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オリバー村改革

 

 商談が終わったらすぐに帰るつもりだったのに、私はまだスカルスゲルド商会にいる。

 紅茶のお代わりが運ばれてきて、おまけにケーキまでついてくる。


(それにしても……。何でこの人こんなに睨んでくるのかしら?)


 さっきから、会長が鋭い目つきで睨んでくるので、居心地が悪い。カルロが言う。


「こらこら会長。そんなに見つめたら、ヴィオレット様が困ってしまいますよ」


(見つめてる? 睨んでるの間違いでしょ!)


 カルロが忠告してくれたのにも関わらず、まだ睨んでくる。


「あの……」

「何だ」

「な…」


(何で睨んでくるのかなんて、聞けないわよぉ)


「な…何歳…ですか?」

「おやおや、我々に興味を持って下さるのですか? 私は26歳。残念ながら妻子がおりますので、惚れないでくださいね。会長は22歳。花の独身ですよ」

「お若いのに、商会会長なんて、凄いですね」

「ただ、親から継いだだけだ」

「こんな風に言ってますけど、会長がご両親から商会を継いだ時は、負債まみれだったんですよ。それを4年で立て直し、この国で5本の指に入る商会にしたんですから、たいしたものでしょ」

「それは、確かに凄いです」

「お前は、余計なことを言うな」

「まあまあ。ところで、ヴィオレット様は16歳ですよね。花も恥じらうお年頃ですね」

「よくご存知ですね」

「まあ、この国の貴族のことは、だいたい把握していますから」

「あの……」

「何だ」

「どうして、会ってくれたんですか?」

「え?」

「王都にある全ての商会に手紙を書いたんです。だけど、返事をくれたのは、スカルスゲルド商会だけでした」

「ああ…」


 カルロが私の顔と会長の顔を交互に見る。


「ヴィオレット様と我々は、もうラベンダー石鹸の共同事業者ですから、正直に言います。実は、私はお会いするつもりはありませんでした。伯爵家から男爵家に爵位が下がり、王都の一等地から、見捨てられた村と呼ばれる田舎に逃げていった家門の令嬢。そんな令嬢に会うなんて、どう考えても時間の無駄ですからね」

「はあ…」


 酷い言われようだが、事実には違いない。


「それでは、どうして?」

「それは、会長がね…」


 会長が、私を睨むのを止めて口を開いた。


「お前……」

「ちょっと会長! レディに対してお前はないでしょ! ヴィオレット様と呼ばなきゃ」

「ヴィオレット…様。お前、屋敷で競売を開いただろ?」


(借金50億ゴールドの返済のために、屋敷で開いたオークションのことよね?)


「ああ、はい。開きましたね」

「普通、貴族が家財道具を売り払う時は、商人が一式を買い取って、それを競売にかける。商人はより多く儲けるために、二束三文の値で買い叩き、競売で高く売るんだ。貴族の方は、自尊心が許さないのか、それどころではないのか、文句も言わないらしい。それなのに、グランベール家は、屋敷で自ら競売を開いた。より多く金を得たいなら、そうするのが正解だ。しかし、そんなことは、これまでどの屋敷でも行われなかった。参加した者に話を聞くと、その競売を開いたのは、父親でも兄でもなくお前だという。何故そんなことを思いついた?」

「私は……。ただ、借金を返すのに必死だっただけです。家財道具をまとめて商人に売っても、買い叩かれることはわかっていました。自分達で売った方が、よりお金になると思ったからそうしただけです」

「ふーん?」


 納得していない様子の会長が、また私を睨み始める。


(だから、睨むのやめなさいよ!)



