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いざ、見捨てられた村へ

 

 王都を出て1日が過ぎた。乗り慣れた貴族用の馬車と違って、格安で借りた馬車の乗り心地は最悪だ。

 だけど、私達の全財産はシャルルがくれた1000シルバーだけ。大切に使わなくてはならない。


 アントワーヌ村、リプレット修道院。王の隠し子ジュリアンがここにいるはずだ。


(建物も綺麗だし、シスター達もみんな優しそう。小説の中で、ローゼマリーがつらい思いをする描写なんてなかったし大丈夫よね?)


「ローゼマリー! 落ち着いたら、必ず迎えにくるからなぁ!」


 父は、ローゼマリーを抱きしめて泣いている。

 ローゼマリーといえば状況をわかっているのかいないのか、すんとした顔をして澄ましている。


「ローゼマリー、大丈夫?」

「うん、平気よ。お姉様も頑張って!」


 首を傾げたくなるほど物分かりがいい。


(ローゼマリーって、こんな子だったっけ?)


 こんな小さい子を一人で置いていくのは、心配だし胸が痛い。ずっと一緒に暮らしてきたのだから淋しさもある。脇役の私達なら、生きようが死のうが、この世界に何の影響も及ぼさないだろう。だけど、ローゼマリーはこの世界の主人公だ。ローゼマリーとジュリアンは、この場所で絶対に出会わなければならないのだ。


 ローゼマリーから離れない父を無理やり引き離し、再びオリバー村へ向かう。オリバー村までは、さらに1日馬車に揺られなければならない。


(ああ、おしりが限界よ! でも仕方ない。頑張るわ!)


 それから半日馬車に揺られ、あと半日でオリバーへ到着するという時のことだった。

 馬のいななきがこだまし、馬車が急停止した。


「どうしたのだ!?」


 慌てた様子の御者が、申し訳なさそうに謝る。


「申し訳ありません。人が倒れているのです」

「何だと!」


 父と二人、急いで馬車を降りる。

 倒れていたのは、黒のローブに身を包んだ年端もいかない少女だった。

  

「とにかく馬車に乗せよう。手伝ってくれ」

「はい!」

 

 父と御者が、少女を抱えて馬車に運ぶ。

 口に水を含ませると、少女が目を開ける。綺麗なローズピンク色の瞳が、驚いたようにぱちぱちと瞬きを繰り返す。それから、くりくりとした目で、馬車の中を興味深そうに見渡す。意識ははっきりしているようだ。


「起きれるか?」

「……うん」


 父が少女を抱き起こすも、声に元気がない。


「もしかして、お腹がすいているのかしら?」

「それなら、ちょうどいいものがある。さあ、これを食べなさい」


 父は、最後のおにぎりを少女に手渡した。


「いいの?」

「遠慮せずに、食べるといい」


 あらゆる角度からおにぎりを眺めた後、鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。当然の反応だ。大丈夫だと確信したのか、少女がおにぎりにかぶりつく。もぐもぐと食べる様子が小リスみたいで可愛い。その隙に父に耳打ちをする。


「お父様、この子どうしましょう。ここへ置いていくわけにもいかないですし」

「連れて行くしかないだろう」

「だけど、オリバー村に行ったってどうなるかわかりませんよ? この子のためにも、オリバー村より修道院へ戻った方がいいのでは?」

「しかしなあ、今から戻るというのもな」


 父が御者の方に目をやる。

 予定になかったアントワーヌ村の修道院に、急遽寄ってもらったのだ。目的地を目前にしながら、また半日かけて修道院に戻りたいとはとてもじゃないけれど言えない。それにもう前金を払っている。御者にへそを曲げられて、いなくなられては困る。


「仕方ありませんね。とりあえず連れていきましょう」

「ああ、そうしよう」


 夢中になっておにぎりを頬張っている少女に尋ねる。


「あのね、私達、今からこの先のオリバー村に行くの。一緒に来る? また倒れたら大変でしょ?」

「うーん……。うん、一緒に行く」

「名前は?」

「リル」

「歳は、いくつ?」

「10歳」

「こんな人気のない場所で、何をしてたの?」

「リルはね、旅をしてるんだ」

「旅!?」


(こんな小さい子が? 一人で? 旅?)


