初めての露店
村のみんなが、ラベンダー畑の前に集まってきた。
「えっ!?」
「何で!? もう咲いたの?」
「だけど、すごくきれい!」
「本当よ! おとぎの国みたい」
「ヴィオレット様、これなら、観光客もたくさん来てくれますね!」
みんな驚きつつも、ラベンダー畑の美しさに感動している。
「ええ、みんなありがとう。これなら、観光客もたくさん…………。ああ!!」
突然叫び出した私に、皆が驚く。
「どうしたんですか!? ヴィオレット様」
「大事なことを忘れていたわ」
「大事なことって?」
「宣伝よ!」
「宣伝…ですか?」
「そう、宣伝しなければ、ここにこんなに美しいラベンダー畑があるなんて、誰も知らないわ」
「確かに」
「宣伝しなきゃ、観光客が来るわけないよな」
(私としたことが、宣伝のことをすっかり忘れていたなんて!)
「だけどヴィオレット様、これから宣伝すればいいだけなんじゃ」
「いいえ、違うの。今から宣伝して、お客さんが来る頃には……。このラベンダーの開花時期は終わってるのよ」
「つまり?」
「このラベンダー、萎んじゃってるの!」
「はぁ…」
みんなが一斉にため息をついたので、ため息のハーモニーみたいになっている。
「ごめん、ヴィオレット。リルが花を咲かせちゃったから」
「ううん、違うの。リルのせいじゃないの。ただ、私が忘れてただけなのよ」
「うーん……。それってつまり、この花がずっと咲いてればいいってこと?」
「そうなんだけど……。そんなことできるの?」
「うん。任せて!」
リルは再び細い棒、もとい魔法のステッキを取り出すと、その先を空に掲げた。
「☆〜。*゜♡〜◑~☆*。〜」
さっきと同じ様に、宙に生まれた光の粒が、ラベンダー畑に降り注ぐ。
「ヴィオレット、その花、ちょっと抜いてみて」
数本のラベンダーを抜いてみる。すると、みるみるうちに、花を咲かせた新しいラベンダーが、土から生えてきた。
「すごいわ、リル! これって……、もしかして、途中から刈っても生えてくる?」
「うん、今の状態から変化が起これば、元に戻るように魔法をかけたからね。枯れても元に戻るし、刈っても抜いても生えてくるよ」
「すごい! リル、ありがとう!」
もう一度、リルを抱きしめる。すると、
「今のって、まさか魔法?」
そんな声が聞こえてきた。リルの体が強張る。
前世の記憶がある私と違って、村のみんなにとって、魔女は得体の知れない、気味の悪い存在だ。みんなが悪いわけじゃない。それが、この世界の普通の感覚なのだ。
(だけど、それじゃあ、リルが。私の為に、みんなの前で魔法を使ってくれたのに)
その時。
「すごい! 私、魔法見るの初めて!」
「俺だってそうさ!」
「魔法って、とってもきれいなのね」
「リル、リルは、魔女だったんだね」
リルが、こわばった表情をみんなに向ける。
「みんな、リルが嫌じゃないの?」
「えっ?」
「だって、リル、魔女だよ。魔女って、嫌われ者なんだよ」
「そんなこと言ったって、なぁ?」
「うん。私達、これまで魔女に会ったこともなければ、嫌なことをされたこともないもの」
「そうそう、それに、おばあちゃんも言ってたわ。昔は、どの町でも村でも、魔女と助け合いながら暮らしていたって」
「それに、リルのどこが気味が悪いって?」
「そうよね。魔女だろうと何だろうと、リルはリルよ」
村長さんが言う。
「そうだぞ、リル。リルはもうオリバー村の一員だ。わしらは家族も同然なんだから、そんな悲しいことを言うんじゃない」
村長の隣で、父がにこにこ笑っている。
「うん。わかった。みんな、ありがとう」
リルが笑って、みんなも笑った。
(それにしても……。刈ってすぐに育つなら、このラベンダー、刈り放題ってことよね。それなら、思ったより早く、あれが作れるわ)
実は、刈り取ったラベンダーで作りたいものがあった。それを作るには、材料と道具を揃える必要がある。けれど、ラベンダーの苗を買うのに、シャルルから貰った1000シルバーの殆どを使ってしまった。
(まずは、材料と道具を買うお金を作らないと。それなら、ちょうどいいのがあるわ)
隣町の市場で、大量のハギレを買う。それを袋型に縫い、刈り取り後、吊るして乾燥させておいたラベンダーの花穂と茎を入れる。ラベンダーのサシェの完成だ。
オリバー村の女性陣(リル以外)総出で、200個のサシェを作った。
「ヴィオレット様、これをどうするのですか?」
「これを、隣町の市場で売るのよ」
「これを……ですか? 確かにいい匂いはしますけど」
「いくらで売るんですか?」
