表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/22

旧友との再会と新商品


「カトリーヌ!」


 カトリーヌとは、エリーザが私達の間に入ってくるまで、本当に仲が良かった。もう一人の友人アニエスと、3人いつも一緒だった。

 だけど、みんなから避けられているエリーザを一人にするのが可哀想で、エリーザと一緒にいると、二人は私を避けるようになった。


(話すのは6年ぶりかしら? さすがに気まずいわね)


 私の気まずさを他所に、私の元に駆けてきたカトリーヌは、私の手を強く握った。


「ヴィオレット、ごめんなさい!」

「……へ!?」


 それから、二人で近くのカフェに入った。


「子供の頃、私とアニエス、あなたを急に避けるようになったでしょ。実はあの時、エリーザに言われたの。あなたが、私達の悪口を言い触らしているって。ちゃんと考えれば、あなたがそんなことするわけないってわかるのに……。あの頃、あなたは私達よりエリーザを気にかけていて、それを裏切りのように感じてしまったのもあって、エリーザの言葉を鵜呑みにしてしまったの。ずっと後悔してた。だけど、あなたに合わせる顔がなくて……。あなたの家が大変な時も、何の力にもなれなかった。ごめんなさい、ヴィオレット」

「カトリーヌ、謝らないで。あなたは悪くないわ」


 そう、悪いのはエリーザだ。

 私がエリーザと一緒にいることを選んだせいで、カトリーヌとアニエスは離れていったと思っていた。もちろんそれもあるだろう。だけど、それだけじゃなかった。


(エリーザが、まさかそこまでしていたなんてね。本当に、何であんな子を親友だと思っていたんだろう)


 情けないやら、腹立たしいやら。だけど、今さらどうしようもない。


「それに……。あなたの元婚約者のシャルルとエリーザが結婚したと聞いて、すごく驚いて……」


(ああ、二人は結婚したのね)


「ヴィオレット、大丈夫?」

「えぇ、大丈夫よ。それより、カトリーヌ。私、今オリバー村にいるの」

「オリバー村?」

「聞いたことない? オリバー村印のラベンダー石鹸」

「ラベンダー…石鹸?」


(あんなに売れているのに、貴族には全く浸透してないのね)


 それから、カフェの前でカトリーヌと別れた。


「アニエスもあなたに謝りたいと言っているの。次は3人で会いましょうね」

「ええ、もちろんよ。また会いましょう」


 帰りの馬車の中、私の手を握ったカトリーヌの手を思い出していた。


(カトリーヌの手、ベタベタしてたな)


 平民と違い、ほとんどの貴族は毎日お風呂に入る。その際に使う石鹸は、ラベンダー石鹸が売り出される前まで、平民が使っていたのと同じ物だ。高級な包み紙で包み、リボンをかけて、貴族用と謳っているだけで中身は同じ。

 そしてその石鹸で洗うと、肌は乾燥する。肌が乾燥するので、香油を塗る。その香油のせいで、肌がベタベタするのだ。カトリーヌも手肌の乾燥が気になって、香油を塗っていたのだろう。

 平民の間でどんなにラベンダー石鹸が流行っても、貴族は平民が買うものに絶対に手を出さない。興味も示さない。その証拠に、カトリーヌはラベンダー石鹸を知らなかった。


(貴族にも、ラベンダー石鹸を使って貰えればいいのに…)


 ラベンダー石鹸なら、ラベンダーの保湿効果で、毎日体を洗っても肌の乾燥が防げる。使い続けているうちに、ベタベタする香油を塗らなくてもよくなるだろう。


(ラベンダー石鹸を必要としてる人は、貴族の中にも大勢いるはず)


 村に着くと、その足で石鹸工房に向かった。私の顔を見るなり、ジェシカが言った。


「どうしたんですか? ヴィオレット様」

「え?」

「何だか、やる気に満ち溢れた顔をしていますよ」

「実は、新商品を作ろうと思っているの」

「新商品!」


 今度は、みんなの顔が輝いて、やる気に満ち溢れた。



 それから3か月後、私は今、スカルスゲルド商会の応接室にいる。目の前には、高級茶葉で淹れた紅茶に、この世界では貴重なチョコレート。


「これはこれはヴィオレット様。今日は定期報告会の日ではありませんよね? どうされました?」


 ラベンダー石鹸が売れ続けているので、カルロは上機嫌だ。そして、会長はいつもと同じ無表情。だけど、会長の無表情にはすっかり慣れてしまった。


「今日は見て頂きたいものがありまして……」


 持ってきたものをテーブルに置いて、包みを開ける。


「これは、貴族向けの品物だな」


(一目でわかるなんて、さすがスカルスゲルド商会会長ね)


 持ってきたのはラベンダー石鹸。けれど、平民向けの品物とは違う。

 包み紙は、光沢がある高級紙に、可愛らしいラベンダーのイラスト入り。これは、オリバー村に商店を出したバーグマンのつてを頼り、紙屋に頼んで作ってもらったオリジナルだ。石鹸自体も、これまでのものとは違う。ラベンダーエキスの他に、ラベンダーの花穂が入っているのだ。


「これは、華やかでとても見栄えが良いですね」

「効能は、これまでのラベンダー石鹸と同じです。更に、貴族向けに目でも楽しめるようにしました」

「なるほど。素晴らしいです。そして、こちらは何でしょう?」 


 もう一つの包みを開ける。


「これは、バスソルトです」

「バス…ソルト…ですか? とても美しい見た目ですが、どのようにして使うものなのでしょう」

「これは、湯船に入れて使うものです。湯船に適量を入れると、お湯に溶け出します。温浴効果があるので体がぽかぽかになりますし、バスソルトに含まれる塩化ナトリウムという物質には、保湿効果があります。ラベンダーにも保湿効果がありますから、肌の乾燥が改善されるでしょう。それから、ラベンダーの香りで気持ちが落ち着き、就寝前に入浴すれば、ラベンダーの安眠効果でぐっすり眠ることができます」

「素晴らしい! 美しいだけでなく、そんなにたくさんの効能があるとは。これは絶対に売れますよ!」


 カルロの目は、新しいおもちゃを買って貰った子供のように、きらきら輝いている。

 まさか、会長もこんな顔してないわよねと思って見てみると、ただでさえ綺麗なアメジストの瞳が、眩しさを感じる程に輝いていた。


(この人達って、根っからの商人なのね)


「実は、ラベンダー石鹸について、貴族からの問い合わせが日に日に多くなっていたんですよ」

「そうなのですか?」

「いつも目にしている使用人の手が、見る度にきれいになるんですから、気になって仕方なかったんでしょう。ただ、どんなに良い商品でも、貴族は平民が使っている物に手は出しません。この石鹸なら、平民用の商品と差別化が出来ていますし、このバスソルトときたら、ご婦人達が食い付くのは間違いないでしょう。金額のことなどを取り決めて、早速契約書を交わしましょう。宜しいですね? 会長」

「ああ。ヴィオレット・グランベール」


 会長が私の名前を呼ぶ。


「これからもよろしく頼む」

「はい! こちらこそ」


 新しい契約がまとまって、私はとてもいい気分だった。だけど、そんな気分は、商会を出てすぐに台無しになった。


「ヴィオレット!」


 振り向くと、物凄い形相のエリーザが、こちらに向かって突進してきていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