 だけど、ありえない話じゃない。

 平民の子供は10歳くらいで働き出す。親元を離れて働いている子供も大勢いるのだ。

 それに、何か事情があるのだろう。両親を亡くし、身よりもなく、一人で旅をしているのかもしれない。


(詮索するのはやめよう。私達だって、自慢できるような身の上じゃないんだから)



 半日後、オリバー村に到着した。


「ここがオリバー村?」


(これは……何ていうか……。前世の言葉で言うなら、マジ? ってやつね)


 木造の小さな家が三軒。小さな畑らしきもの。少し離れたところに、白い壁の大きめな家が一軒。木が数本。それ以外は何もない。

 殺風景オブ殺風景、そんな感じだ。


(さすが、見捨てられた村と言われるだけあるわね)


 白い壁の家が父が所有する家だ。前の屋敷とは比べ物にならないくらい小さいけど、外観も家の中も小綺麗で安心する。

 荷物、といってもトランク数個と、シャルルがくれた大切な木箱を中に運び込む。


「うわ〜、素敵なお家だね」


 リルがローズピンク色の瞳を輝かせている。


「リルの部屋も用意するから、好きなだけ泊まっていくといいわ」

「いいの? ありがとう!」


 その時、視線を感じて窓の方を見る。


「子供?」

 

 小さな子供が、窓にへばりついて中を覗いていた。

 すぐに一人増えて、二人で顔を寄せあって窓にへばりついている。

 

「あっ! 村長さん!」


 片方の子供が、窓から顔を離すと声を上げた。


「これはこれは、領主様ではありませんか!」


 人の良さそうな初老の男性が、玄関に立っていた。


「ご無沙汰しております。当主様」

「村長、長い間顔も見せずにすまなかったな」

「いえいえ、お元気そうで何よりです。ところで、今日は突然どうされたのですか?」


 父は、ここに来ることになった経緯を掻い摘んで話した。


「それはそれは、ご苦労をされましたね」

「すまないが、しばらくこの村でやっかいになるよ。村の者たちには決して迷惑をかけないから、どうか心配せんでほしい」

「何をおっしゃいますか当主様。当主様はこの村の村人を思い、税を免除して下さったではないですか。おかげで私達はここまで生きてこられたのです。どうか、その恩返しをさせてください。早速、今夜歓迎会を開きましょう」


 村長は、私達を心から歓迎してくれているようだ。

 父は苦しい領地から税は徴収せず、まともに税が徴収できる領地でも、徴収した税は全てその領地の為に使っていた。それは、我が家が困窮し沒落の一途を辿っても、最後まで変わらなかった。


(頭はお花畑だけど、領地民にとってはいい当主だったのよね、お父様は)



 その夜、村長の家で私達の歓迎会が開かれた。


「父のことはみなさんご存知でしょうが、私はお初にお目にかかります。ヴィオレット・グランベールと申します。気軽にヴィオレットと呼んでください。それからこの子は……。遠い親戚の子でリルと言います。どうか、リル共々よろしくお願いします」

「こちらも自己紹介させて下さい。私は村長のアンソニーと申します。これは娘のハンナで、隣は夫のイアン。ちび二人は私の孫で、ヘンリーとショーンと言います。さあ、お前たちも挨拶しなさい」

「ヘンリー、6歳です!」

「ショーンです! 4歳です!」

「それからこっちは……」

「私はスザンナです。それから……」

「どーも、息子のケビンです。22歳です。こっちは、ジェシカとナタリーとマドレーヌの三姉妹」

「ちょっと! 勝手に紹介しないでよ。私は長女のジェシカ、24歳独身です」

「次女のナタリーです。こっちは妹のマドレーヌ。ちょっと人見知りなんです」 

「マドレーヌです。よろしく……」

「私達、この村でおばあちゃんと暮らしていたんです。だけど、去年おばあちゃんが亡くなって……。今は姉妹で暮らしています」

「さあさあ、自己紹介はこの辺にしましょう。たいしたものはありませんが、たんと召し上がってください」


 実は、さっきから気になっていた。テーブルに載っていたのは、じゃがいも、じゃがいも、じゃがいも。どこを見てもじゃがいもだけ。


「じゃがいも……ですね」

「はい、この村では、どういうわけかじゃがいもしか採れません。他の作物も育てようとしましたが、収穫できたのはじゃがいもだけでした」

「みなさんは、どうやって収入を得ているのですか?」

「女性陣は隣町から繕い物の仕事を貰っています。それから、イアンとケビンは隣町の夜警の仕事に就いています。後は、みんなでじゃがいもを育てています。こうして集まって食事をして、みんなで助け合いながら暮らしているのです」

