鉄槌
村人達を挟んで向こう側の高台に、父とテオとカルロが立っていた。テオの銀色の髪が、月明かりの下、発光して見える。
「グランベール! 何故この村にいるのだ!」
ドレーゼン子爵が、声を荒げる。
「ジョルジュ・ドレーゼン、お前は、領地の税を上げ、それを着服していたな! これが、お前が税を横領していた証拠だ!」
父が、魔法陣でオリバー村に送られた裏帳簿を、ぐいと前に突き出す。
村人達の間から、困惑した声が聞こえてきた。
「何で前の当主様が…?」
「税を横領?」
「一体、どういうことだ」
「なっなぜ、お前がそれを!? それは金庫の中にあるはず……。まさか、お前達か!」
ドレーゼン子爵が、私とリルを睨む。
(この人、裏帳簿が無くなってること、今気付いたわけ? ああ、この人、私とリルが、金貨を盗もうとしたと思ってたんだ。金貨が減っていないか気が気じゃなくて、裏帳簿にまで気が回らなかったのね)
「ジョルジュ・ドレーゼン、お前の爵位は剥奪され、領地は王家に返還されるだろう。我々と共に王都へ行き、出頭するのだ!」
「グランベール! 何故私がお前の指図など受けねばならんのだ! 私が横領をしていたとして、お前に何の関係がある! そもそも、今のお前は男爵、私より爵位が下ではないか! 爵位が下の者が、上の者に命令することなど出来ん! さっさとその帳簿を置いて、寂れた何とかという村へ帰れ!」
「私は、男爵ではない。王から新たな爵位を賜わった。私は、グランベール侯爵である!」
「こっ…侯爵!?」
ドレーゼン子爵の手が、ぶるぶると震え初めた。
「おっお前が侯爵だとして…、それでも、我が領地の問題に首を突っ込む権利も、私を裁く権利も、お前にはないわ! くそっ! こいつらを火炙りにしたら、次はお前たちを痛い目に遭わせてやる! 村人ども! そいつらを捕まえろ! 言うことを聞かないと、更に税を上げるぞ!」
「そんなこと言われたって…」
「なぁ、どうする?」
村人達は、戸惑いながらも、父に向かってじりじり近づいて行く。
その時、父が声を張り上げた。
「これは、王命であるぞ!」
「はっ! グランベール、何故お前が王命など受けるのだ! 王命なら、何故王室騎士団が来ていない!? この大嘘つきめ!」
「これが、見えないか!」
父は、右手を高らかに掲げた。
父の手の中で光を放つのは、王族だけが持つ王族の証、金色に輝く王章だった。
「そっ…それは王章! まさか、本当に…!?」
「ジョルジュ・ドレーゼン! お前は王命に逆らうのか!」
ドレーゼン子爵は膝から崩れ落ち、その場にへたり込んだ。
「ヴィオレット!」
いつの間にか、テオが私の所まで来ていた。ドレーゼン子爵の雇われ騎士達は、皆呆然と立ち尽くしている。
テオが、私の腕を縛っていた縄を解く。
「リル! 早くリルを!」
「リルは大丈夫ですよ、ヴィオレット様」
カルロが、リルの縄を解いてくれていた。
「ああ、腕が痛かった!」
そう言って、ローブからステッキを取り出したリルは、ステッキの先を空に向けて、呪文を唱えた。
私とリルを光が包む。次の瞬間。
「えっ!? 顔が…」
「顔が変わった!」
村人達の間から、ますます困惑した声が聞こえてきた。
それから、私の肩を、大きな手で包んだテオが、その場にいる全ての人に聞こえるように、大声で叫んだ。
「彼女は、我が妻ヴィオレット・スカルスゲルド! そこにいるグランベール侯爵の娘だ!」
村人達がざわめく。
さっき私とリルを足蹴りにした騎士が、震える声で言った。
「こっこっ…侯爵の娘……!」
「だから、私言ったわよね? 私は前当主グランベールの娘、ヴィオレット・スカルスゲルドだと。リルを足蹴りにした罪、きっちり償ってもらうわよ!」
涙目になった騎士は、口をパクパクさせながら、その場に尻もちをついた。他の騎士達も、観念したように、その場に跪く。
「そうだ。そこにいるのは、我が娘ヴィオレットだ。ヴィオレットは、ドレーゼン子爵の不正を暴き、悪政に苦しむ領地民を救うため、メイドに扮し、この村に潜入していたのだ!」
「ヴィオレット様が?」
「前当主のお嬢様が、私達のために……」
村人達のざわめきが、どんどん大きくなっていく。
「そして、その隣りにいるのは、ヴィオレットと共にこの村に潜入していた、魔女のリルだ!」
