くたばったはずなのに
大魔王と英雄。
それは古来より続く長く因縁。
過去より語られ続ける御伽噺ではなく、幾重にも渡り重ねられた、今なお綴られ続ける物語。
人から英雄が生まれ、数多の戦いの末、世界を支配しようとする大魔王を討ち滅ぼす。
そして英雄は死に、新たな大魔王が生まれ、程無くしてから新たな英雄が生まれる。
それがこの世界に定められた物語だ。
いつから始まったのか、いつ終わるのか。
明確なことは何一つわからないまま時は過ぎ、英雄が生まれ、大魔王が死に、新たな英雄と大魔王による争いが続く。
それは今回も同じことであった。
「はぁ、はぁっ……」
4m強はあろうかというほどの大きな体を持つ、紫色の肌の男が全身から血を垂れ流し、力なく壁に寄りかかる。
それに相対する俺は、奴の血がベッタリとついた剣を手に立っていた。
最悪の大魔王、そう呼ばれた男と戦うこと三日三晩。
長い旅を乗り越え、長い戦いを乗り越え、俺は勝利した。
……最悪の大魔王と呼ばれた男、最高の英雄と呼ばれた男。
その二人の激突以外は、いつもと同じ結末。
こうしてまた束の間の平和が訪れるのだ。
俺は考えた。
果たしてこれでいいのかと。
だが今更考えたところで結末が変わることはないし、できることは何もない。
だから、いつもの英雄譚と変わらない終わりが訪れる。
「英雄よ……このようなことをして何になる」
「また平和が訪れる」
「だがその平和は……束の間のものだ。永劫ではない」
わかりきったことだ。
俺は黙りこくって剣を地面に突き刺す。
「……答えはなし、か」
そう言うと、大魔王は空を見上げて呟いた。
「……いずれ世界は変わる。いつの時代か、大魔王も……英雄も……この世界に生きる、全ての者が……」
そうして大魔王は息絶えた。
俺は奴が息絶えたのをしっかり確認してから、瓦礫に腰掛ける。
あまりにも長い戦い、俺も血を流し過ぎたようだ。
「世界平和、か……本当に、そんなの、訪れるのかよ……」
遂に疲労が限界に達した俺は目を瞑る。
ああ、このまま死ぬんだろうか。
そうしたら、また新たな英雄譚が始まるだけだと言うのに。
だがどうにもできない、もう体は動かない。
俺はその落ち行く意識に身を任せ、そのままゆっくり死ぬことを選んだ。
その、はずだった。
妙に意識がはっきりとしている。
今さっき、死んだと思っていた目を閉じたのに。
それに俺は瓦礫に腰を掛けたはずなのに、体が横になっているのを感じる。
死んだと思っていたが……どうやら生きていたらしい。
大魔王城にいたとこを運ばれて治療を受けた、と言ったところだろうか。
ゆっくりと目を開く。
まず最初に目に入ったのは黒い煉瓦で固められた天井。
そして次に感じたのは薬品の匂い。
あまりの強烈な匂いに、俺は顔を顰めながら声を漏らした。
「うげっ、くさっ……えっ」
だが、漏れ出た声は俺のものではなかった。
俺の持つ男ではなく、少女のような高い声。
もしかしてあの戦いの怪我で、喉がやられてしまったのだろうか。
なんて考えて、俺は上半身起こすが……どうにも座高がおかしい。
「俺、こんな身長低かったっけ……?」
地面に足をついて立ち上がろうと足を見た……そこで、気づいてしまった。
「は? ……な、なんだ、これ……?」
足が、人のものではなかった。
球体関節で出来上がった、まるで人形のような足。
いや、紛れもない人形の足。
恐る恐る、俺は右へと視線を移して自分の掌を見る。
そこにあったのは……人間のものではなかった。
球体関節の手……即ち人形の手。
「お、俺は、幻覚でも見てるのか……?」
異様な状態に、俺は混乱しながらも立ち上がる。
するとやはり身長がおかしい。
明らかに背が低くなっている。
足がこうなったから、手がこうなったから、とかではなく。
身長そのものが完全に縮んでしまっている。
そして周囲を見渡してみると、どうにも治療室とかそういう雰囲気の場所ではない。
どちらかと言うと、実験室、とでも言うべきような場所だ。
ふと、部屋の隅に全身が見れるほどの大きさの鏡があることに気づく。
俺は恐る恐る近づいて、その鏡を覗き込んだ。
「な、な、な──」
そこに映っていたのは、輝く銀色に黒のメッシュの長い髪。
まさに人形とでも呼ぶべき完璧な造形の顔。
すらりと伸びる細身の腕に足、だがどちらも球体関節で繋がった人形そのもの。
俺はもはや人間ではなく、人形と化していた。
それどころか、男ではなく少女の姿で。
「──なんじゃこりゃあァアアアアアアアアアッ!!?」
あまりにも意味のわからない光景に、俺ただただ虚しく声を荒げるしかなかったのだった。




