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17/22

思いもよらぬ出来事

 

 次の日、朝から日帰りの観光客がやって来て、村は賑わい始める。昼過ぎには、ペンションとスパラベンダースの宿泊客もやって来て、ますます賑わうだろう。 

 テオとカルロはスパラベンダースに視察に行き、私は、ローゼマリーとジュリアンと、グランベール邸でお茶を飲んでいた。

 ローゼマリーが言う。


「いつ発つんですか?」

「今日の昼過ぎには発つわ。王都まで、2日もかかるんだから」

 

 それから、ローゼマリーが耳打ちする。


「上手くやってるみたいですね」

「そうかしら?」


 言われてみれば、シャーリー宝石店のことで忙しかったことを除けば、日々は平穏だった。

 スカルスゲルド邸は、静かで住み心地が良いし、テオと二人きりの朝食も、全く苦ではない。仕事の話が終われば、お互い無言になり沈黙が続くのに、それを負担に感じたことはなかった。

 あんなに無表情で、すぐに私を睨んできて、何を考えているかわからない人なのに、つくづく不思議なものだ。

 それに、結婚してから一度も思っていなかった。オリバー村が恋しいと。


(変ね。オリバー村のみんなが、こんなに大好きなのに)


 少しして、父がやって来る。私とテオの結婚パーティーを無事に開けたので、頗る上機嫌だ。

 スパラベンダースから帰って来たテオとカルロも加わって、みんなで昼食を摂る。

 食事を終えた頃、憔悴した様子の、ジェシカとナタリーとマドレーヌがやって来た。


「三人とも、どうしたの?」

「実は……。私達、午前中に隣町に行ってきたんです。商店が大きくなって、村で何でも手に入るようになったので、暫く行ってなかったんですけど……」

「今日は三人とも遅番で、ヴィオレット様に、村にはない、何か珍しいお土産を渡したくて……。そしたら、あんなに賑わっていた市場が閑散としていて、露店も殆ど出ていなかったんです」

「それで、前に繕い物の仕事をくれていたおかみさんを訪ねたんです。そうしたら、今の当主様になってから、どんどん税金が上がっていって、今では、グランベール家が治めていた頃の、5倍の税金を払わされているそうなんです」

「なっなんだと!」

 

 父が、困惑した声を上げる。

 今の当主様とは、グランベール家が没落した際、オリバー村以外の全ての領地を引き受けて貰った、ドレーゼン子爵だ。


「それで、ほとんどの露店の店主が、町を出ていったそうで……」

「それだけではありません。道路も、橋も、公共の建物も、崩れたり壊れたりしたところが放置されていて、あんなに綺麗だった町が、見る影もなくなっていたんです」

「どういうことだ? 徴収した税は、その土地と民のために使われなくてはならない。そんなに高い税を徴収しておいて、一体何に使っているのだ」


 テオが言った。


「グランベール家が領地を譲ったのは、ドレーゼン子爵だろ。ずる賢くて、金にがめついと評判の男だ。恐らく、表向きは元々の税金の額を徴収していることにして、税を上げた分の差額は、自分の懐に入れているのだろう」

「それって、横領じゃない!」

「あんなに評判の悪い男に領地をやるなんて、人選を間違えたな」


 あの頃、グランベール家の借金返済の陣頭指揮を執っていたのは私だ。ドレーゼン子爵に、領地を譲ると決めたのも私。父は書類にサインをしていただけだ。


「私のせいです。ドレーゼン子爵に領地を譲ると決めたのは私です」

「いや、ヴィオレットのせいではない。グランベール家の当主は私だ。全ての責任は私にあるのだ」


 ナタリーが、おずおずとした様子で言った。


「それが、隣町だけではないんです。ドレーゼン子爵が治める全ての領地が、同じような状態になっていると……」

「では、わしがドレーゼン子爵に譲った領地の民だけでなく、ドレーゼン子爵領の全ての民が苦しんでいるというのか!」

「当主様、みんなを助けてください!」


(マ…マドレーヌが、喋ったわ!)


 人見知りでめったに口を利かないマドレーヌが、声を上げた。それだけ切実な思いなのだろう。


「そうは言ってもなぁ……」


 父が口籠り、テオが口を開く。


「領主から領地を奪う方法は二つある。戦争を起こし、その戦争に勝つことだ」

「いかんいかん! 戦争などすれば、一番苦しむのは領地民なのだ」

「それなら、方法は一つしかない。ドレーゼン子爵を失脚させ、当主の立場から追いやることだ。ドレーゼン子爵には子供も近しい親族もいない。ドレーゼン子爵さえいなくなれば、領地は他の家門のものになるだろう」

「ドレーゼン子爵を失脚させるには、どうすれば……」

「税を横領している証拠を手に入れることだ。それを王に見せれば、ドレーゼン子爵から爵位を剥奪するだろう。まあ、証拠など残しているとは限らないが」

「いや……。数回しか会ったことはないが、あの男は、恐ろしく細かい男だった。金に関してのことなら、必ず細かく帳面をつけているはずだ。王家に提出しているものとは別の、表には出せない帳面が存在するはずだ」

