それからどうしたかというと
ドレーゼン子爵と騎士たちは、今夜一晩、ペンションの地下倉庫に閉じ込めておく事になった。
「皆さんお疲れでしょう。我々が交代で見張っておきますから、今夜はゆっくり休んでください」
と村長が言ってくれたので、ドレーゼン子爵達のことは、村のみんなに任せることにした。
魔女様とリルにも泊まっていってほしかったけど、住んでいる森に帰らなければならないらしい。
「この子より小さい魔女見習い達が、帰りを待っていますからね。それにしても、この村はいい村ですね」
「また、いつでも遊びに来てくださいね」
「そうさせてもらいます。人里離れた淋しい森に住んでいますから、みんな喜ぶでしょう」
「リルってば、お姉さんだったのね」
「そうだよ! リル、一番弟子だから」
「まだまだひよっこですがね」
「じゃあ、ヴィオレット、またね!」
二人が魔法陣と一緒に消えてしまうと、途端に淋しい気持ちになる。
ペンションは宿泊客で埋まっているので、今夜はグランベール邸の二階に泊まることになった。当然のように、私とテオは同じ部屋に泊まる流れになる。カルロは、ドアが閉まる瞬間までにやにやしていた。
この部屋のベッドは、ペンションのダブルベッドより小さい。
「俺は床で……」
「そこまで! そういうの止めましょう。どうせ朝まで数時間なんですから、一緒に寝ましょう」
そう言ってみたものの、私もテオも、仰向けの体勢で固まっている。テオの左腕と私の右腕がぴたりとくっついているので、身動ぎ一つ出来ない。だけど、伝わる体温に、胸がいっぱいになる。
「あの時……、言いましたよね。我が妻って」
「お前は、俺の妻だろう」
「だけど、私達、契約結婚ですよね」
テオは大きな溜め息をついた。
「あの時、お前は契約がどうとか言っていたが、それに対して、俺は返事をしたか?」
思い返してみると……。確かにテオは、私の契約結婚でもいいという言葉に対して、何も言っていない。
テオの方に、体の向きを変える。
「それじゃあ、私達、契約結婚じゃないんですか?」
「だから、そう言ってるだろ?」
「じゃあ、どうして?」
「はっ?」
「私がスカルスゲルド邸に来た日、言ったでしょ? 寝室は別々だって。契約結婚じゃないなら、どうしてそんなこと言ったんですか?」
「それは……。お前はまだ未成年なんだ。当然だろ!」
(……大真面目か!)
テオもこちらに体を向けたので、私達の体は、向かい合わせになった。
「それじゃあ、いつならいいんです? 20歳になったらですか?」
「それは……、まあ…、20歳を過ぎたら……」
「それなら、口づけは?」
「はっ?」
「口づけも20歳までダメなんですか?」
「口づけは……まあ……20歳じゃなくても……」
私は、テオに口づけをした。ほんの短い、ライトキスというやつだ。
テオが私の頬に触れる。テオの大きな手の長い指は、小刻みに震えている。
それから、私達は、長い口づけをした。
次の日、私達が乗ってきた馬車と、オリバー村の馬車の二台の馬車で、ドレーゼン子爵と騎士達を、王都に連行した。
5人の騎士の身柄を、警備隊に引き渡し、それから、ドレーゼン子爵と子爵の裏帳簿を、王に渡した。
ドレーゼン子爵は裁判にかけられ、数ヶ月後、爵位剥奪、財産没収の上、国外に追放となった。
勝手に王章を使い、ドレーゼン子爵を捕らえたことを、王に怒られるのではと内心ビクビクしていた父だったが、何故だか、父がジュリアンを保護し、オリバー村で匿っていたと勘違いした王から、褒美をやると言われ、元ドレーゼン子爵領の全てが、父のものになった。
そして父は、この国で最も広い領地を持つ当主、グランベール侯爵になったのだった。
それでも、王都に屋敷を持たず、オリバー村を拠点にして、王宮の仕事を辞めた兄のエドワードと一緒に、領地を周り、ドレーゼン子爵の悪政によって見る影もなくなった町や村の、復興に力を注いでいる。まだまだ頼りないけれど、父は、領地民に愛される立派な当主だ。
