30話「水道調査と悲劇の再来――幼き科学者、再び攫われる」
30話「水道調査と悲劇の再来――幼き科学者、再び攫われる」
王都復興作戦、水道インフラ調査日。
リリカ、魔王ルーク、そして電気工学の天才にして泣き虫幼女ハルナの3人は、旧王都郊外の水利区画に足を踏み入れていた。崩れた水門、苔むした導水路、そして無数の苔と雨水を湛えた溝。ここが、王都の飲料水の中核を担っていた――とは思えない惨状である。
「……これはまた、原始的ですね」
リリカが小さく漏らす。水道管という概念はなく、雨水をそのまま地下水路で引いていただけ。ろ過装置も存在せず、濁った水が村の端へと流れ込んでいる。
「衛生観念が、ぶっ壊れておるな」
魔王ルークが眉をひそめる。だが、隣のハルナは違った意味で顔をしかめていた。水の冷たさ、ぬかるんだ足元、湿った空気、そして心の中に巣食う――かつての“誘拐”の記憶。
「……リリカ、手、つないでて……」
「うん、ハルナ。離れないでね」
リリカがぎゅっと彼女の手を握る。その小さな手には、微かな震えが宿っていた。
⸻
調査中のすれ違い
「ハルナ、ちょっとだけ、あっちの小屋を調べてくれる? 私たちはこっちの導水部を見てくるから」
リリカの指示にハルナはうなずく。
「う、うん、わかった……」
数メートルの距離、見渡せる距離、ほんの数分。
だが――それが運命の分岐点となった。
「……あれ? ハルナ?」
数分後、視界から幼女の姿が消えていた。
「っ!? ハルナ!?」
リリカが叫ぶ。魔王が顔を上げる。二人が駆け戻ったその先、小屋の扉が開け放たれ、中には誰もいなかった。
ハルナが、消えていた。
⸻
緊急連絡と絶望
すぐに魔法通信を使い、魔法省および騎士団に連絡が取られた。
「調査中に少女が誘拐された。協力を求む」
しかし、返ってきたのは信じがたい返答だった。
『事件としての優先度が低く、現在対応不可』
リリカは硬直し、魔王は拳を震わせた。
「……は? 子供が攫われてるんだぞ?」
魔王の瞳が、久しぶりに“本来の”それに戻っていた。燃えるような紅の双眸。だが、さらなる一手を打つしかなかった。
リリカが書類を引っ掴み、魔力封印の通信石を握る。
「……魔法省大臣、レオ・グランゼル様をお願いします!」
数分後、直接つながった。
『……リリカ君? どうしたのかね、そんなに慌てて――』
「ハルナが誘拐されました。魔法省も騎士団も、対応不可と言いました。」
通信石の向こうで空気が変わった。
『…………誰だ? そんな判断をしたのは。』
言葉の端が震えていた。次に聞こえたのは、大臣の怒声だった。
『全隊に通達! 緊急出動だ! 魔法省精鋭10名と騎士団から可能な限りの人員を出せ! すぐだ!!』
⸻
戦いの始まり――静かなる導火線
手短に謝罪を述べたレオ大臣の指示により、動き始めた魔法省。
その間にも、ハルナの消息はつかめなかった。
リリカは唇を噛み、魔王ルークは剣を抜いていた。
「必ず……見つける。誰一人、逃がさん……」
この日の午後、魔王城地下では臨時指令本部が設置された。大臣直属の魔導師部隊、騎士団約400名が出動準備を開始。犯人の痕跡、足取り、目撃情報――全ては、ここから始まった。
リリカはつぶやく。
「ハルナ、必ず……あなたを、取り戻す……」