思い出したのはあの風景
次の日。ジェシカとナタリーとマドレーヌに、村の中を案内してもらう。
朝食は、我が家の食堂で、みんなで一緒に食べた。人数が増えたので、村長の家では手狭になったからだ。テーブルに並ぶのは、昨日と同じじゃがいも料理。子供達には、隣町の市場で買った、牛乳とチーズもある。
村長の家とスザンナの家の間に、じゃがいも畑はあった。
「じゃがいもしか育たないのは、やっぱり土に問題があるのかしら?」
ジェシカが答える。
「村長さんが言うには、土とか気候とか、色んな問題が絡み合っているんじゃないかって。隣町の市場で土を買って、プランターで育ててみたこともあるんです。だけど、やっぱりじゃがいも以外は育ちませんでしたから」
「土だけの問題ではないということね。それにしても……。なんというか、この村は殺風景ね」
「前は花壇もあったんですよ。あんまり殺風景なんで、花の苗を何種類か植えてみたんです」
「花はちゃんと咲くの?」
「花は咲きます。ここは夏でも涼しいですから、寒さに強い花なら、綺麗に咲きますよ。だけど、花はお腹の足しになりませんからね。枯らしてしまって、そのままです」
「そうなのね。……ところで、ジェシカ達は、ずっとこの村に住んでいるの?」
「子供の頃に、流行り病で両親が死んでしまって、祖母を頼ってこの村に来ました。それからずっとこの村です。去年祖母が亡くなって、村を出ていくことも考えました。だけど、離れがたくて。この村には、祖母が眠っているから」
「私達3人とも、おばあちゃん大好きのおばあちゃんっ子だったんです。それに、私達が出ていったら、たった10人しかいない村人が、7人に減っちゃうでしょ」
「村長さん一家も同じです。村長さんは、奥さんが眠るこの村を失くしたくないんです。誰も住まなくなったら、オリバー村は失くなってしまうから」
「それをわかってるから、ハンナさん達もこの村にいるんだと思います」
「スザンナさん親子は?」
「スザンナさんは、まだケビンが赤ちゃんの頃に旦那さんが亡くなって……」
「乳飲み子を抱えて、女手一つで働くのは、想像以上に大変だったと思います。それで、知り合いだった村長の奥さんを頼って、この村に住み始めたそうです」
「みんな、それぞれ事情があるのね」
「ところでヴィオレット様。ヴィオレット様に見せたいものがあるんです。少し歩きますけど、いいですか?」
「ええ、もちろんよ」
整備されていないけもの道を、15分ほど歩く。
「ここです」
何もない平地の真ん中に、緑の葉を広げる、大きな木が立っていた。
「村で一番大きな木です」
「オリーブの木なんですよ。残念ながら、実はならないんですけどね。だけど、なかなか素敵でしょ」
「素敵なんてものじゃないわ! すんごくすんごく素敵!」
ジェシカとナタリーとマドレーヌが、顔を見合わせて笑う。
(これって……この木って、あの木よね)
前世の記憶が甦る。
前世の私の唯一の趣味は、図書館で雑誌を読むことだった。図書館はすごい。最新の雑誌が無料で読めるのだから。ある時読んだ旅行雑誌のページに、私は釘付けになった。大きなオリーブの木と、そこに咲く一面のあれ。いつかこの目で見てみたい、だけど、きっとそれは叶わない、そう思っていた遠い異国の風景。
(そうよ、あれよ。あれは寒さにも強い。それに、あれなら……!)
「ヴィオレット様?」
「ジェシカ、ナタリー、マドレーヌ、私、やるわ!」
家に戻って、シャルルから貰った1000シルバーの入った箱をベッドの下から出す。それから、父を探した。父は、リルと一緒に、食堂でポテトチップスを食べていた。
「お父様、お願いがあります。私、この1000シルバーを使いたいんです」
「ヴィオレット。それは、お前がシャルル君から受け取ったお前の金だ。お前の好きに使いなさい」
「だけど、このお金が無くなったら、私達、本当に一文無しですよ」
「何をいうか。一文無しどころか、借金が50億ゴールドあったんだ。一文無しなど、今さら怖くもなんともない。ここには住む家もあるし、わしはこの揚げポテトが気に入った。毎日これさえあればいいくらいだ。わしは村長とじゃがいも畑を耕しているから、お前はお前のやりたいようにやりなさい」
「ありがとう、お父様」
「リルも、揚げポテト大好き!」
「ありがとう、リル」
その日の午後、村のみんなに、オリーブの木のある広場に集まってもらった。
「みなさん、私はこのオリーブの木を、この村のシンボルツリーにしたいんです」
「シンボルツリーとは、何ですか?」
「この村の象徴となる木という意味です。そして、この木の周りに、あるものを植えたいんです」
「何を植えるおつもりですか?」
「それは、ラベンダーです」
「ラベンダー……ですか?」
「はい。私は、ここを一面のラベンダー畑にして、この村の観光名所にしたいんです。観光客を呼んで、いずれはこのラベンダーを、オリバー村の特産物にしたいんです」
「ヴィオレット様、そうは言っても、観光客が泊まる場所も、ご飯を食べる場所もありませんよ」