ジュリアンが本当は男の子で、王の隠し子であることは、村のみんなの知るところとなった。けれども、
「ローゼマリー様もジュリアン様も、村の者全員で協力して、全力でお守りします」
と村長が約束してくれ、村のみんなも賛同してくれたので、ジュリアンは、引き続きローゼマリーと一緒に、オリバー村で暮らすことになった。
そうして、数ヶ月が経った。私は今、オリバー村にいる。
ジェシカとケビンの結婚式に参加するためだ。
少し前、オリバー村に小さな教会が建てられた。二人の結婚式は、オリバー村の教会で行われる最初の結婚式だ。
「私もいい歳ですからね、結婚式なんていいって言ったんですよ。そしたら村長が、オリバー村教会の初めての結婚式は、私とケビンじゃないと嫌だってきかなくて」
そんな風に文句を言いながらも、ジェシカはとても幸せそうだ。純白のドレスの胸元には、ラベンダーの花穂で作ったブローチが、優しさの象徴のように揺れている。
結婚式には、村人全員が招待された。それから、私とテオ。カルロは、奥さんと子供達を連れての参加だ。燃えるような大恋愛の末に結婚したというから、どんなゴージャス美女なのかと思っていたら、笑顔が可愛くてよく笑う、とても素敵な女性だった。奥さんと笑い合うカルロの笑顔は全然胡散臭くなくて、ああ、これがカルロの本当の笑顔なんだなと理解する。そして、それがとても幸せなことだということも。
リルと魔女様と魔女見習い達は、数日前に、オリバー村の近くの森に引っ越してきた。「村に住めばいいのに」とみんなは言ったけど、魔女様は「それは遠慮しますよ」と言った。
「オリバー村の人達が、魔女を嫌っていないことはわかっています。そうはいっても、オリバー村には、観光客がひっきりなしに来ますからね。多くの人達にとって、まだまだ魔女は忌み嫌われる存在なんです。私達のためにも、村のためにも、少し離れているくらいがちょうどいいでしょう。それでも、魔女を好いてくれる人達が近くにいて、会いたい時に会えることは、小さい魔女見習い達の希望になりますから。だから、この村の近くに引っ越すことにしたんですよ。それに、魔女は森に住む、それが魔女のセオリーですから」
それにしても、小さい魔女見習い達の可愛さといったら、規格外だ。
(なんて可愛いの! リルのミニチュアが三人も! みんなほっぺたぷくぷくじゃない!)
私は、魔女見習い達のほっぺたをムニムニしたいという衝動を、必死で抑えたのだった。
結婚式の後は、ペンションの庭で、村長が大好きな宴会だ。
みんなが笑って、愉快な時間が流れる。
途中、宴会を抜け出して、テオと二人で教会に行った。一度、夜の教会に来てみたかったのだ。
ひんやりとした空気が心地良い。とても静かだ。
「素敵な結婚式でしたね」
「お前は結婚式をやらなくていいと言っていたが、それで良かったのか?」
「あの頃は、契約結婚だと思ってましたからね。それに、結婚パーティーはしたじゃないですか?」
「しかし、結婚式と結婚パーティーは違うだろ」
「それじゃあ、今しましょう、結婚式」
「はっ?」
「二人だけの結婚式っていうのも素敵でしょ。指輪がないですね」
オルガンの上に置かれている花瓶の中の、ラベンダーが目に入る。花穂を繋げていき、即席の指輪を作った。それから、テオの左手の薬指に嵌める。
「テオ・スカルスゲルド。あなたは、ヴィオレット・スカルスゲルドを、生涯愛することを誓いますか?」
「あっ……ちか……う……」
「ふふふ」
私が笑うと、テオは怒ったように、「何がおかしい」と言った。
「あなたのこんな顔を見られるのは、この世界で私だけね」
テオが、声を振り絞るようにして言う。
「……ち…誓います……」
「私も誓います。ヴィオレット・スカルスゲルドは、生涯、テオ・スカルスゲルドを愛します」
左手を差し出すと、テオがラベンダーの指輪を薬指に嵌める。
それから、私達は、誓いの口づけをした。
テオが、どんな顔をしていたのかって? 勿体ないので、それは、誰にも教えない。