 村に戻った後、大急ぎで作業小屋を建てた。頼んだのは、市場で最初にサシェを買ってくれた、大工のアントンさん。隣町のジェシカの知り合いに頼んで探してもらうと、すぐに連絡がついた。

 それから、ラベンダー石鹸を作る作業員の確保。村のみんなにほうぼう声をかけてもらって、私と村の女性陣達を含め、18人が集まった。

 ラベンダーの刈り入れ、乾燥とエキスの抽出、石鹸作り、梱包。作業を効率化するために分担を決め、それぞれの作業に集中できるようにする。

 配送は父の仕事だ。専属の従者を2人雇い、交代制にする。王都まで往復4日間。父はといえば、殆ど馬車の中で暮らしているようなものだ。

 それでも、王都に行けばエドワードに会えるし、修道院に寄ればローゼマリーにも会えるので、父は上機嫌だ。


 そうして3ヶ月が経った今。ラベンダー石鹸は売れに売れている。前世なら、「これが今年のNo.1ヒット商品、オリバー村印のラベンダー石鹸です」と、年末の情報番組で紹介されるくらいの勢いだ。

 作業小屋改め、石鹸工房は増築され、作業員は30人に増えた。

 

 そして、ラベンダー石鹸が売れれば売れるほど、こんな噂が、王都や近隣の町や村を駆け巡った。

 オリバー村には、まるでおとぎの国のような、世にも美しいラベンダー畑が広がっていると。


 そんな噂が広まると、ラベンダー畑目当てに、観光客が村を訪れるようになった。

 我が家の二階の4室では足りなくなり、またまたアントンさんに頼んで、小さなペンションを大急ぎで建ててもらった。

 通称、オリバー村のラベンダー館。白い壁の、可愛らしいペンションだ。

 客室は、二階の8室。清潔なリネン。壁にはラベンダーのドライフラワー。枕元にはラベンダーのサシェを忍ばせる。もちろん、浴室にはラベンダー石鹸。

 ウェルカムドリンクは、ラベンダーティー。ラベンダークッキーを添えて。


 そして、1階には小さなレストラン。

 父が声を掛けると、グランベール伯爵邸で働いていたコックや給仕が、二つ返事で来てくれた。父は、人徳だけはあるのだ。

 名物は、オリバー村の卵で作るふわふわオムライスと、オリバー村産のじゃがいも料理。

 実は村長、ずっと養鶏を始めたいと思っていたのだが、先立つものがなく諦めていた。けれど、今のオリバー村には、石鹸事業と観光事業で得た資金がある。

 今では、村長さんの家の裏の敷地には小さいけれど立派な養鶏場が建っている。

 レストランの横には小さなお土産屋さん。ラベンダー石鹸に、りぼんで結んだ菫色の可愛いサシェ。ラベンダークッキーに、缶に入ったラベンダーの茶葉。

 客室は連日満室。ジェシカ達3姉妹が、客室係として奮闘してくれている。


 何より嬉しいのは、村の人口が増えたこと。石鹸工房の作業員や、コックや給仕、配達係の御者が家族と一緒に引っ越してきてくれたので、村には子供も増えて、とても賑やかになった。

 それから、村に商店が出来た。隣町に何店舗か商店を構える経営者のバーグマンが、この村に人口が増えたことに注目して、店を出したいと言ってくれたのだ。おかげで、隣町まで行かなくても、必要な物が手に入るようになった。

 あんなに何もなかった村に、可愛いペンションが建ち、お店が建ち、人々の暮らすいくつもの家が建っている。

 それから、この村のシンボル、オリーブの木と美しいラベンダー畑。


(この村は、きっともっと良くなる。ううん、みんなで力を合わせて、もっともっと良くするのよ)



 そんなある日のことだった。

 流石に父のお尻と体力が限界なので、王都までの石鹸の配達は、隣町の夜警の仕事を辞めたイアンとケビンが、交代で担当してくれることになった。月に一度、商会で報告会がある日は、私が配達もする。

 みんなのおしりを守るために、馬車も新調した。豪華な装飾なんかはないけれど、座り心地も寝心地も最高の馬車だ。

 

 それは、月に一度の、商会での報告会の日の事だった。商会に石鹸を届けて、会長とカルロと、進捗状況を報告し合う。報告会を終えて、商会から少し離れた所に停めてある馬車に向かっている時だった。


「ヴィオレット!」


 名前を呼ばれ振り向くと、立っていたのは、私が幼い頃に仲良くしていた友人の一人、カトリーヌだった。



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