「400ブロンズよ」
前世のお金に換算すると、300円程だ。
「これが、400ブロンズですか……」
みんなは不思議そうな顔をしている。サシェなんておしゃれな呼び方をしても、要は匂い袋だ。
平民は、頻繁にお風呂に入ることが出来ない。お湯か水で体を拭くだけ。それは、汗を大量にかく仕事に就いている人も同じだ。ラベンダーのサシェは、気になる体臭、汗臭さを軽減してくれる。需要はあるはずだ。
次の日、隣町の市場で、小さな露店を借りた。
「全然売れないね」
リルが、退屈そうに足をぶらぶらさせている。
今日は、頑張ってくれたみんなには休んでもらって、リルと二人きりだ。
朝から呼び込みをしているけれど、サシェはまだ一つも売れていない。
「サシェ? 何それ?」
「腹の足しにもならないもんに、誰が400ブロンズも払うのさ」
こんな感じだ。
「そういえば、リルって、初めて会った時旅をしてるって言ってたわよね」
「うーん。実は、師匠と喧嘩して、家を飛び出してきたんだ。それで、当てもなくあっちへ行ったりこっちへ行ったりしてただけ」
「お師匠様、心配してるんじゃない?」
「どうだろう? まあ、いざとなれば魔法が使えるからね」
「だけど、あの時倒れてたじゃない」
「あれは、力を使いすぎて、疲れたから休憩してただけ」
「そうなの? 紛らわしいんだから」
「ごめんごめん。でも、リル、ヴィオレットとおじさんと一緒に来て良かった。みんな優しいし、魔女が嫌われ者じゃないってわかったから」
「リル……」
リルのぷくぷくほっぺたをムニムニすると、リルは「やめてよ〜」と言って笑った。
その後も呼び込みを続けたものの、結局、一つも売れないまま夕方になってしまった。
(絶対に需要はあると思ったのに、考えが甘かったわ。露店の賃料もタダじゃないのに、困ったな)
その時、通りかがりの男性が声をかけてくる。
年齢は40代。額にぐるぐる巻きのタオル、薄汚れたタンクトップにニッカポッカ。
(この人……、絶対汗をかく仕事をしている人だわ)
「これは何だ? 随分いい匂いがするな」
「これはラベンダーのサシェです。いい香りがするので、体臭…いえ、汗臭さが気にならなくなりますよ」
「へー、一つ貰おうかな」
「あっ、ありがとうございます!」
初日は、売り上げ400ブロンズで終わった。
次の日、今日はジェシカとナタリーも一緒だ。朝から呼び込みをしているけれど、まだ一つも売れていない。いよいよ、値段を下げようかしらと思っていたその時、
「昨日の姉ちゃん」
(姉ちゃん?)
声をかけてきたのは、昨日サシェを買ってくれた男性だった。
「あんた、これ凄いな!」
「へっ?」
「俺は大工のアントンっていうんだ。今はこの近くの現場で働いているんだが、夜は宿の大部屋で、他の大工達と雑魚寝状態だ。いつもは、汗臭いやらいびきやらでよく眠れないんだか、昨日こいつを枕元に置いておいたら、ぐっすり眠れたんだよ」
「あっ、ラベンダーには安眠効果があるので、きっとそのおかげですね」
「そんな効果があるのか」
「はい。それから、リラックス…気持ちを穏やかにする効果もあります」
「どうりで……。寝言でまで怒ってる、怒りん坊のピートのやつが、いつもより静かだったのはこれのおかげか。仲間にも配ることにするよ。20個おくれ」
「ありがとうございます!」
すると、側で話を聞いていたお婆さんが、話に入ってくる。
「何だい、これにそんな効果があるのかい?」
「はい。それ以外にも、防虫効果があるので、クローゼットに入れておけば、虫食いを予防できますよ。それから、ラベンダーの匂いは、胃の不調にも効果があります。胃の調子が悪い時にこれを嗅げば、だいぶ楽になりますよ」
「あんた、随分詳しいね」
「ははは」
これも、前世で図書館の雑誌を読みまくっていた賜物だ。女性誌には、アロマテラピー特集がよく載っている。特にラベンダーは、ハーブの女王と呼ばれていて、たくさんの効果があるので、記憶に残っていたのだ。
「そんなに色んな効果があるなら、一つ貰おうかね?」
「俺も最近眠れないんだ。買っていこうかな」
「虫食いには困ってるのよ。一つ買うわ」
いつの間にか、人が大勢集まっている。
その後、サシェは飛ぶように売れた。
お客さんが引いた後、アントンさんの姿を探したけれど、もう何処にも見当たらなかった。
(救世主よ、ありがとう!)
そして、翌日の夕方には、200個全てを売り切ることができた。
売り上げは、3日間で80シルバー。
(これだけあれば、材料と道具が買えるわ。次はいよいよ、ラベンダー石鹸作りよ!)