旧友との再会と新商品
「カトリーヌ!」
カトリーヌとは、エリーザが私達の間に入ってくるまで、本当に仲が良かった。もう一人の友人アニエスと、3人いつも一緒だった。
だけど、みんなから避けられているエリーザを一人にするのが可哀想で、エリーザと一緒にいると、二人は私を避けるようになった。
(話すのは6年ぶりかしら? さすがに気まずいわね)
私の気まずさを他所に、私の元に駆けてきたカトリーヌは、私の手を強く握った。
「ヴィオレット、ごめんなさい!」
「……へ!?」
それから、二人で近くのカフェに入った。
「子供の頃、私とアニエス、あなたを急に避けるようになったでしょ。実はあの時、エリーザに言われたの。あなたが、私達の悪口を言い触らしているって。ちゃんと考えれば、あなたがそんなことするわけないってわかるのに……。あの頃、あなたは私達よりエリーザを気にかけていて、それを裏切りのように感じてしまったのもあって、エリーザの言葉を鵜呑みにしてしまったの。ずっと後悔してた。だけど、あなたに合わせる顔がなくて……。あなたの家が大変な時も、何の力にもなれなかった。ごめんなさい、ヴィオレット」
「カトリーヌ、謝らないで。あなたは悪くないわ」
そう、悪いのはエリーザだ。
私がエリーザと一緒にいることを選んだせいで、カトリーヌとアニエスは離れていったと思っていた。もちろんそれもあるだろう。だけど、それだけじゃなかった。
(エリーザが、まさかそこまでしていたなんてね。本当に、何であんな子を親友だと思っていたんだろう)
情けないやら、腹立たしいやら。だけど、今さらどうしようもない。
「それに……。あなたの元婚約者のシャルルとエリーザが結婚したと聞いて、すごく驚いて……」
(ああ、二人は結婚したのね)
「ヴィオレット、大丈夫?」
「えぇ、大丈夫よ。それより、カトリーヌ。私、今オリバー村にいるの」
「オリバー村?」
「聞いたことない? オリバー村印のラベンダー石鹸」
「ラベンダー…石鹸?」
(あんなに売れているのに、貴族には全く浸透してないのね)
それから、カフェの前でカトリーヌと別れた。
「アニエスもあなたに謝りたいと言っているの。次は3人で会いましょうね」
「ええ、もちろんよ。また会いましょう」
帰りの馬車の中、私の手を握ったカトリーヌの手を思い出していた。
(カトリーヌの手、ベタベタしてたな)
平民と違い、ほとんどの貴族は毎日お風呂に入る。その際に使う石鹸は、ラベンダー石鹸が売り出される前まで、平民が使っていたのと同じ物だ。高級な包み紙で包み、リボンをかけて、貴族用と謳っているだけで中身は同じ。
そしてその石鹸で洗うと、肌は乾燥する。肌が乾燥するので、香油を塗る。その香油のせいで、肌がベタベタするのだ。カトリーヌも手肌の乾燥が気になって、香油を塗っていたのだろう。
平民の間でどんなにラベンダー石鹸が流行っても、貴族は平民が買うものに絶対に手を出さない。興味も示さない。その証拠に、カトリーヌはラベンダー石鹸を知らなかった。
(貴族にも、ラベンダー石鹸を使って貰えればいいのに…)
ラベンダー石鹸なら、ラベンダーの保湿効果で、毎日体を洗っても肌の乾燥が防げる。使い続けているうちに、ベタベタする香油を塗らなくてもよくなるだろう。
(ラベンダー石鹸を必要としてる人は、貴族の中にも大勢いるはず)
村に着くと、その足で石鹸工房に向かった。私の顔を見るなり、ジェシカが言った。
「どうしたんですか? ヴィオレット様」
「え?」
「何だか、やる気に満ち溢れた顔をしていますよ」
「実は、新商品を作ろうと思っているの」
「新商品!」
今度は、みんなの顔が輝いて、やる気に満ち溢れた。
それから3か月後、私は今、スカルスゲルド商会の応接室にいる。目の前には、高級茶葉で淹れた紅茶に、この世界では貴重なチョコレート。
「これはこれはヴィオレット様。今日は定期報告会の日ではありませんよね? どうされました?」
ラベンダー石鹸が売れ続けているので、カルロは上機嫌だ。そして、会長はいつもと同じ無表情。だけど、会長の無表情にはすっかり慣れてしまった。
「今日は見て頂きたいものがありまして……」
持ってきたものをテーブルに置いて、包みを開ける。
「これは、貴族向けの品物だな」
(一目でわかるなんて、さすがスカルスゲルド商会会長ね)
持ってきたのはラベンダー石鹸。けれど、平民向けの品物とは違う。
包み紙は、光沢がある高級紙に、可愛らしいラベンダーのイラスト入り。これは、オリバー村に商店を出したバーグマンのつてを頼り、紙屋に頼んで作ってもらったオリジナルだ。石鹸自体も、これまでのものとは違う。ラベンダーエキスの他に、ラベンダーの花穂が入っているのだ。
「これは、華やかでとても見栄えが良いですね」
「効能は、これまでのラベンダー石鹸と同じです。更に、貴族向けに目でも楽しめるようにしました」
「なるほど。素晴らしいです。そして、こちらは何でしょう?」
もう一つの包みを開ける。
「これは、バスソルトです」
「バス…ソルト…ですか? とても美しい見た目ですが、どのようにして使うものなのでしょう」
「これは、湯船に入れて使うものです。湯船に適量を入れると、お湯に溶け出します。温浴効果があるので体がぽかぽかになりますし、バスソルトに含まれる塩化ナトリウムという物質には、保湿効果があります。ラベンダーにも保湿効果がありますから、肌の乾燥が改善されるでしょう。それから、ラベンダーの香りで気持ちが落ち着き、就寝前に入浴すれば、ラベンダーの安眠効果でぐっすり眠ることができます」
「素晴らしい! 美しいだけでなく、そんなにたくさんの効能があるとは。これは絶対に売れますよ!」
カルロの目は、新しいおもちゃを買って貰った子供のように、きらきら輝いている。
まさか、会長もこんな顔してないわよねと思って見てみると、ただでさえ綺麗なアメジストの瞳が、眩しさを感じる程に輝いていた。
(この人達って、根っからの商人なのね)
「実は、ラベンダー石鹸について、貴族からの問い合わせが日に日に多くなっていたんですよ」
「そうなのですか?」
「いつも目にしている使用人の手が、見る度にきれいになるんですから、気になって仕方なかったんでしょう。ただ、どんなに良い商品でも、貴族は平民が使っている物に手は出しません。この石鹸なら、平民用の商品と差別化が出来ていますし、このバスソルトときたら、ご婦人達が食い付くのは間違いないでしょう。金額のことなどを取り決めて、早速契約書を交わしましょう。宜しいですね? 会長」
「ああ。ヴィオレット・グランベール」
会長が私の名前を呼ぶ。
「これからもよろしく頼む」
「はい! こちらこそ」
新しい契約がまとまって、私はとてもいい気分だった。だけど、そんな気分は、商会を出てすぐに台無しになった。
「ヴィオレット!」
振り向くと、物凄い形相のエリーザが、こちらに向かって突進してきていた。