オリバー村での結婚パーティー
シャーリー宝石店のリメイク事業と、1年保証サービスが始まった。
すぐに効果は現れなかったが、口コミで噂が広がり、半年経った頃には、売り上げは右肩上がりになった。
保証サービスにより、買い手の不安が失くなったおかげで、高価な宝石が売れるようになり、初めて宝石を買うというお客さんも増えた。
それから、リメイク事業。特に依頼が多いのが、両親の形見など、大切な人から譲り受けたものの、サイズが合わない、デザインが古いなどの理由で、身に着けることが出来なかったアクセサリー。時を経て蘇った宝石を見た人々は、みんな笑顔になる。ステファノは、そんな笑顔を間近で見られるのが、何より嬉しいのだと言った。
その頃には、私が考案した商品が、店頭に並んだ。
平民は、そもそもアクセサリーを身に着けない人の方が多い。アクセサリーは着けない。だけど、素敵な物が欲しい。素敵な物を贈りたい。そんな人向けの商品だ。
まず、コンパクトミラー。可愛らしい花の装飾が施され、花の中心部分に、小さな宝石が埋め込まれている。それから、万年筆。キャップのクリップ部分に、小さな宝石があしらわれている。これは、男性への贈り物に人気だ。それから、目の部分が宝石になっているテディベア。サイズは大小。好きな宝石を選べは、その場で職人が目を付けてくれる。これが、子供の贈り物にちょうどいいと大流行し、シャーリー宝石店の売り上げは、ますます右肩上がりになった。
私は、約束を果たせたことにホッとする。
契約結婚までさせたのだ。商売で役に立つという約束を果たせなければ、テオに顔向けできない。
テオと結婚して半年経ったが、シャーリー宝石店のことで忙しく、未だに契約結婚の契約の話が出来ていない。というより、言い出すタイミングを完全に失ってしまっていた。
テオは、毎日夜中まで仕事をしているので、夕食は別々だ。その代わり、毎朝一緒に朝食を摂っている。
食堂のドアを開けると、どんなに前日遅く帰っても、きちんと髪を整えたテオが、先に席に着いている。
朝食が運ばれて来る間に、シャツの袖のボタンを留めて、ネクタイを締める。窓から入る朝の光に照らされたその姿は、まるで絵画から抜け出たように美しい。
そんな時、私はいつも、その姿から目が離せなくなる。
会話はいつも仕事の話。シャーリー宝石店の話やオリバー村のラベンダー事業の話だ。
オリバー村のラベンダー事業は、私がいなくても、頗る順調に回っている。石鹸作りもバスソルト作りもシステム化されているし、ペンションもスパラベンダースも、村のみんながきちんと運営してくれている。嬉しい反面、淋しい気持ちがあるのが正直なところだ。
そんなある日、オリバー村の父から手紙が届いた。
スカルスゲルド邸に来てからというもの、結婚式をやるようにと、しつこいくらいに手紙が送られてきていたが、忙しいのを口実にして、きちんと返事をしていなかった。
元々、王家からの求婚を断る為だけの契約結婚なのだ。結婚式なんてやる必要はない。
だけど、父にそのことは伝えていない。
それを知ったら、父は自分を責めるだろうから。
だから、父はこう思っている。私とテオは元々恋人同士で、私があんなに怒ったのは、テオという恋人がいるのに、危うく王子と結婚させられそうになったからだと。
今日の手紙には、こう書かれていた。
結婚式をするつもりがないなら、せめてオリバー村で結婚パーティーを開かせてくれと。
悩んだ末、次の朝、テオにその手紙を見せた。
無視することも出来たけど、父はこの屋敷に突撃しそうな勢いだし、私もオリバー村のみんなに会いたかったから。手紙を読んだテオは、
「日にちが決まったら教えてくれ。調整しよう」
と言った。
「いいんですか? 結婚パーティーですよ」
「お前の父親が、こんな手紙を送ってくるのは当然のことだ。お前がいいと言うから結婚式はやらなかったんだ。それくらいは対処しよう」
