今日は、私の誕生日
2年が経った。
オリバー村は、変わらず観光客で賑い、ラベンダー石鹸やその他のラベンダー商品は、今も売れ続けている。
村のみんなも元気で暮らしている。子供が増えて、村はますます賑やかだ。
リルも魔女様も元気だ。小さい魔女見習い達は、今は村の子供と一緒に、村の学校に通っている。
父は、相変わらずエドワードと一緒に領地を巡り、領地民の暮らしが少しでも良くなるよう尽力している。
私は、スカルスゲルド邸で暮らしている。
スカルスゲルド商会も、シャーリー宝石店も、経営は順調だ。
そして、今日は私の誕生日。
向かい合った私達は、コックが腕によりをかけて作った料理を食べている。
食事の後は、紅茶タイムだ。
私は言う。
「今日は、私の誕生日です」
「だから、こうして食事をしているではないか」
「そうですね。ところで、今日は私の誕生日です」
「だから……」
「私、なりましたよ」
「…………」
「私、20歳になりました」
「お前というやつは……」
そう言いながら、テオは、左手で顔を覆った。
その手の下の顔が、どんな風になっているのか、この世界で、私だけが知っている。
テオが、私を優しく抱き上げる。それから、私達は、寝室へ向かった。
それから6年後、クーデターが起き、ジュリアンはこの国の王になった。そしてその2年後、ローゼマリーと結婚し、ローゼマリーは王妃になった。
物語は終わった。だけど、この世界は続いていく。
そして、それから150年後、この国から、身分制度は消える。
その頃、私達はいないだろう。だけど、そんな未来を、夢見ている。
〜ちょっとしたエピローグ
カルロ・ランカスターの独り言〜
幼馴染のテオの両親が事故で亡くなり、18歳のテオがスカルスゲルド商会を継いだ時、スカルスゲルド商会は負債だらけだった。そのまま畳んでしまえばいいものを、何故かその負債だらけの商会を継ぐとテオが決めた時、私は衝動的に、決まっていた王宮への仕官を辞退した。あんなに勉強して、やっと試験に合格して決まった仕官だったのに。
だけど後悔はなかった。私は私の未来を、テオ・スカルスゲルドに賭けたのだ。それに、退屈なお役所仕事より、よほど面白そうではないか。
その後商会は急成長を遂げ、この国で5本の指に入るまでになった。私は賭けに勝ったのだ。
ある日、一通の手紙が届いた。差出人は、ヴィオレット・グランベール。多額の借金を抱えて没落し、伯爵から男爵に爵位が下がった上に、王都の一等地から見捨てられた村に逃げていった没落令嬢。
会う価値などないだろう。そう思っていたのに、何故だがテオは会うと言う。
テオは、無駄なことを何より嫌う。中でも、無駄な事に時間を使うのが何より嫌いな人間なのだ。一体どうしたというんだろう?
ヴィオレット・グランベールが美人だからか? 会ったことはないが、金髪碧眼の相当な美人らしい。
(いや、テオに限ってそれはないな)
何しろこの男は、筋金入りの女嫌い。子供の頃から、その無駄に整った美しい顔のせいで、いらぬ苦労をし続けていた。望まない手紙や贈り物を押し付けられ、待ち伏せされ、付き纏われ、あらぬ噂を流される日々。テオに好意を向けた女達は、テオが決して振り向かないとわかると、その好意を悪意に変えて、テオに攻撃してきた。商会の仕事を始めてからもそうだ。客という立場を利用し、テオを自分のものにしようとしたご婦人がどれだけいたことか。そのせいで、テオは好きな女が出来たことも、女と付き合ったこともない。さすがに不憫だ。
約束の日、ヴィオレット・グランベールはやって来た。
噂通りの、金髪碧眼の美人だ。だけど……。
テオを前にすると、女達は、皆同じ行動をする。
ぽーとなるか、自分を良く見せようと取り繕うか、口説き始めるかのいずれかだ。
だけど、彼女は違った。彼女は、真夏の空のように深い紺碧の瞳で、真っ直ぐに私とテオを見ていた。それから、商売の話をした。それ以外には何の興味もないと言うように。
テオが彼女に興味を抱いたのは、すぐにわかった。その証拠に、普段は商談が終わればさっさと席を外すのに、一向に席を立とうとしない。おまけに、じっと彼女を見つめている。まあ、彼女には睨んでいるようにしか見えなかっただろうけれど。
(これは、面白いことになってきたぞ)
ラベンダー石鹸は順調に売れた。何の問題もなければ、その後は部下に引き継ぐのがいつものやり方だ。それなのに、いつまで経ってもそうする気配はなく、月に一度の定期報告会にまで自ら参加している。
(スカルスゲルド商会会長は、いつからそんな暇人になったんだ?)
そう思いながらも、むずむずした気持ちが抑えられない。
それにしても、あれは最高に面白かった。
ある日、ヴィオレット・グランベールが約束もなくやって来て、テオに言った。
「結婚してください!」
二人が話している最中、私は顔がにやけるのを我慢するのが大変だった。
ヴィオレット・グランベールが帰った後、私は見た。両手で顔を覆ったテオの、耳や首が真っ赤になっているのを。
テオのこんな姿を見られる日が来るなんて……。人生は何が起こるかわからない。そして、だからこそ、人生は面白いのだ。
最後までお付き合い下さり、ありがとうございました。
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