シャーリー宝石店
次の日、シャーリー宝石店に偵察に行く。
ガラス張りの明るい店内。入口は広く、気軽に入りやすい雰囲気だ。
(思ったより、お客さんがいるのね)
店内には、年配のご婦人と、若いカップルがいた。
(品揃えもいいし、ディスプレイも工夫されていて見やすい。店員さんの挨拶も感じがいいわね)
その時、女性の店員が御婦人に話しかける。
「こちらのネックレスのデザインは、今年の流行りなんですよ」
「そうなの? 素敵ねぇ。……だけど、今年の流行りってことは、来年はもう流行ってないってことよね? 宝石なんて、毎年毎年買えるものじゃないのに」
それから、カップルの声が聞こえてきた。
「この指輪がいいんじゃない?」
「だけど、これを付けて家事をしていたら、壊れてしまわないかしら?」
「それじゃあ、この首飾りは?」
「とっても素敵だけど……。引っかかって壊れてしまったりしないかしら?」
「心配しすぎだよ」
「だけど、一生に一度の結婚の記念なのよ。すぐに壊れたりなんかしたら嫌だもの」
(うーん。どうやら、問題は買う側の気持ちにありそうね)
家に戻り、父に手紙を書く。返事はすぐに来た。
次の日、父の手紙に書かれた住所を訪ねた。
レンガ造りの小さな家。ドアをノックする。出てきたのは、60代半ばの男性だ。
「ヴィオレット様!?」
「ステファノおじさん!」
ステファノは、クランベール家が経営していた、ビクトワール宝石店で働いていた職人だ。
腕が良く、職人達をまとめる立場でもあった。
母が亡くなるまで、ビクトワール宝石店の経営をしていたのは母だった。子供の頃は、よく母にくっついて、職人達が作業をする工房を訪れたものだ。幼い私を、職人達はとても可愛がってくれた。母が亡くなると、自然と工房から足は遠ざかった。そして、50億ゴールドの借金が発覚し、ビクトワール宝石店は閉店。ステファノや他の職人達は、職を失ったのだ。
ステファノの淹れてくれたお茶を、ダイニングテーブルで飲む。
「お元気でしたか? ビクトワール宝石店が、あんなことになってしまって……」
「はい。今は個人で宝石の修理を請け負って、何とかやっております」
「他の宝石店に就職されなかったのですか? ステファノおじさんの腕なら、引く手あまたでしょ? 父が紹介状を書いたはずですか……」
「こんな年寄りを雇う店など、何処にもありませんよ。グランベール家のような寛大な方々は、そうはいませんから」
「だけど……」
「その話は止めましょう。それで、今日はどうされたのですか?」
その時、部屋の隅にある作業台が目に入る。
並べられた道具は、きちんと手入れがされている。それから、いくつかのアクセサリー。
「ステファノおじさん、これって?」
「私が作ったものです。腕が鈍らないように、毎日何かしらの作業をしているんですよ。まあ、訓練ですね」
「見せてもらってもいいですか?」
宝石が最も輝くよう、計算し尽くされた繊細なデザインだ。
(私の勘は間違っていなかったようね)
熟練の職人技は、一朝一夕で生まれるものではない。長い年月をかけて、驕ることなく積み重ねられる鍛錬。そして、鍛錬を続ける努力を怠らない限り、その技術は失われない。
「ステファノおじさん、今日は、おじさんにお話があって来たんです」
「お話とは?」
「ビジネスの話です」
「ビ…ジネ…ス? ですか?」
「はい。ビジネスの話をしましょう」
それから1ヶ月後、スカルスゲルド本社、テオの執務室。
私の前にいるのは、テオ、カルロ、シャーリー宝石店の支配人だ。
「今日は、お集まり頂き、ありがとうございます。これより、シャーリー宝石店の改革案をお話しさせて頂きます」
(さあ、プレゼンの始まりよ!)
