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第8話

 半月後。


 王都中央にある、聖女降臨の儀が執り行われる祭祀場。

 それを取り囲むようにして設けられた観客席には、貴族平民問わず大勢の人が詰めかけていた。


 三年に一度開催される、聖女降臨の儀。

 それは、今期聖女の園に集まった少女の中から選ばれた聖女を、正式に、大々的に、任命する儀式。

 形式上は、誰が今期の聖女に選ばれたのかは、聖女降臨の儀当日までわからないことになっている。

 だが、最大にして最多の当事者である聖女候補たちの口が軽いせいで、今期の聖女が誰なのかはこの半月の間にすっかり王都中に知れ渡ってしまっているため、任命というよりはお披露目の側面が強い儀式になっていた。


 観客席と同じ建物内にある控え室で、如何(いか)にも聖女然とした清らか礼装に身を包んだシレーヌは、父親のダルード・モラン公爵と、この日を迎えられた喜びを分かち合っていた。


「今日ほどお前を誇りに思ったことはないぞ、シレーヌ」

「わたくしこそ、今日ほどお父様に感謝した日はございませんわ。わたくしが聖女になれたのも、ひとえにお父様のご助力あってのことですもの」

「私の助力など微々たるものだ。聖女になれたのは、あくまでもお前の力によるもの。もっと胸を張りなさい」

「はい!」


 直後、見計らったようなタイミングで、控え室の扉をノックする音が聞こえてくる。


「聖女様、お時間です」


 聖女様――その名で呼ばれたシレーヌの頬が、かつてないほどに緩む。

 そんな娘の可愛らしい反応を見て、ダルードも頬を綻ばせた。


「さあ、聖女様。行っておいで」

「もう、お父様ったら」


 クスクスと笑いながら、シレーヌは父親に恭しく一礼すると、控え室から出て行った。

 自慢の娘を見送った後、ダルードも控え室を出て、廊下に待機させていた護衛とともに、貴賓席へ向かう。


 一辺一〇メートルの正方形の舞台の上に、由緒と情緒が感じられる祭壇が祀られている祭祀場。

 それを遠巻きにする形で設けられた観客席の中で、最も豪奢で、最も高い位置に設けられた貴賓席には、国王を含めたレアム王国の王侯貴族が揃っていた。

 そして、この場においては主役に等しいダルードの席は、国王の席の隣に用意されていた。


 先代のモラン公爵――今は亡きダルードの父は、かつては敵国の諜報活動に翻弄されっぱなしだったレアム王国に、防諜という概念をもたらした。

 その功績によって公爵に陞爵(しょうしゃく)したモラン家だったが、同じ爵位でも、王族公爵位の者たちからは下に見られていた。

 防諜の重要性を正しく理解していた先代国王とは違い、他の王族たちは防諜などという胡乱な活動功績を今もなお認めていないのだ。


 ゆえに、主役に等しいはずのダルードに向けられている視線は、冷ややかなものだった。

 普段ならばそのことに気分の一つや二つ害していたところだが、今日向けられている視線は、王族の血を引くプライドゆえの傲慢な蔑みではなく、ただの嫉妬。

「娘が聖女」という社会的地位(ステータス)を得たことで、いよいよレアム王国における地位が盤石となったダルードに対する、嫉妬の視線だった。


 そのことに心地良さすら覚えていたダルードだったが、


「……来たか」


 初老の国王から向けられた不快げな視線だけは、心地悪さを覚えずにはいられなかった。

 平静を装いながら国王に一礼し、許しを得てから席につく。


()()()聖女との呼び声が高かった少女を蹴落としてまで、自分の娘を聖女に仕立て上げるとはな。いつものことながら、貴様の下劣なやり口には頭が下がる」


 早速の国王からの皮肉に、ダルードは眉一つ動かすことなく応じる。


「その少女、なんでも悪漢に襲われ、気が動転して上手く治癒術が使えなかったせいで、一生消えない傷を顔に負ってしまったとか。我が娘もこのような形で聖女になってしまったことには、今も心を痛めております」


