1 記憶を取り戻した日
よろしくお願いします。
目標は決めたものの、私はこれからどうすればいいのだろうか。
そもそも‥‥‥悪役令嬢って、具体的に何をすればいいの?
どうすれば嫌われ者になれるの?
疑問符が頭を飛び交い、私は頭を抱えた。
目標が決まっても、何をすればいいのかわからないんじゃ目標なんか到底達成できないわよね‥‥‥。
どうしようと無意味にアースを撫で繰り回していると、メイドの声が私を呼んだ。
「リミル様、お食事ができました」
「今行くわ」
答えて、私はアートをベッドに降ろし、立ち上がる。
そうだわ、難しいことは後で考えて、今は目の前のことに集中すればいいんだわ!
私は家族が集まる部屋に向かい、お兄様の隣に腰を下ろす。
疑問は頭の隅に飛ばし、食事に集中する。
メインディッシュを終え、デザートを食べ始めた時、お母様が声をかけてきた。
「リミル、学校はどう?」
「それなりに順調ですわ、お母様。新しいお友達もできましたし」
まあ、その友達に懐かれすぎてちょっと大変なのだけれど。
でも、そんなことをお母様に言ったら、心配性のお母様のこと、伯爵家の力を存分に使って相手を叩きのめしてしまうに決まっているもの。
そんなことを考えていると、双子のお兄様とお姉様の会話が耳に入ってきた。
「レイル、見ろよ。ブルーグレーの猫がいるぞ」
「まあ、本当。オッドアイなのね、とてもきれいな目だわ」
私は我慢できなくなり、立ち上がった。
「ブルーグレーのオッドアイの猫ですかっ!?」
ブルーグレーでオッドアイの猫と言ったら、前世の私が飼っていた猫じゃない!
お兄様とお姉様は私の勢いに押されながらも、うなずいた。
「あ、ああ。ほら、あそこにいるじゃないか」
「もしかして、リミルはあの猫ちゃんに興味があるの?」
お姉様の疑問に、切羽詰まっていた私は「まあ、そんなところです!」と返すと、そのまま外に飛び出した。
周りを見渡していると、青と黄色の瞳と目が合った。
こちらを値踏みする目で見てくる、ブルーグレーの猫。
心臓が高鳴り、足が震える。
一歩踏み出そうとした時、目の前がフラッシュバックした。
先ほどの量からは想像できないほどの記憶が私の頭に流れ込む。
私は耐えきれなくなり、そのまま地面に倒れこんだ。
「「リミル!」」
離れた場所から様子をうかがっていたらしいお兄様とお姉様の声が私を呼ぶ。
私はこんな時に思うことでないのはわかっているのだけど‥‥‥、つい " あぁ、お兄様とお姉様は双子だわ‥‥‥声がぴったり重なっているもの " と、思ってしまった。
そして、私の視界は暗闇に包まれたのだった―――――。
「‥‥‥ミル! リミル!」
私はうっすらと目を開けた。
私を心配そうにのぞき込んでたお姉様は、私が目を開けると、ほっとしたように微笑んだ。
「リミル、体調はどう?」
「全然、平気です」
流れ込んできた前世の記憶が膨大すぎて脳が耐えきれず倒れたとは言えないが、わざわざ心配をしてくれているお姉様に嘘をつくこともないだろうと、私は素直に答える。
「そう。よかったわ」
安堵のため息を吐くお姉様を横目で見ながら、私は視線を窓に移す。
「‥‥‥お姉様、あの猫ちゃんはどうしましたか?」
景色を眺めながら聞くと、お姉様の返事は返ってこず、私は不思議に思ってお姉様を振り向く。
お姉様が答えたくないというようにそっぽを向いているので、教えてくださいませんか? と目線で訴えると、お姉様はしぶしぶ口を開いた。
「倒れたリミルを一旦この部屋に運び込んだ後、あの猫を探しに行ったわ。貴方はなぜかあの猫がとても気になっていたようだから」
「どうでしたか? 猫は見つかりましたが!?」
つい口調が興奮気味になってしまう。
お姉様は一瞬躊躇して、「ごめんね」と悲しそうに言った。
「執事たちにわかれて探してもらったのだけれど‥‥‥。なぜか、あの猫はすっかりいなくなってしまったのよ。まるで、魔法みたいに」
「魔法‥‥‥ですか」
お姉様はコクンと頷くと、「いきなり倒れて混乱しているだろうから、ゆっくり休んでね。一応、医師が言うには、体調の異変は見られなかったようだから」と言い、部屋から出て行ってしまった。
私は起こしていた上半身をベッドに預けた。
あの猫を見た時流れてきた記憶は、恐らく " 川島凛音 " の一生の全ての記憶。
不思議なことに、 " 川島凛音 " は私の前世なのだと、今は当たり前のように感じる。
もしかしたら、あの猫が最後のピースだったのかもしれない。
前世の私についての、最後のピース。
そこまで考えて、私は深くため息をついた。
「今日だけで、色々なことが起こりすぎではないかしら」
もう私の頭はキャパオーバーだわ。
私は襲ってくる睡魔に身をゆだね、ゆるゆると目を閉じたのだった。
閲覧ありがとうございました。