「裏帳簿というやつだな」

「それじゃあ、その裏帳簿を手に入れられれば……」

「しかし、どうやって?」

「潜入捜査なんてどうですか?」

「潜入捜査?」

「例えば……。ドレーゼン子爵邸にメイドとして潜り込んで、裏帳簿を奪うんです」

「メイドとして潜り込むって、一体誰が?」

「もちろん、私です」


 みんなが、私を見て一斉に沈黙した。


(えっ? 何で? いい案だと思ったのに)


 テオが溜め息をついた。


「お前は気づいていないのか?」

「えっ?」

「お前のような顔のメイドなどいない」

「はっ?」


 カルロが言う。


「ヴィオレット様のような美人は、そこいら辺にはいないという意味ですよ」

「カルロ!」

「確かに、ヴィオレットの顔では注目を集めてしまうかもしれん。下手をしたら、ドレーゼンのやつに気づかれるぞ」

「お父様まで…」

「それじゃあ、私が行きます!」


 ジェシカが言う。


「ダメよ! 危険な目に遭うかもしれないのよ」

「ヴィオレット、お前は、自分も危険な目に遭うかもしれないとは思わないのか!?」


(そんなことはわかっている。だけど、私には責任があるのよ)


「お父様! そもそも、グランベール家が没落し、ドレーゼン子爵に領地を譲りさえしなければ、こんなことにはならなかったのです。私達には、苦しむ領地民を救う責任があるのではないのですか? 私達が救わないで、誰が救うというのです!」


 その時だった。


「呼ばれなくてもジャジャジャジャーン!」


 そんな声に振り返ると、小リスみたいな顔をした、私の愛しの魔女っ子が立っていた。


「リル! どうしたの!? 会いたかった!」


 リルを抱きしめる。


「うん。リルも!」

「リル! いつの間に村に来ていたんだ」

「うーんとね、たった今。あれで来たの」


 リルが指差す先を見る。床に円形の模様が浮かび上がっていた。


(あっ、これ、見たことある。前世で、アニメとか、漫画で見たやつだ)


「魔法陣!」

「そう! ヴィオレット、よく知ってるね。これは、ワープ専用魔法陣。今、師匠から特訓されてるんだ。それで、練習のついでに来てみたの」


「何これ?」

「魔法陣? ワープ?」


 みんな戸惑った様子で、魔法陣を遠巻きに見ている。


「この上に立って、リルが呪文を唱えれば、好きな場所に瞬間移動できるんだよ。リルが呪文を唱えない限り発動しないから、近づいても大丈夫だよ」


 その時、テオとカルロの存在を思い出す。

 恐る恐る振り返ると、テオは溜め息交じりに言った。


「お前の交友関係は、随分広いんだな」



「それより、みんなして深刻な顔して、どうしたの?」


 リルに事情を話す。


「ふーん?」


 リルは、ほっぺたをぷくぷく膨らませながら何か考えている。それから、ローブの下から魔法のステッキを取り出すと、宙にかざした。


「それじゃあ、こんなのは?」


 リルが呪文を唱えると、光の粒が私を包んだ。

 次の瞬間。


「えっ!?」

「ヴィオレット様?」


 みんなが困惑した声を出す。


「えっ? みんなどうしたの?」

「ヴィオレット、かっ鏡を見てみなさい」


 鏡の中に、知らない女の子が映っていた。濃いブラウンの髪に、同じ色の瞳。一度見ても、何度か瞬きをしたら忘れてしまいそうな、特徴のない顔だ。


「変身魔法だよ。習ったばっかりだけど、結構得意なんだ。凄いでしょ!」

「凄いなんてものじゃないわ! これって、もしかして誰にでも変身出来るの?」

「ううん。この世に存在している人には変身出来ないよ」

「それじゃあ、私は今、この世に存在していない女の子ってことね」

「そういうこと」

「これなら、潜入捜査が出来るわね! ちょうど、潜入捜査向きの顔だもの」

「ヴィオレット! まさか一人で行く気か!」

「リルも行くよ!」


 リルは、自分にステッキの先を向けて、呪文を唱えた。リルが光に包まれる。光の粒が消えると、知らない女の子が立っていた。

 栗色の巻き毛。アッシュグレーの瞳。知らない女の子だけれど、ほっぺたのぷにぷにはそのままだ。


「どう? 18歳くらいに見える?」

「ええ、どう見たって18歳よ!」

「証拠を見つけたら、魔法陣でぱっと帰ってこよう。それならみんなも安心でしょ?」


 その時、テオが声を上げた。


「俺も行く。剣の腕には自信がある。俺を連れていけば更に安全だ。俺にも魔法をかけろ!」

「それは無理」


 リルが即答する。


「リル、どうして?」

「あの人、絶対に魔法がかからないタイプ」

「……ああ。そうなのね」


 その時、何を思ったのか父まで声を上げる。


「わしが行こう。リル、わしに女の子になる魔法をかけなさい」


(何考えてるのよこのおじさんは! 絶対に足手まといでしょ!)


「いえ、お父様はこの村の当主です。こんな時こそここにいて下さい。それに、潜入捜査は、人数が多ければいいというわけではないのです。潜入は、私とリルの二人で行います」

「むむ……。わかった」


 こうして、私達の、潜入捜査で裏帳簿を奪っちゃうぞ大作戦が始まった。



 

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