「泊まる場所は、私達の家の二階を考えています。使っていない二階の4部屋は、少し手直しすれば、十分客室として使えますから。それから、一階の食堂を開放して、食事ができるようにします。メニューはもちろん、オリバー村産のじゃがいも料理です」
「私達のじゃがいも料理なんて、お客さんに食べてもらえるのかしら?」
「父があれだけ気に入っているんですから、お客様も、きっと喜んでくれますよ」
「だけどなぁ」
「ここを観光地にするなんて、考えたこともなかったものね」
みんなは、困惑した様子で、顔を見合わせている。
みんなの態度は当然のことだ。私だって、みんなの立場だったらこう思うだろう。
「何も知らない小娘が、何言ってくれちゃってるわけ?」
だけど……。
前世の私が憧れた、あのラベンダー畑がある異国の村は、ラベンダー畑しか名所がない小さな村で、その上交通の便が悪いにも関わらず、世界的に有名な観光地だった。それに、この村の気候。夏が涼しいここの気候は、避暑地にもってこいではないか。
もちろん、成功する保証なんてない。だけど、可能性があるのに、何もせずに諦めたくない。
「みなさんが不安に思う気持ちは、よくわかります。だけど、私は挑戦したいんです。この村が、良い方向に変わるように。だから……、どうか、協力してください」
私は、勢いよく頭を下げた。
「ヴィオレット様! 頭を上げてください」
「そうですよ! 俺達に頭を下げるなんて、どうかしてますよ」
みんなの慌てる声が聞こえてくる。
私に頭を下げられたら、みんなは嫌と言えないだろう。卑怯だってわかってる。だけど、これが今の私にできる精一杯なのだ。
「ヴィオレット様」
村長の落ち着いた声が響いた。
「頭を上げてください。ヴィオレット様のお気持ちはわかりました。この村が観光地になるなんて、正直想像もできません。何が起こるか、不安もあります。だけど、この村には元々何にもないんです。何にもないということは、失うものもないということ。やってみましょう。この村を変えるために」
「村長さん!」
「そうね。村長の言うとおりよ」
「私達には失うものなんてないんだから」
「ヴィオレット様、俺達、協力します」
「みなさん! ありがとう!」
こうして、オリバー村の領地改革が始まった。
隣町の市場で、ラベンダーの苗を大量に仕入れ、村の馬車で運んで来る。
それから、村人総出(といっても13人しかいないのだけれど)で、オリーブの木の周りに苗を植えていった。
(どうか、無事に育ちますように!)
3日かかって、全ての苗を植えることができた。
花が咲くまでに、客室を整えて、食堂を飾り、じゃがいも料理のメニューを決めれば、準備が整う。
苗が植えられた平地を眺めながら、想像する。
一面のラベンダー畑と、たくさんの観光客。
(早く咲かないかな)
そんな風に考えていると、リルがやって来た。
「ヴィオレット、一人で黄昏れて、何を考えてるの?」
「リル、早く咲かないかなって思っていたのよ」
「早く咲いてほしいの?」
「それはもちろん! 無事に咲くか心配だし、それに、早くみんなに見せたいんだ。あのきれいなラベンダー畑を。もちろん、リルにもね」
「ふーん、そっか。……うん、わかった」
そう言うと、リルは、ローブから細長い棒を取り出しし、その先を空にかざした。
「☆〜。*゜♡〜◑~☆*。〜」
無数の光の粒が、宙に生まれた。そしてその光の粒は、まるでどしゃ降りの雨みたいに、苗の上に降り注いだ。
「えっ!?」
驚いて、瞬きをした次の瞬間。
「あっ……!」
そこに広がっていたのは、風に揺れる紫の絨毯。まるで絵画の中から抜け出たような、美しいラベンダー畑。
(なんてきれいなの! ……いや、それより)
「リル、今の何!?」
「何って、魔法だよ」
「魔法って、魔法を使えるのは、魔女だけよね?」
「だって、リル、魔女だもん。まだ見習いだけどね」
この世界には魔法がある。だけど、普通に生活していたら、魔法にお目に掛かる機会などない。魔法を使えるのは、魔女だけだからだ。そして、魔女は100年程前の魔女狩りで滅ぼされ、生き残った数人の魔女も、行方知れずだと伝えられていた。その魔法を、たった今、この目で見たのだ
「すごい! すごいわリル! あなたって最高よ!」
リルの手を握る。リルは「フフッ」と含み笑いをした。
「どうしたの? リル」
「だって、魔女って嫌われてるでしょ?」
リルの言う通り、この世界で魔女は嫌われている。得体の知れない者、気味の悪い者と思われてるのだ。
「だから、魔女見習いだってことは、誰にも言わないようにしてたんだ。だけど、ヴィオレットなら、そんな風に言ってくれる気がしたから」
「リル!」
私は、リルを抱きしめた。
前世の記憶を思い出す前の私なら、周りの人達と同じように、魔女を忌み嫌い、悪口を言っていただろう。ただ、みんなが嫌っているからという理由で。
(だけど、私の前世は日本人の女の子よ。それなら、絶対にこうなるでしょ!)
「魔女っ子最高! 可愛すぎるわ!」
リルは私の腕の中で、
「何それ。変なの!」
と言って、可笑しそうに笑った。