村人達が、一斉にリルを見た。
「やっぱり魔女なの?」
「魔女なら火炙りだろ」
「だけど、私達を救うために潜入していたって」
「本当なのか?」
「皆聞いてくれ! 確かに、リルは魔女だ。しかし、ドレーゼン子爵の不正を暴き、領地民を救うため、その魔法を使い、我々と共に戦ってくれた、大切な仲間なのだ。それでも、魔法は怖いものだと思うか? 魔女を忌み嫌い、火炙りを望むのか? 皆、答えてくれ!」
村人達が、口籠る。私達から視線を逸らす者。隣の者と目を合わせる者。
その時、その中から、こんな声が上がった。
「魔女は怖くなんかありません!」
声を上げたのは、去年までオリバー村で御者をしていた、ロビンだった。
「僕は、この村に帰ってくる前は、オリバー村に住んでいました。魔女のリルとも、村で一緒に暮らしていました。リルの魔法は、少しも気味が悪くなんかありません! リルは、素敵な魔法を使う、可愛い魔女です!」
「そっ…そうよね。とっても可愛いもの。見て、あの小リスみたいな顔」
「それに、あのぷにぷにほっぺた! むにむにしたくなるわ」
「あの子の何処が気味が悪いって?」
「考えてみたら、俺たち、魔女に何かされたわけでもないのに、どうしてあんなに嫌っていたんだろう」
「昔は、魔女と助け合って暮らしていたって、じいさんが言ってたよな」
「それに、私達を救ってくれた、恩人じゃない!」
「ヴィオレット様! 魔女のリル! ありがとう!」
そんな声が上がった。
「ヴィオレット様! 魔女のリル! バンザイ!」
そんな声も上がった。それから、拍手が沸き起こった。
「ヴィオレット…」
リルが、ローズピンク色の瞳に、涙をいっぱい溜めている。
「リル!」
私は、そんなリルを抱きしめた。
その後、ドレーゼン子爵と騎士達は、テオとカルロによって、縄でぐるぐる巻にされた。
「お父様!」
父に駆け寄る。
「ヴィオレット! 怪我はないか?」
「はい。お父様、とにかく、聞きたいことが山積みです。まず、侯爵って何ですか!?」
「ああ、実はな、お前たちがマーレイ村に潜入する準備をしている間、王都へ行って、王に会っておったのだ」
(そういえば、お父様の姿が見えないと思っていたのよね)
「以前、石鹸を民に広め、流行り病の予防に貢献した功績で、褒美をやるからと王に呼び出されたことがあっただろう。何でも望みを言えと言われたのだが、何も思い浮かばなくてな。それで、保留にしてもらっていたんだが……」
「まさか」
「そのまさかだ。試しに侯爵位が欲しいと言ってみたら、あっさりやると言われてな」
「だけど、あの王章は? お父様が王都へ行った時、まだ裏帳簿は手に入っていませんよね? どうやって王に王章を出させたんですか?」
「あれはな……」
父が少しだけ声を潜める。
「あれは、ジュリアの物だ。お前、知っていたか? ジュリアが、実はジュリアンという名前の男子で、しかも、王の隠し子だと」
(前世の記憶があるから知っているけど、ややこしいことになりそうね。ここは知らないフリをしておこう)
「まあ! そうなのですか?」
「ああ、ジュリア…ジュリアンが全て話してくれたのだ。実は、ジュリア…ンは、イグナシオ王子の勢力による暗殺から守るため、王が自ら修道院に身を隠させていたのだ。そして、不測の事態が起きた時に身を守れるようにと、王章を持たせていた。その王章を、お前たちを救うのに必ず役に立つと、ジュリア…、いや、ジュリアンが、私に託してくれたのだ」
「そうだったんですね。だけど、勝手に王章を使って、王の許可なくドレーゼン子爵を捕まえて、お父様は大丈夫なんでしょうか?」
「ドレーゼン子爵の様子を見るに、余罪はたくさんありそうだ。極悪人を捕まえたのだ。大目に見てくれるだろう。ダメなら……とにかく謝るさ」
「それから、これが一番聞きたいことです。どうしてこんなに早く着いたのですか? オリバー村からマーレイ村まで、早馬でも2日かかりますよね」
「ああ、それはな……」
「リル!」
「師匠!」
黒いローブを着た年配の女性が、父の背後から現れた。
(えっ! この人がリルのお師匠様なの? テンプレの魔女のお婆さんを想像していたのに……。まさに美魔女じゃない!)