 平然と嘘をつくダルードに、国王は鼻を鳴らす。


「貴様の父君は、まこと立派な御仁であった。敵国の間者(スパイ)に国防に関わる機密情報を盗まれた(おり)、国外に情報を持ち出される前に間者(スパイ)を捕らえた手際は見事としか言いようがなく、その件一つとっても我が国の恩人と呼ぶに足る人物だった」


 初老とは思えぬほどに鋭く、冷たい視線がダルードを射抜く。


「それに引き換え貴様はどうだ? 実の娘を利用してまで立身に腐心し、父君から受け継いだ防諜という責務を疎かにしている。嗜虐趣味を満たすために、捕らえた間者(スパイ)を不必要に痛めつけているという話は、我輩の耳にも届いておるぞ」


 二人の周囲にいた王侯貴族たちが、息を呑むほどに厳しい国王の物言い。

 それに対して、ダルードはあくまでも穏やかに、平然と嘘を返した。


「父に比べて非才の身であることは重々承知しております。そのせいで国王様に気を揉ませてしまっていることも、心苦しく思っております。ですが、(おの)が責務を疎かにするなど滅相もございません」


 そして、今にも落涙しそうな風情で国王に訴えた。


「非才の身なればこそ、父以上に身を()にして責務を全うしているという自負が私にはあります。そのせいで、捕らえた間者(スパイ)()()()()()尋問を執り行っていた可能性があったことは否定しませんが、嗜虐趣味を満たすなどという下らない理由でやっていたわけでは、断じて……断じてございません!」


 情に訴えるダルードのやり口が効いたのか、近くにいた王族の一人が国王に進言する。


「今日の主役は、モラン公爵のご息女になられます。ここは陛下の寛容さを示すためにも、公爵の顔を立てた方がよろしいかと」


 国王は不快げに鼻を鳴らすと、


「そうだな。他国の目もあることだしな」


 そう言って、こことは別の貴賓席で歓談している、大陸諸国の王族たちを横目で見やる。

 不測の事態が起きた場合に動きやすくするためという名目で、聖女降臨の儀の主催であるレアム王国と、他国の貴賓席は別々にしている。

 しかし内実は、聖女の園の運営に一枚噛んでいる大陸諸国の王族(かれら)に、聖女降臨の儀の進行について口出しされたくないという理由によるところが大きかった。

 実際、聖女降臨の儀が執り行われる祭祀場の周囲を、古代の闘技場よろしく観客席で取り囲んだのも、大陸諸国の王族たちの意向によるものだった。


「外圧で聖女の価値は地に堕ち、神聖な儀式すらも興行化されてしまうとはな。たまに、己の無力さを無性に呪いたくなる時がある」


 そんな愚痴を零す国王に、ダルードは、

 

(無力だと思うならさっさと隠居しろ。この私を無意味に冷遇する節穴国王が。そもそも貴様、私のことをとやかく言える立場か? 七光りという意味では、貴様の方がよっぽどではないか)


 表情一つ変えることなく、心の内で不敬極まりない罵倒を浴びせていた。


「ダルード様。お飲み物は如何(いかが)ですか?」


 不意に横合いから話しかけられ、ダルードは億劫そうに顔を向ける。

 話しかけてきたのは、()()()()()()()()()()()()()()()、年若い執事だった。

 執事が持っているトレイには、赤ワインが入ったグラスが二つと、白ワインが入ったグラスが一つ載っており、白ワインが大好物だったダルードは迷わず後者のグラスをふんだくる。


 執事が一礼してから、残った赤ワインのグラスを他の貴族に(きょう)する中、ダルードは眉根を寄せる。


(あの執事、どこかで見たことがあるような……)