「じゃがいもが採れるなら、じゃがいもを売らないのですか?」

「売ろうとしたこともあったのですが、じゃがいもはどこの村でもたくさん採れるので全く売れません。今は村の者が食べる分だけを収穫しています。食べるのには困りませんのでご安心下さい」


(そうは言っても、毎日じゃがいもじゃね。小さい子もいるのに……。あっ! このじゃがいも使えるんじゃない? 油とじゃがいもがあれば、ポテトチップスとかフライドポテトとか作れるし、じゃがいもは売れなくてもそれなら売れるんじゃない?)


「お父様、隣町は今はドレーゼン子爵の領地ですよね? これまでのように、隣町から仕事を貰ったり、隣町で仕事をしたり、隣町の市場で商売なんかしても大丈夫なのでしょうか?」

「ああ、そのことなら、ドレーゼン子爵によくよく頼んでおいたからな。心配ないだろう」


(それなら、隣町の市場でポテトチップスやフライドポテトを売れば……)


 その時、新しい料理が運ばれてきた。


「さあ、こちらも召し上がってくださいな。揚げポテトと揚げスティックポテトです」

「これって……」


(ポテトチップスとフライドポテトじゃない!)


「王都に住む平民の間で流行っている食べ物だそうですよ。この間、隣町の知り合いに作り方を教えてもらったんです。簡単に作れるのに美味しいと、隣町でも評判になっているようで」


 早速、父が揚げポテトと揚げスティックポテトを頬張る。


「おお! パリパリとした何とも良い食感だ! こちらはホクホクしていて柔らかい。どちらも塩っけが効いていて美味い!」


(何で? 何でポテトチップスとフライドポテトがこの世界にあるわけ? この間のおにぎりもそう。一体、この世界で何が起きてるの?)


「何だヴィオレット、難しい顔をして。さあ、お前たちも食べなさい」


 そう言って、父は私とリルの口にポテトチップスを放り込む。


「んー!」


 前世ぶりに食べたポテトチップスは、涙が出るほど美味しかった。


 

 歓迎会はお開きになり、家に戻った私は、リルを部屋に案内する。


「この部屋、使ってもいいの?」

「もちろんよ。ねぇ、リル。さっき村長さんが言った通り、この村にはじゃがいもしかないけど、それで良かったらいつまででもいていいんだからね」

「うん、ありがとう。リル、揚げポテトも揚げスティックポテトも気に入ったよ」

「それなら良かった」

 

 リルのおでこにおやすみなさいのキスをする。いつもローゼマリーにしていたみたいに。

 それから、自分の部屋に行き、ベッドに体を沈める。


(みんな、いい人達で良かった。それに飢える心配もない。だけど…)

 

 今日会ったばかりの村の人達の顔が、次々に思い浮かぶ。たった10人の村人。じゃがいもしか育たない、見捨てられたオリバー村。


 グランベール男爵家は、この村の当主だ。

 当主は、領民の為に最善を尽くすのが仕事。

 村のみんなが、じゃがいも以外の食べ物もお腹いっぱい食べられるように。そして、二度と見捨てられた村なんて呼ばれないように。


 ベッドの下から、シャルルがくれた木箱を取り出し、抱きしめた。


「決めたわ。私、この1000シルバーで、この村を豊かにしてみせる」



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[気になる点] 父は、苦しい領地から税は徴収せず、まともに税が徴収できる領地でも、徴収した税は、全てその領地の為に使っていた。それは、我が家が困窮し、沒落の一途を辿っても、最後まで変わらなかった。 …
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