1話 5歳美少女、科学で魔法を超える(ただし中身はジジイ)
1話 5歳美少女、科学で魔法を超える(ただし中身はジジイ)
目を覚ましたとき、俺は――天井がやけに遠くて、妙に体が軽かった。
「…………ん?」
寝ぼけまなこで自分の手を見た瞬間、俺は全身の血が逆流する感覚を味わった。
ちっっっっっさ!!!!
ちょ、おい待て待て。
手が、芋虫くらい小さい。指とかマジで枝豆。
なにこれ、俺のラボの新型縮小装置でも暴走したか!?
「……こ、声が……高っ!!?」
やべえ、声まで天使のささやきみたいになってる。
いや俺、黒谷雄一、今年で75歳。理系最強の科学者と呼ばれた男だぞ?
爆発の後の記憶がない。ラボごと吹っ飛んだはずだが――
あ、死んだわ俺。
これはあれだ。世に聞く「転生」ってやつ。
事故死→異世界→チート能力もらって無双ってやつだ。
だが一つ、問題がある。
「……この身体、完全に……美少女じゃねえかッッ!!」
鏡を見ると、透き通るような白い肌に、もふもふの金髪ツインテール。
ウルウルした大きな瞳と、桜色の唇。
「……お、おいおい、ちょっと、どこのフィギュアメーカーだこれ……」
バグかな?
それとも神の趣味か?
てかなんで服までピンクのワンピースでフリル付きなんだ!?
何この「お姫様ごっこ入門セット」みたいな姿!!
でもまぁ、俺の科学者人生はそれなりに満足だったし、今更男か女かで取り乱すほど繊細でもない。
というわけで、俺は5歳児美少女・コノハとして、第二の人生を始めた。
⸻
「こ〜の〜は〜ちゃ〜ん、ごはんよ〜〜♡」
「……はい、お母様」
ええ、今の俺はごく普通の農村家庭の一人娘だ。
名前はコノハ。この世界で命名された名前だった。苗字は、貴族からあり、平民では苗字はないらしい。
見た目は超絶美少女だが、中身は黒谷雄一。
科学の申し子。酸素がないと生きていけない。
「コノハちゃん、お野菜きらいじゃない? えらいね〜〜♡」
「……(今の俺が“えらい”のはお行儀じゃなくて、過去にノーベル賞を3回辞退したことなんだけどな……)」
母親の手伝いをしながら、俺は日々の生活を観察し続けた。
家は木造で、薪で火を起こしてる。照明はランプ。テレビも冷蔵庫もWi-Fiもない。
つまり、ここは中世ヨーロッパ風ファンタジー世界。
完全にお約束じゃねえか。
「……魔法は存在するが、科学はない。うむ、ならばやることはひとつ」
この世界に、科学を持ち込む。
まず最初に俺が確認したのは、“魔法の有無”だ。
近所のガキが「ヒール!」と叫んで、擦り傷が治ったのを目撃。
「……マジで魔法あんのかよ」
だが俺には、魔法のセンスがゼロだった。いや違う。正確には“神話級”らしいんだが……
「えっ、なんであなた、5歳で魔力量が“王国の竜騎士団全員”より多いの!?」
と、測定担当の魔導士が絶叫して倒れたのが3日前。
でも俺は魔法使いたくない。なぜなら、科学でなんとかできるからだ。
「というわけで、まずは電気を生み出す実験から始める」
田舎の森の中。俺は秘密基地を作って、実験室を設営した。
素材は木と粘土と藁。だけど、ガチ理系脳の俺にかかれば、物理耐震構造の家くらい余裕。
「ここが、俺の――いや、“コノハのラボ”だ!!」
鏡の前でキメポーズする美少女。
中身はおっさん。どうあがいても地獄である。
さて、まずはガルバニ電池の作成だ。
材料は――レモン、銅板、亜鉛板。
……ここで問題発生。
「銅と亜鉛がない。」
近所の村で「金属ください!」って言ったら、変な目で見られた。
お父さんには「女の子なんだから、そんなもの触っちゃダメ」とか言われる始末。
「くそっ……科学の自由が、性別で奪われるとは……!」
男尊女卑とかいうんじゃない。単純にこの世界の“女児=花を摘む存在”的な価値観が根強いだけだ。
だが俺は諦めない。科学者とは、困難を実験で突破する生き物なのだ。
⸻
コノハ5歳、人生初の“素材調達遠征”に出る。
目的:金属。
行先:鍛冶屋。
装備:リボン付きの麦わら帽子。
完全に散歩モードである。
「おじちゃん、このカケラ、ちょーだい!」
「おや、コノハちゃん。これかい? ああ、いいよ、もう廃材だし」
廃材の中に、ほぼ純銅の板と、亜鉛合金っぽい破片を発見!
しかもタダでもらえた!!女児パワー最強!!
「おじちゃん、ありがとう! あとで研究成果を見せてあげるね!」
「ははっ、まるでお姫様の魔法みたいだな!」
(違う。これは魔法ではない。科学だ。)
そしてその夜。
「成功した……!!」
レモンに銅と亜鉛の電極を刺し、導線でつなげて、豆電球サイズの発光素子を点灯。
パッ……と、微弱に光る豆球。
この世界で、人工的な光が灯った瞬間だった。
「クク……科学だ。魔法じゃない、俺の科学だ!!」
ひとり、ラボの中で高笑いする5歳児美少女。
その様子を、遠くの草むらから見つめる影がいた。
「……まさか……黒谷?」