 それも、何度も顔を合わせたことがある、自分にとっては大変使い勝手の良い道具のような男だった……ような気がする。


(いやいや、さすがに〝奴〟と見間違えることはあり得んな)


 と、己の内に湧いた疑問を一蹴し、白ワインを口を運ぶダルードは気づいていなかった。

 執事が、その身に纏う燕尾服とは不釣り合いな、いやに大きなスカーフを巻いていたことに。

 そのスカーフのせいで、自分が今、見間違えるはずのない〝奴〟の存在をうまく認識できない状態にあることに。

 その執事が、ダルードの嗜好を知った上で、()()()()()()()()白ワインを選ぶよう仕向けていたことに……。




 ◇ ◇ ◇



 控え室を後にしたシレーヌは、円環型の建物の内側の出口から外に出る。

 そして、案内人を務める巫女に先導されて、一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと、祭祀場を目指して歩き出した。

 

「聖女様キレイ……」


「わたしもあんな服、着てみたいなぁ……」


「次はわたくしも……!」


 歩を進めるたびに観客席から聞こえてくるのは、聖女となった自分を称賛する声だった。

 その一方で、


「でもよ、ルティアって()の方が、よっぽど優秀だったって話らしいじゃねえか」


「あの子には、大規模火災の時に助けてもらってねぇ……」


「なんで彼女じゃないんだ?」


 という、不愉快極まりない声も混じっていた。

 だが、それも問題ない。


「だけどその子、自分の怪我の治療もろくにできないって話だったじゃない」


「しかも、外面(そとづら)が良いだけで、普段は相当性格が悪かったとか」


「彼女が追放されてなかったとしても、最終的にはシレーヌ嬢が聖女になっていたと思うぞ」


 この王国(くに)の防諜を司る――裏を返せば諜報に長けている父親(ダルード)が上手く流言を流してくれたおかげで、シレーヌを支持する声の方が圧倒的に多かった。


(ああ……今日はなんて素晴らしい日なのでしょう!)


 恍惚を覚えながら、一歩ずつ一歩ずつ祭祀場へ近づいていく。


(それにしても、わたくしを先導している巫女の方……どこかで見たことがあるような?)


 前を歩く、聖女とはまた違った意匠の礼装に身を包んだ巫女を見つめる。

 巫女を務めているのは、かつての聖女候補――つまりはシレーヌたちの先輩だという話は聞き及んでいる。

 聖女候補の多くが貴族の令嬢である以上、社交界で顔を合わせた相手である可能性はゼロではない。

 だから、どこかで見たことがあるように感じたのだろうと納得したシレーヌは、気を取り直して歩を前に進めていく。

 ()()()()()()()()()()()()()のも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()のも、巫女の礼装の一環かしら?――と思いながら。


 やがて舞台に上がり、聖女任命の役目を負った、司祭が待つ祭壇へ一歩一歩近づいていく。


 ほどなくして先導する巫女が立ち止まり、それに倣ってシレーヌも足を止める。



 そして――



「ごめんなさい。司祭様」



 謝罪の言葉を呟いたのも束の間、巫女は掌をかざして何かしらの魔術を放ち、直撃を受けた司祭がその場で眠ってしまう。


(今の術は……!)


 聖女の園で行われた授業で、怪我の痛みに悶え暴れる人間を落ち着いて治療するための、対象を強制的に眠らせる魔術を、聖女候補の全員が教えてもらっている。

 巫女が使った魔術がまさしくそれであり、今このタイミングで巫女が司祭を眠らせたことに、シレーヌは驚くよりも先に形容しがたい悪寒を覚えてしまう。


 司祭が突然倒れたことに観客席がざわつく中、巫女は(おの)が首に巻いていたスカーフを剥ぎ取り、シレーヌの方へ振り返る。


 次の瞬間、シレーヌは、どうして今の今まで気づかなかったのかと困惑しながら巫女の名を叫んだ。


「ルティア!? どうしてここに!?」

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