10話「科学部、理想と試験ーー面接の魔門!」
10話「科学部、理想と試練――面接の魔門!」
「面談、ねぇ……」
ハルナが不安そうに、サリーの袖をぎゅっと握った。
今日、私たちは、魔王城改装が一段落つき、魔導院の入学試験の最後の関門――面接を受けに来ていた。
筆記と魔力量の測定はすでに合格済み。正直、このメンバーで落ちるわけがない。
けれども。
「なんか、空気が重すぎない……?」
ユイが胃薬を握りしめながらつぶやく。
「まあ、問題ないだろ。私たちの才能は既に証明されてる」
そう言うのはコノハ。唯一、平常心……というかマイペース。今日もカフェオレをポケット水筒に忍ばせている。
「はい、お待たせ。では、入ってください」
案内係の魔導院職員に呼ばれ、私たちは面接室へと足を踏み入れる。
室内には三人の審査官が並んでいた。
一番左の老齢の男性。これが校長。あの魔法理論の大成者にして魔導院の頂点に君臨する賢人――だそうだ。ひょこひょこと優しそうな笑顔で手を振る。
隣の優しそうな女性教師。柔らかなオーラに包まれ、穏やかに私たちに視線を向けている。
――そして一番右。
重厚な鎧を着込んだ、大柄の騎士風の男。切れ長の目に剣のような鋭さがあり、その場の空気をピリリと張り詰めさせていた。
見るからに……怖い。
(あいつ絶対、面談官向いてないだろ……)サリーが心の中で毒を吐く。
私たちは、リリカ先生ーもとい、保育士リリカに付き添われて、全員椅子にちょこんと座った。
ハルナだけは、緊張でリリカの手を離せず、ぎゅっと握っている。
「それでは、面談を始めましょう。まずは、お名前と年齢、入学の動機をどうぞ」
最初に名乗ったのはコノハ。
「コノハ、5歳。科学的手法と魔法の関係性を探るため、この学園での研究を望んでいます」
優しげな女教師が頷いた。
「立派な動機ですね。あなたの魔力量も年齢にしては突出しています」
次はユイ。
「ユイ、5歳。理論魔法と物理法則の整合性を観測したくて……えっと、えーと……」
途中で声が小さくなる。
緊張しているのが明らかだったが、校長はにっこりと笑いながら頷いた。
「よく考えられていますね」
サリーも続く。
「サリー、4歳。化学的思考を……魔法の調合とかに活かしたいです」
ハルナは一番小さく、震えながら言った。
「ハルナ、3さい……お、おねえちゃんたちと……いっしょに……まほう、やりたい、です……」
可愛さと誠実さが伝わるような発言だった。
「ふむ、全員非常に優秀ですね。特別枠にふさわしい」
校長が頷く。
だが、そのとき――
「……ふざけているのか?」
鋭い声が響いた。
鎧の男。面談官の一人が、眉間に皺を寄せて私たちを睨みつけていた。
「君たち、ここを何だと思っている?」
「えっ……?」
「君たちのような小娘が、遊び半分でこの場に来ていいとでも?」
その言葉に、ハルナがビクッと肩を震わせた。
「この学び舎は、戦いの礎となる者たちの修練の場であり、遊戯の場所ではないのだぞ!!」
ドン! と机を叩く音が響いた瞬間。
「ふ、ふえええええん!!」
ハルナが号泣した。
それに釣られてサリーの目が潤み、こっそりと袖で拭う。
ユイも唇を噛みしめながら、こぼれ落ちる涙を止められずにいた。
「お、お前、泣くな! 涙で印象操作しようとしても無駄だ!!」
男の追撃。空気は一気に最悪へと傾く。
コノハだけは、泣かずに静かに言った。
「それ、今の言動、適切な教育的配慮に欠けてますよ?」
「黙れ! この場は戦士と賢者の集う聖域だ!!」
「……はあ」
コノハはため息をつき、カフェオレの蓋を閉じた。
その瞬間だった。
「少し……やりすぎではないかしら?」
淡々とした声。だがどこか冷たい響き。
保育士として、黙って我慢していたリリカが、ゆっくりと前に出た。
「保育士は黙っていろ!!」
男が怒鳴った。
だが、リリカは――笑った。
静かに、こちらを見て優しい笑顔で「大丈夫ですよ」と幼女たちに言った。しかしその優しい笑みからぞっとするほど冷たい笑みで面接官を見た。
「そう……じゃあ黙らないであげましょうか?」
瞬間、部屋の温度が下がったような錯覚を覚えた。
空気が、ピキッと音を立てる。
「貴様……何者だ……」
「私の名はリリカ。旧名『冷酷のリリカ』。――神話時代、三大災厄の一角として恐れられた元S級魔導師。貴方が新任の教官なら、名前くらい聞いたことがあるんじゃない?」
ピシィ! と床が割れた。
放たれた魔力の余波だけで、石造りの面接室に亀裂が走る。
校長と、優しそうな先生はまったく驚いた様子もなくにこりと笑った。
「おや、久しいなリリカ君。元気そうで何よりだ」
「久しぶりねリリカちゃん!」
「ご無沙汰しています、校長、エレン先生」
コノハはその魔力の圧に、かすかに背筋を正した。
「……あ、やべえ、本気で怒ってるリリカ先生だ」
そう呟くと、即座にぺたんと椅子の上で正座した。
コノハが正座する、それはかつて高校時代、黒谷雄一が水素爆発をやらかし、理科室を吹き飛ばした際、リリカ先生を本気で怒らせたときにとった姿勢だった。
「今後、この子たちに再び高圧的な態度を取るなら、次は魔導院ごと蒸発させますわよ?」
「……っ、は、はい……!」
完全に戦意を失った教官は、がたがたと震えながら頷いた。
こうして、魔導院の面談は、全員合格で終了した。
最後に校長が言った。
「いやはや、まさかリリカ君が直々に保育士として来るとはね」
「まあ、昔の教え子たちですから。――それにしても、成長しましたね。あなたたち」
4人はそれぞれ、リリカに視線を向ける。
かつての高校時代、そして爆発事故を経て、こうしてまた“先生”に再会できたのだ。
「まったく……騒がしい子たちね」
「うっさいなー、先生に言われたくないし!」
「でも、ありがとう……リリカ先生」
ユイが、にっこりと微笑んだ。
ハルナは涙目でリリカの手をぎゅっと握る。
「りりかおねえちゃん……つよい……」
その言葉に、リリカもふっと目を細めた。
「……当然でしょう? 私は、“冷酷のリリカ”ですもの」
そして、面談の帰り道。
「コノハ、正座してたよね」
「お前、あの空気で正座って……どんな反射神経してるんだよ」
「すご……」
「だって、あれは“あの時の先生”だったもん……」
魔法と科学。常識と非常識。
そして何より、保育士リリカというチート存在を得て、科学幼女たちは正式に学園の門をくぐることとなった。
まだまだ――騒がしい日々は、始まったばかりだ。