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リビングドール・リスタート  作者: 魚缶
序章∶人形の体
1/3

くたばったはずなのに

 大魔王と英雄。

 それは古来より続く長く因縁。


 過去より語られ続ける御伽噺ではなく、幾重にも渡り重ねられた、今なお綴られ続ける物語。


 人から英雄が生まれ、数多の戦いの末、世界を支配しようとする大魔王を討ち滅ぼす。

 そして英雄は死に、新たな大魔王が生まれ、程無くしてから新たな英雄が生まれる。


 それがこの世界に定められた物語だ。


 いつから始まったのか、いつ終わるのか。

 明確なことは何一つわからないまま時は過ぎ、英雄が生まれ、大魔王が死に、新たな英雄と大魔王による争いが続く。


 それは今回も同じことであった。



「はぁ、はぁっ……」



 4m強はあろうかというほどの大きな体を持つ、紫色の肌の男が全身から血を垂れ流し、力なく壁に寄りかかる。


 それに相対する俺は、奴の血がベッタリとついた剣を手に立っていた。


 最悪の大魔王、そう呼ばれた男と戦うこと三日三晩。

 長い旅を乗り越え、長い戦いを乗り越え、俺は勝利した。


 ……最悪の大魔王と呼ばれた男、最高の英雄と呼ばれた男。

 その二人の激突以外は、いつもと同じ結末。


 こうしてまた束の間の平和が訪れるのだ。


 俺は考えた。

 果たしてこれでいいのかと。


 だが今更考えたところで結末が変わることはないし、できることは何もない。


 だから、いつもの英雄譚と変わらない終わりが訪れる。



「英雄よ……このようなことをして何になる」

「また平和が訪れる」

「だがその平和は……束の間のものだ。永劫ではない」



 わかりきったことだ。


 俺は黙りこくって剣を地面に突き刺す。



「……答えはなし、か」



 そう言うと、大魔王は空を見上げて呟いた。



「……いずれ世界は変わる。いつの時代か、大魔王も……英雄も……この世界に生きる、全ての者が……」



 そうして大魔王は息絶えた。


 俺は奴が息絶えたのをしっかり確認してから、瓦礫に腰掛ける。

 あまりにも長い戦い、俺も血を流し過ぎたようだ。



「世界平和、か……本当に、そんなの、訪れるのかよ……」



 遂に疲労が限界に達した俺は目を瞑る。


 ああ、このまま死ぬんだろうか。

 そうしたら、また新たな英雄譚が始まるだけだと言うのに。


 だがどうにもできない、もう体は動かない。


 俺はその落ち行く意識に身を任せ、そのままゆっくり死ぬことを選んだ。














 その、はずだった。
















 妙に意識がはっきりとしている。

 今さっき、死んだと思っていた目を閉じたのに。


 それに俺は瓦礫に腰を掛けたはずなのに、体が横になっているのを感じる。


 死んだと思っていたが……どうやら生きていたらしい。

 大魔王城にいたとこを運ばれて治療を受けた、と言ったところだろうか。


 ゆっくりと目を開く。

 まず最初に目に入ったのは黒い煉瓦で固められた天井。


 そして次に感じたのは薬品の匂い。

 あまりの強烈な匂いに、俺は顔を顰めながら声を漏らした。



「うげっ、くさっ……えっ」



 だが、漏れ出た声は俺のものではなかった。

 俺の持つ男ではなく、少女のような高い声。


 もしかしてあの戦いの怪我で、喉がやられてしまったのだろうか。


 なんて考えて、俺は上半身起こすが……どうにも座高がおかしい。



「俺、こんな身長低かったっけ……?」



 地面に足をついて立ち上がろうと足を見た……そこで、気づいてしまった。



「は? ……な、なんだ、これ……?」



 足が、人のものではなかった。

 球体関節で出来上がった、まるで人形のような足。

 いや、紛れもない()()()()


 恐る恐る、俺は右へと視線を移して自分の掌を見る。

 そこにあったのは……人間のものではなかった。


 球体関節の手……即ち()()()()



「お、俺は、幻覚でも見てるのか……?」



 異様な状態に、俺は混乱しながらも立ち上がる。

 するとやはり身長がおかしい。


 明らかに背が低くなっている。

 足がこうなったから、手がこうなったから、とかではなく。

 身長そのものが完全に縮んでしまっている。


 そして周囲を見渡してみると、どうにも治療室とかそういう雰囲気の場所ではない。


 どちらかと言うと、実験室、とでも言うべきような場所だ。


 ふと、部屋の隅に全身が見れるほどの大きさの鏡があることに気づく。

 俺は恐る恐る近づいて、その鏡を覗き込んだ。



「な、な、な──」



 そこに映っていたのは、輝く銀色に黒のメッシュの長い髪。

 まさに人形とでも呼ぶべき完璧な造形の顔。

 すらりと伸びる細身の腕に足、だがどちらも球体関節で繋がった人形そのもの。


 俺はもはや人間ではなく、()()()()()()()()

 それどころか、男ではなく()()()姿()()



「──なんじゃこりゃあァアアアアアアアアアッ!!?」



 あまりにも意味のわからない光景に、俺ただただ虚しく声を荒げるしかなかったのだった。

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