けを起こしていた。

 「……え?」

 ネオン街を歩く通行人たちが、同じ姿勢のままぴたりと動きを止める。

 まるで誰かが再生ボタンを押し忘れた映像。

 そして空から落ちてくる雨粒が、彼女の目の前でふわりと静止した。

 一拍置いて――世界が息を吹き返す。

 広告は正常に流れ、通行人は何事もなかったかのように動き出し、雨粒は肌を濡らす軌道へと戻る。

 リリアンヌは目を細め、唇の端をかすかに噛んだ。

 「……今の、何? 世界が“読み込まれる”のが見えた?」

 胸の奥に小さなざわめきが生まれる。

 それは恐怖ではなく――確信に近い違和感だった。

 またしても、あの紅茶会。

 高層ビルのVIPラウンジ。床下にはネオン街が広がり、天井からは無音のホログラム広告が揺れる。

 ――未来都市でも、なぜか必ず紅茶がある。それが余計に不自然だった。

 テーブル中央で、ベアトリスがAI端末を操作していた。立体投影されたデータが、ラウンジの暗い空気に淡い光を放つ。

 「……妙ね」

 ベアトリスの声が、やけに低い。

 「この都市のシミュレーションが開始された記録が……存在しない?」

 投影データが瞬きをするように乱れ、赤い警告表示が浮かぶ。

 > 世界開始時刻:検出不能

 > 存在記録:不整合

 > 参加者ID:前世界のデータと99.8%一致

 シャルロットが眉をひそめる。

 「あなたのプログラムがバグってるんじゃない?」

 その声に、苛立ちというより“用意された反応”の匂いが混じっていた。

 マルグリットは何食わぬ顔で紅茶をかき混ぜ、カップの底を静かに鳴らす。

 「……舞台の幕が上がったのに、開演ベルが鳴ってない感じね」

 リリアンヌは、息を潜めて皆の様子を観察していた。

 記録がない……? つまり、この世界は“最初から用意されていなかった”……?

 ――カップの中の紅茶がわずかに揺れた。

 その表面に、過去の学園世界と宮廷世界がほんの一瞬だけ重なった気がして、彼女は背筋に冷たいものを感じた。

また、あの紅茶会。

 未来都市の高層ビルの一角、床一面が強化ガラス張りで、下のネオン街がまるで宝石のように瞬いている。

 ――なのにテーブルに並ぶのは相変わらず紅茶と焼き菓子。未来感ゼロの組み合わせが、かえって不気味さを増していた。

 ベアトリスが小型端末を開き、空中に青白いホログラムが浮かぶ。複雑な数式と都市シミュレーションの記録が、連続するエラー音とともに乱れていた。

 「……妙ね」

 ベアトリスが呟いた瞬間、ラウンジの空気が微かに張り詰める。

 > 世界開始時刻:検出不能

 > 存在記録:不整合

 > 参加者ID:前世界のデータと99.8%一致

 「この都市のシミュレーションが開始された記録が……存在しない?」

 彼女の声は、いつもの飄々とした調子ではなかった。

 シャルロットが唇を歪めて笑う。

 「あなたのプログラムがバグってるんじゃない?」

 何気ない一言のはずなのに、どこか芝居がかった響きがあった。

 マルグリットはカップをかき混ぜ、銀のスプーンをわざとらしく鳴らした。

 「……舞台の幕が上がったのに、開演ベルが鳴ってない感じね」

 リリアンヌは息を呑み、紅茶の香りの奥で胸騒ぎを覚える。

 記録がない……? つまり、この世界は“最初から用意されていなかった”……?

 ふと視界の端で、紅茶の表面がきらめいた。

 そこに映ったのは――学園、宮廷、断罪の舞台。過去の世界の残像が、光の反射に一瞬だけ重なった。

 リリアンヌは指先に力を込めた。

 誰かが、確実に盤面を並べている。

 夜風が入り込むガラス回廊。

 下を見下ろせば、無数のドローンが監視の光を放ち、街路を走る自動車の群れが規則正しく光の帯を描いていた。

 隣を歩くイザベラは、相変わらず完璧な背筋と無表情を崩さない。ヒールの音が規則的に響くたび、人工の街が拍子を刻むようだった。

 不意に――彼女は足を止めた。

 「規律が乱れると、世界は壊れる……」

 その声は囁きとも断言ともつかず、回廊のガラスに淡く反射する。

 「……そういう決まりでしょ?」

 リリアンヌは思わず振り向いた。

 「え……今、何て?」

 イザベラはすぐに歩き出し、何事もなかったかのように話題を変えた。

 「次の取締役会議、シャルロットは出席するつもりかしら?」

 淡々とした声色――だが、その瞳の奥に、一瞬だけ影が走った。

 リリアンヌの胸がざわめく。

 今の言葉……まるで、彼女もループのことを知っているみたい。

 照明が瞬いた。その刹那、街のネオンがわずかに揺らぐ。

 世界が、ひび割れている。

夜の街は、ネオンの光で飽和していた。

 だが、その光景が――突如として“ノイズ”に飲まれる。

 ビルの輪郭がざらつき、ガラスの塔が溶けるように形を失っていく。

 通りを歩く人々の顔が、パラパラと紙芝居のように別人に入れ替わった。笑顔が無表情に、老女が少年に――そしてまた元に戻る。

 「……っ!」

 リリアンヌは反射的に息をのむ。

 これは……偶然じゃない。

 誰かが――盤面を並べている。

 視線の先。遠くの高層ビルに掲げられた巨大スクリーンが、白いノイズに覆われた。

 そして、一瞬だけ――オスカーのシルエットが浮かぶ。

 「……オスカー……?」

 名を呼ぶ間もなく、像は掻き消えた。

 次の瞬間には街は何事もなかったかのように元通り。

 建物は整然と並び、人々は再び歩き出す。

 まるで最初から何も起きていなかったかのように。

 だが、リリアンヌの胸に残った確信だけは、もう揺るがない。

 ――この世界は“創られている”。

 そして、その“脚本家”が、確かにこちらを見ている。

ラウンジに戻ったリリアンヌは、窓越しに揺らめく夜景を見下ろしていた。

 あのノイズ――街が“剥がれた”あの瞬間が、まぶたの裏で何度も反芻される。

 駒が並べられている……。

 それも、私以外の誰かの手で。

 カップを唇に運ぶ仕草は変わらない。だが、その視線の奥に冷たい確信が宿っていた。

 ――イザベラ。あの唐突な台詞。

 ――ベアトリスのAI。世界の“外側”を嗅ぎつけた。

 ――そして、遠くにちらついたオスカーの影。

 舞台はすでに整っている。

 次の幕が上がるのを、誰かが待っている。

 リリアンヌは小さく笑みを浮かべ、カップをそっとソーサーに戻した。

 その音が、やけに響いた気がした。

 「――さぁ、次は誰の番かしら。」

 ホログラムの明滅が一瞬だけ止まり、窓の外の光が奇妙に沈黙した。

 まるで、この世界そのものが彼女の言葉に耳を澄ませているかのように。


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