転生直後の違和感
――また、目が覚めた瞬間に別の世界だった。
冷たいガラス張りの床が足の裏に伝える感触に、リリアンヌはわずかに眉をひそめる。都市の夜景が逆さまに広がり、ネオンとホログラム広告が脈動するように瞬いていた。空を見上げれば、無音のドローンが規則正しく旋回している。まるで監視するためだけに生まれた機械の群れだ。
高級企業ビルの上層階――シャルロットの主催する非公式パーティ。
招待状の差出人を見たとき、リリアンヌは予感していた。また会うのだ、と。
自動ドアが音もなく開く。
大理石の壁に埋め込まれたスクリーンが淡い光を放ち、招待客の名簿を映し出す。そこにはやはり、見慣れた名前が並んでいた。
「ようこそ、リリアンヌ。」
先に声をかけてきたのはシャルロットだった。深紅のスーツに身を包み、企業グループのロゴが胸元で静かに光る。冷徹なCEOの笑み――けれど、あの学園で見せた生徒会長の笑顔と寸分違わない。
「また会えて嬉しいわ。」
イザベラが監視官の制服姿で現れる。彼女の眼差しは鋭く、まるで規則そのものが人の形を取ったようだ。宮廷で侍女長だった時も、その目は同じだった。
ベアトリスは無言で端末を操作していた。AIの光が彼女の頬を青白く照らす。その仕草に軍工技師だった頃の面影が重なる。
マルグリットはカクテルグラスを指で回しながら、薬師だった頃と同じ微笑みを浮かべている。
リリアンヌは一歩踏み込みながら、胸の奥でそっと吐息を押し殺した。
――軍服でも制服でも唐服でも、結局は同じ顔ぶれ。同じ駒が並んでいるだけ。
今夜の都市の夜風は冷たいはずなのに、このフロアの空気は演劇の舞台裏のように熱い。
芝居が始まる前の役者たちが、台本を覚えた顔で立っている――そんな錯覚が胸をかすめた。
ガラス張りの床の下で、ネオン街が脈動していた。光の川が絶え間なく流れ、上空を行き交うホログラム広告が夜空を人工の星で覆い隠している。
その中で――どういうわけか、VIPラウンジのテーブルには純白の陶磁器と紅茶の香りがあった。未来都市の最上階に似つかわしくない優雅さ。けれど、リリアンヌにはこの光景がどこか……懐かしすぎて、不気味だった。
「改めて歓迎するわ、リリアンヌ。」
シャルロットが微笑む。その笑みは高級スーツに完璧に調和しているのに、言葉だけが異物だった。
「私は――この都市の経済を回す“役”よ。」
“役”……?
わざわざそう強調する必要があるのかしら。リリアンヌはカップを持つ指をわずかに止める。
イザベラが続く。監察官の制服に身を包み、背筋はまっすぐ。
「秩序がなければ物語は進まない。だから、私が監視するの。」
語り口が機械的で、まるで暗記した台本をなぞるようだった。
ベアトリスが卓上端末を操作し、AIにラウンジの全員をスキャンさせる。スクリーンに浮かんだ結果は、まるで……
――“演者リスト”。
企業のゲストプロフィールでもなく、治安局の監視データでもなく、“役柄と配役”が表示されているかのようだ。
「変数が揃えば、あとはシナリオ通り。」
ベアトリスが淡々と呟く。その声には感情が欠けていた。
最後にマルグリットが笑いながら、カップをひらひら回した。
「舞台用の小道具ね、このティーセット。……あら、断罪イベントの準備も整えておくわ。」
――その言葉に、胸の奥が冷たくなる。
どうして彼女が“断罪”なんて言葉を自然に口にするの?
そして――どうして誰も、それを不自然だと思わないの?
リリアンヌは薄く笑みを返しながら、紅茶を一口含む。
――みんな芝居をしている……? いいえ、違う。“芝居をしている自覚がない”芝居。
ガラスの下で都市の光が瞬く。
その煌めきが、一瞬だけ舞台のフットライトに見えた。
指先がカップの縁を軽く揺らすと、紅茶の表面がかすかに波打った。
その揺らぎに、都市のホログラム広告の光が反射する。
一瞬だけ――学園の中庭、宮廷の婚礼宴、あの記憶の断片が重なり合う。
これは偶然じゃない。
誰かが盤面を並べてる。
リリアンヌは、何気ない視線を仲間へと巡らせる。
シャルロットがグラスを傾け、イザベラが口を湿らせ、ベアトリスとマルグリットも同時にティーカップを持ち上げる。
――そのタイミングが、完璧に揃っていた。
わざとらしいわけじゃない。むしろ“自然すぎる不自然さ”。
まるでプログラムが一斉に動作した瞬間のように、動きが一拍もずれない。
さらに――シャルロットが微笑み、イザベラが頷き、ベアトリスとマルグリットが口角を上げる。
――笑うタイミングまで全員同じ。
この茶会は偶然じゃない。この顔ぶれは偶然じゃない。この世界も――。
リリアンヌは沈黙を破るように、わざとらしく低く笑った。
「……まるで劇場のリハーサルみたいね。」
次の瞬間。
全員の表情が、わずかに“止まった”。
ほんの瞬きの間だけ、無表情の仮面が滑り落ちる。
しかしすぐに、また何事もなかったかのように、談笑が続く。
――だが、リリアンヌの胸の奥ではもう、何かが確信に変わっていた。
これは仕組まれている。誰かが幕を引き、誰かが私を見ている――。
喧騒を避けて、リリアンヌはテラスの自動ドアをくぐった。
夜風が高層ビル群を渡り、髪を揺らす。
遥か下の街並み――ネオンとホログラム広告が煌めく大通りが、まるで熱で揺らぐ空気のようにモザイク状に歪んで見えた。
瞬間、リリアンヌの瞳が細くなる。
また揃ったわね……シャルロット、イザベラ、ベアトリス、マルグリット。舞台が変わっても、役だけがすげ替わる。
――私だけが観客じゃないのなら……誰が脚本家?
不意に、隣のビルの壁面スクリーンがノイズに覆われた。
煌めく広告が崩れ落ちるように乱れ、そこに――一瞬だけ――人影が映った。
オスカー……?
リリアンヌが見上げた瞬間、街の灯りが瞬き、映像が完全に暗転した。