それから2週間後、私とテオは、オリバー村へ向かった。
「ところで……。何であなたまでいるんですか?」
当たり前のように、カルロが馬車に乗っている。
「私も久々にオリバー村に行きたかったんですよ。それに、お二人の結婚パーティーだというじゃないですか。私が参加するのは当然でしょう」
「前にもこんなことありましたけど、二人とも留守にして商会は大丈夫なんですか?」
「うちの商会には、優秀な人材がたくさんおりますからね。この人、人を見る目だけはありますから」
オリバー村へ到着する。
懐かしい匂い。むせ返るほどのラベンダーの匂いだ。
村は、私の記憶の中のオリバー村より、更に進化していた。ペンションがもう一軒建ち、商店は増築されて、二階建てになっている。それから……。
「あっ、あれが学校ね」
ローゼマリーやジェシカが、手紙で教えてくれていた。村に学校が建ったと。村の子供達は、この学校で、字の読み書きが学べるのだ。
「ヴィオレット!」
「お父様! ローゼマリーも元気だった?」
「はい、お姉様!」
「ジュリアも」
ローゼマリーの後ろにくっついているジュリアンが、コクンと頷く。
「ヴィオレット様!」
「村長さん! ジェシカ! みんなも!」
村のみんなも、集まってくる。
その夜、新しく出来たペンションの食堂で、ささやかなパーティーが開かれた。ペンションもスパラベンダースも定休日なので、村のみんなが参加してくれる。
パーティーの少し前。
「ヴィオレット様、こちらを着てください」
ジェシカ達が用意してくれたのは、綺麗な菫色の、柔らかなシフォンのドレス。
「とっても素敵! このドレス、どうしたの?」
「バーグマンさんに頼んで生地を調達して、みんなで仕立てたんです。テオ様の礼服も用意してありますからね。それから、これを」
ラベンダーの花穂で作った花冠が、私の頭に乗せられた。
「とても綺麗よ。お姉様」
ローゼマリーが言って、ジュリアンが頷く。
「ありがとう、みんな」
白い礼服を着たテオは、前世で子供の頃に読んだ、おとぎ話に出てくる王子様のようだった。女性陣は全員、ぽーとなって見惚れている。
みんな笑顔で、祝福の言葉をくれる。
(契約結婚なのに、何だか申し訳ないわね)
だけど、夢のように幸せな時間だった。
午前0時を過ぎ、パーティーはお開きになる。
「ペンションは定休日なんですけど、お部屋を用意してますから、今日はそこに泊まってくださいね」
そう言って、ジェシカが鍵を渡す。
「それではヴィオレット様、素敵な夜を!」
「えっ? ジェシカ、ちょっと、まっ……」
ジェシカはにやにやしながら行ってしまう。
(何で鍵が一つだけなの? 嫌な予感しかしないわね)
私の予感は的中する。部屋のドアを開けて、私は膝から崩れ落ちそうになった。
部屋の真ん中に置かれたダブルベットの上には、ラベンダーの花穂で作られた特大のハートマーク。
(ジェシカ……!)
「すみません、テオ様。すぐに別の部屋の鍵を貰ってきますから!」
「まて!」
テオが私の腕を掴む。
「俺は床で寝るから、お前はベッドを使え」
(そうよね。ローゼマリーとカルロ以外は契約結婚だって知らないんだから、変に思われるわよね)
「いえ、私が床に寝ます。ベッドはテオ様が使って下さい」
「そんなわけにいくか」
「それじゃあ……。一緒に寝ましょう。このベッドは広いですから。こんなものはすぐに避けちゃいますからね」
ベッドの上に敷かれたラベンダーの花穂を払い落とし、ベッドに寝転がる。
「安心してください。私、絶対にそっち側を向かないので」
「あっ…ああ……」
「それでは、お休みなさい。今日はありがとうございました!」
その後、テオの大きな溜め息が聞こえた気がしたけれど、疲れていた私はすぐに眠ってしまったので、よくわからない。