「リルの魔法陣で裏帳簿だけが帰ってきて、どうしたものかと皆で話し合っていたら、魔女様が現れたのだ」
「リルが、魔法陣の練習も兼ねてオリバー村に行ったきり帰って来ないものだから、様子を見に、オリバー村にワープしたんですよ。そうしたら、何だか大変なことになっていて……」
「話を聞いた魔女様が、魔法陣で、我々をマーレイ村に連れてきてくれたのだ」
「魔女様、ありがとうございました」
「いえいえ、こちらこそ、リルが世話になりました。それに、魔女が民に、あんな風に礼を言われるなんて……。良いものを見させてもらいましたよ」
その時、駆けてきたサンドラが、私に抱きつく。
「ヴォリー、いや、ヴィオレット様、無事で良かった!」
「サンドラさん!」
「あたしら、隣町の夜警に助けを求めに行こうとしたんだ。そしたら、あの人達が急に現れて……。本当に驚いたよ! 魔法ってやつは凄いね!」
「そうだったんですね! サンドラさん、みなさん、ありがとう」
「ところで、あいつら、どうするんだい?」
サンドラが、縄でぐるぐる巻きになっているドレーゼン子爵と騎士達を見る。
「今夜はもう遅い。一旦オリバー村に帰って、明日王都へ移送しよう」
父が言い、魔女様の魔法陣で、オリバー村に帰ることになった。
サンドラや踊り子達に別れを言う。それから、ロビンにも。
「みなさん、ありがとう! またいつか、必ず会いましょう!」
(それにしても、さすがに本物の魔女は凄いわね)
魔女様の魔法陣は、八畳間くらいの大きさで、私とリルと父、それから、テオとカルロ、ぐるぐる巻きにされてへたり込んでいるドレーゼン子爵と騎士達が乗っても、まだ余裕があるくらいだ。おまけに、リルのようにワープしたい場所にいる人の顔を思い浮かべる必要もなく、何処でも好きな場所に行けるらしい。
(まさにレベチってやつね)
「リル、あなたのお師匠様、凄いわね」
「でしょ! リルね、お師匠様が、世界で一番好き!」
それから、リルは、私の耳元で囁いた。
「でもね、ヴィオレットのことも、お師匠様と同じくらい好き!」
「リル! 私も大好きよ。私の愛しの魔女っ子だもの」
魔女様が呪文を唱え、私達は、オリバー村にワープした。
「お父様! お姉様!」
「ローゼマリー!」
ローゼマリーに勢いよく抱きつかれ、よろめいた私をテオが支えてくれる。
「ローゼマリー、心配かけたわね」
ジェシカやみんなも集まっている。
「ヴィオレット様、リル、本当に良かった……!」
「みんなも、心配かけてごめんなさい。それから、ありがとう」
それから、ローゼマリーの後ろで、もじもじしているジュリアンに言う。
「ジュリアン、本当にありがとう。あなたのおかげで、悪いやつを捕まえられたわ。あなたはヒーローね」
「ヒーロー?」
「勇気ある人という意味よ」
ジュリアンも、私に抱きつく。二人の小さな背中を撫でながら思う。
(私達、帰ってこられたのね。オリバー村に)
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
明日2話更新で完結になります。最後までお付き合い頂けたら、とても嬉しいです。宜しくお願い致します。