「私の提案したい改革案は、二つです。まず一つ目は、リメイク事業です」
「リメイク?」
「はい。平民にとって、宝石は簡単に手に入るものではありません。一生に一度の贅沢と決めて、宝石を購入する人も多いでしょう。その人にとって、その宝石は一生ものなのです。その宝石が、子供や孫に受け継がれ、何代も大切にされることもあるでしょう。それ程大切な宝石が、デザインが古くなり、身に着けることが出来なくなったら、どう思うでしょう? こんな宝石買わなければ良かったと、そう思うかもしれません。では、古いデザインの宝石を、新しいデザインに変えられるとしたら? 身に着けることが出来なくなった宝石を、その時流行しているデザインに甦らせる、それがリメイク事業です。その為に、最も必要なものは何か。それは、腕の良い職人の、熟練された職人技です。ステファノさん、入って下さい」
廊下で待機していたステファノが、部屋に入る。用意していた作業台の上には、彼愛用の道具が並べられている。
私は、作業台の上に、二つのネックレスを置いた。
「このネックレスを御覧ください。これは、昨年流行したデザインのものです」
中央にエメラルドが嵌め込まれた、ゴールドのネックレス。当時は派手なデザインが流行っていたので、金色の小花の細工が、チェーンからじゃらじゃら垂れ下がっている。
「今このネックレスを着けていたら、どう思われるでしょう。流行遅れと、笑われてしまうかもしれませんね。そして、こちらをご覧ください。こちらは、今年流行しているデザインのものです」
シンプルなシルバーのネックレス。中央の土台に、宝石は嵌め込まれていない。
「それでは、熟練の彫金師の職人技を御覧ください」
ステファノは、小さな道具を使い、ゴールドのネックレスからエメラルドを取り外す。素早く、傷一つ付けない。それから、シルバーのネックレスの土台を鋳金していく。この加工が最も難しい。僅かなズレで、全てが台無しになってしまうからだ。鋳金が終わると、ピンセットを使って、土台にエメラルドを嵌め込む。寸分の狂いなくピタリと嵌まる。腕の良い職人でなければ、こうはいかない。
シンプルながら、エメラルドの美しさが際立つ、シルバーのネックレスが完成した。
「これは……」
「素晴らしい技術ですね」
カルロと支配人が言う。
「アクセサリーが高価なのは、宝石自体が高価だからです。チェーンや土台はそれ程値は張りません。これだけなら、気軽に買い替えることが出来るでしょう。そして宝石は、何度でも新しく生まれ変わるのです。シャーリー宝石店でこのような事が出来ると知れ渡れば、流行など気にせずに、宝石を購入して貰えるようになるでしょう。そして、この事業は、腕の良い職人がいてこそ成り立ちます。私は、このステファノさんの他に、二人の職人を確保しています」
ステファノに頼み、ビクトリア宝石店に勤めていた職人に声を掛けて貰っていた。
「職人には、交代で店に待機してもらいます。そうする事で、店に並んでいる商品に対しても、この装飾を外したい、反対に足したい、チェーンを短くしたい、サイズを直したいなどの、お客様の要望にその場で対応できます。リメイクに関しても、職人がお客様と相談しながら、お客様の希望に沿って進めていく事が出来きるのです。これが、私の提案するリメイク事業です。そしてもう一つ。私が提案するのは、保証サービスです」
「保証…サービス……ですか?」
「はい。店で扱う商品全てに、1年間の保証を付けるのです。人が大金を払い品物を買う時、最も欲しいものは何でしょう。それは、安心です。この品物は、本当に大金を払うだけの価値があるのか、それは購入してみなければわかりません。人は、そこに不安を感じるのです。大切な人への贈り物なら、尚更でしょう。もし、それが不良品だったら? すぐに壊れてしまったら? では、その品物に、購入して1年は、品質を保証するという保証書が付いているとしたらどうでしょう? 万が一不良品だった場合は新品と交換し、壊れても期間内なら無料で修理する。これほどの安心があるでしょうか。この保証サービスがあれば、高価な品物も、安心して購入して貰えるようになります。高価な品物が売れるようになれば、シャーリー宝石店の売り上げは、飛躍的に伸びるでしょう。以上が、私の提案する、シャーリー宝石店改革案です」
カルロが言う。
「素晴らしいです。さすがヴィオレット様。どうでしょう、会長」
「うん。どちらも早速取り入れよう。支配人、準備を頼む」
「お任せください。ステファノさん達職人を迎え入れる準備もすぐに始めます。それにしても、ヴィオレット様は素晴らしいですな。美しいだけでなく、これ程の才能がおありとは。女嫌いの会長が見初めただけはありますな」
「お前、余計な事を言うな!」
その時、私は見逃さなかった。
(えっ? 何で? 何であの人赤くなってるのよ!)
会長は、何故だが耳まで赤くなっている。無表情には変わりないのに、顔だけが赤くなっているのは、正直違和感しかない。
(何で!? 私達契約結婚よね? もしかして、あの人……)
「あの……」
声を掛けてみる。すると、
「俺に話しかけるな!」
いつもより鋭い、アメジストの瞳。
(前言撤回! そんなこと、天地がひっくり返っても起きないわよね! 期待して損したわ! えっ? 期待? 何それ? 何なのよ!?)
私の頭の中は、ぐちゃぐちゃでめちゃくちゃになるのだった。