11話「科学部、始動!『魔法理論』の授業が魔改造される日」
11話「科学部、始動!『魔法理論』の授業が魔改造される日」
「今日から君たちは正式に、魔導院の特別生として学園生活を送ることになります」
そう言って笑ったのは、先日の面接にも同席していた優しげな女教師、マリエ先生。
ふわふわの銀髪と落ち着いた口調で、いかにも癒し系な感じの人だった。
「わーい!」
「やったー!」
ハルナとサリーが手をつないで跳ねている。リリカはそんな姿を見守りつつ、校舎の一角で腕を組んでいた。
正確には彼女、保育士兼教師兼護衛兼一部魔法理論教官という、なかなかに激しい役職持ちになっていた。本人は「まあ、ちょっとやるくらいよ」とか言ってたが、周囲の教員たちはすでにピリピリしている。特にあの高圧的教官――名前はグレイヴ=ハルトというらしいが――彼なんか、完全にリリカの魔力圧で胃をやられてるのが明白だった。
「さて、まずは“魔法理論I”の授業ですね」
マリエ先生が言うと、コノハたち四人は元気よく教室へ。
だが――
「ねぇ……なんか視線が痛くない……?」
サリーが小声で言った。教室の隅では、普通に入学してきた他の生徒たちが、こちらをじろじろ見ている。
そりゃそうだ。見た目、ほぼ幼稚園児の4人組が、特別枠で入学してきたんだから。しかも噂では、入試で魔力量測定器をオーバーヒートさせたとか、面接で教官が泣かされたとか、いろんな尾ひれがついてるらしい。
「まあ、別に……どうでもいいわ」
コノハはマイペースだった。席に着くなり、ノートの端に何やら数式と魔法陣を混ぜた図を描き始める。
「では始めましょう。今日の講義は“魔力制御の基礎”です」
マリエ先生が黒板に魔法陣を描きながら説明を始める。
「魔力というのは、個人の内的精神状態や肉体的健康、環境エネルギーの流動に応じて変動します。これを“魔素密度変調”と呼び――」
「はい、それって生体エネルギーのフィードバックモデルですよね?」
ぴしっ。
教室中の空気が一瞬止まった。
質問したのはもちろん、コノハ。
「えっと……生体エネルギーの……?」
「要するに、魔力の変動って血糖値や脳波みたいに周期性を持ってるでしょ? それってトリガー刺激とホルモン系のフィードバック制御によって自律的に振動してるわけで、それを“意識的に”制御しようとすると、むしろ制御不能になったりするんですよ。だから、単純な“集中”じゃなくて、“律動の同期”を取るべきなんじゃないかって仮説を――」
「こ、コノハちゃん! 先生、黒板を……」
「すでに改良案を描いてます」
気づけば、黒板の横にある補助板にびっしりと数式と魔法陣――いや、電子回路図に見える何かが描かれていた。
「これは……“魔力位相同調式”……!? ま、魔導大学の論文に出てたやつ……!」
「それを基に改良しました。実地試験も済ませてます」
教室がざわめく。マリエ先生すらもポカンとしていた。
ただ一人、後ろで腕を組んでいたリリカだけがくすっと笑った。
「……やれやれ、やっぱり最初の授業から魔改造が始まったわね」
そしてその日の放課後。
講師陣の会議室には、早くも波紋が広がっていた。
「彼女たちは……いや、あの幼女たちは一体何者なんだ!?」
グレイヴ教官が叫ぶ。
「講義内容を逆に指導してくるとは……! あれは、講師殺しの知識量だ!!」
「いや、むしろ我々が学ぶ側では……?」
校長は一人、優雅に紅茶を飲んでいた。
「ふむ。理論を理解しているというより、作っているというべきかな。いやはや、面白くなってきたではないか」
「このままでは魔導院のカリキュラムが……!」
「もうすでに、今日の講義がアップデート申請されているらしいぞ。コノハ君の魔導式、5年分の研究課題を一掃したと、研究棟が大騒ぎだ」
「な、なんだとぉ……!」
その日の帰り道、ユイがノートを抱えながらため息をついた。
「……またなんか、やらかした気がする……」
「まあ、いつものことだな」
コノハがカフェオレをちゅーっと吸いながら言う。
「てか、他の生徒が全然ついてこれてなかったぞ」
サリーが言うと、ハルナがしゅんとなる。
「わたし……まほうじゅぎょう、むずかしい……」
リリカがその頭を優しく撫でる。
「大丈夫。焦らなくていいの。あなたはあなたのペースでいいのよ。泣かなくても、わからなくても、みんな一緒に学ぶんだから」
「うん……」
こうして、科学幼女たちの魔法学園生活が、本格的に始まった。
彼女たちはまだ幼い。
でも、その中には――この世界の常識を根本から覆す、“科学”の芽が育ち始めていた。