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12/22

あれの真相

 

 リルが旅立ってから2週間が過ぎた。私と父は、アントワーヌ村、リプレット修道院の前にいる。

 ラベンダー事業が軌道に乗ってから、父に再三言われていた。ローゼマリーを迎えに行きたいと。父の気持ちはよくわかる。私だって、そうしたいのは山々だった。

 だけど、この世界の主人公ローゼマリーは、修道院で、王の隠し子ジュリアンと暮らさなくてはならない。様々な言い訳で父を納得させ、先延ばしにしていたけれど、リルがいなくなってしまったことで、父のローゼマリーに会いたい病は、抑えがきかなくなってしまった。


(仕方がない。先のことは、後で考えよう)


「お父様! お姉様!」


 修道院の入口から、ローゼマリーが駆けてくる。少し背が伸びたものの、以前のローゼマリーと変わっていないことに安心する。

 私たちに飛びついたローゼマリーは、開口一番こう言った。


「あの子も一緒に連れて行ってください」


 ローゼマリーが指さした先に、ローゼマリーと同じくらいの背丈の、女の子が立っていた。


「そうは言ってもな、ローゼマリー」

「お願いします。ジュリアは、とってもいい子なんです」


(ジュリア?)


「ジュリア、来て!」


 ローゼマリーに呼ばれて、女の子が、心もとない足取りで歩いてくる。

 顔の半分以上を覆う漆黒の髪。分厚いレンズの眼鏡。


(この子、ジュリアンだ。女の子のふりをしているから、ジュリアと名乗っているのね)


 ジュリアンは、燃えるような赤い瞳を持っている。この国で、赤い瞳を持っているのは王族だけ。瞳を隠すために、前髪を伸ばし、分厚いレンズの眼鏡をかけているのだろう。


「ローゼマリー、いくらなんでも、子供を勝手に連れて行くことはできん」


(もしかして……。ローゼマリーとジュリアンが一緒に暮らせるなら、修道院じゃなくてもいいんじゃない? 要は、二人の心が通い合えばいいんだから)


「お父様、連れていきましょう!」

「ヴィオレット、お前まで何を言っているんだ」

「私、ちょっと交渉してきます」


 持ってきた寄付金に、念の為持ってきていた金貨を上乗せすると、シスターは、ジュリアンを引き取ることを快く了承してくれた。

 こうして私達は、王の隠し子ジュリアンを連れて、オリバー村に戻ることになった。


「噂には聞いていましたけど、去年まで見捨てられた村と呼ばれていた村とは、とても思えませんね」


 オリバー村に到着し、馬車から降りたローゼマリーが言った。


「修道院まで噂が届いていたの?」

「はい。シスター達が、オリバー村に行ってラベンダー畑を見たいと大騒ぎでした。ラベンダー石鹸も使っていましたし」


(修道院にまでラベンダー石鹸が普及しているなんて、工房のみんなが聞いたら大喜びね)


 修道院は質素倹約が基本だ。ラベンダー石鹸より安い石鹸があるのに、ラベンダー石鹸を使ってくれているのだから、効能を実感してくれているのだろう。


「ところで、ジュリアン…ジュリアって大人しいわね。会ってからまだ一言も喋ってないわよ」

「ああ、ジュリアは私としか話さないので、気にしないでください。修道院でもそうでしたから」


 ジュリアンの心を開くのは、ヒロインの役目だ。


(余計なお世話はしない方がよさそうね)


 それから、ローゼマリーとジュリアンを部屋に案内した。ローゼマリーは私の部屋の隣。ジュリアンには、リルが使っていた部屋を使ってもらう。

 ローゼマリーの部屋に荷物を運ぶ。

 ドアが閉まった途端、ローゼマリーが言った。


「それにしても……。死ななくて良かったですね。お姉様」

「えっ?」

「夜逃げ回避と死亡回避だけじゃなく、領地改革まで成功させるなんて、さすがに思いもしませんでしたよ」

「あなた……まさか!」

「何か、おかしいと思ったことありませんでした?」

「……あっ! おにぎり!」

「他には?」

「もしかして、ポテトチップスもフライドポテトも、あなたが?」

「そうです。お父様やお姉様が借金の返済に奔走している間、あまりに暇で……。借金問題が暴露された途端、食事はパンだけになっちゃうし。そうしたら、どうしてもポテチが食べたくなっちゃったんです。じゃがいもと油さえあれば、ポテチは作れますからね。メイドと一緒に厨房で作ったんですけど、みんなも気に入ってくれました。ついでにフライドポテトも作ったりなんかして」

「作って食べたどころじゃないでしょ。あれ、平民の間でめちゃくちゃ流行ってるわよ。どういうことよ」

「じゃがいももタダじゃないですからね。市場で親しくなったおかみさんに交渉して、じゃがいもを貰う代わりに、ポテトチップスとフライドポテトの作り方を教えたんです。そしたら物凄く気に入って、露店で売るって言い出して……。名前も私が付けたんですよ。スティックポテトなんて、ぴったりの名前でしょ。あっ、それから、お店が繁盛したお礼にって、珍しいものをくれたんですよ」

「まさか……」

「お米です。たまたま会った外国の商人から買ったらしいんですけど、食べ方もよくわからないし、全然売れないからって。いや〜、鍋でお米を炊くって、ほんと大変でした。だけど、おいしかったでしょ?」

「泣くほどおいしかったわよ! それにしても、いつ前世を思い出したわけ? 全然気づかなかったわ」

「たぶん、お姉様と一緒ですよ」

「ということは……」

「お父様が、夜逃げするぞって言ったあの時です。すぐにわかりました。グランベール家。夜逃げするぞって台詞。おまけに、ローゼマリーなんて変な名前。普通ローズマリーでしょ。何がローゼマリーよ。ゼって何なのよ!」

「それを言ったら私もよ! 何がヴィオレットよ。普通ヴィオレッタでしょ!」

「作者さんのネーミングセンスだけは、いただけませんね」

「だけど、あなたあの時、『お父様、よにげってなあに?』なんて言ってなかったっけ?」

「あれはそういう作戦ですよ。夜逃げってなんですかぁ? 夜逃げってこわ〜い。夜逃げなんてやめましょうっていう」

「そんなの通用するわけないじゃない」

「あのお父様なら、案外いけたと思いますよ。あの時は、本当に焦りました。お父様もお兄様もお姉様もみんな死んじゃうなんて、さすがに嫌でしたからね。ひとまず夜逃げだけは回避しようとしたんです。そうしたら、お姉様が、物凄い勢いで、『夜逃げなんていけません!』って。お姉様も前世を思い出したんだって、しかも『春風の恋人達』の読者なんだって、すぐにわかりました」

「それなら、借金の返済に協力してくれたらよかったのに。すんごく大変だっんだから」

「それはダメですよ。10歳の私が借金問題解決しちゃったら、さすがにおかしいでしょ。それに、私には大事な使命がありますからね」

「そうよね。あなたは、この世界の主人公なんだから。……ということは、ジュリアのあれも知ってるってことよね」

「ああ、本当はジュリアンっていう男の子で、王の隠し子だってことですか?」

「そうそう」

「お姉様、気をつけてくださいね。私達は前世で小説を読んだから知ってるだけで、本来は誰も気づいていないっていう設定なんですから。それに、小説通りなら、お姉様はすでに死んでいて、ジュリアンに会うことのない人物なんですからね。そこのところ、よろしくお願いしますよ」

「わかったわ。だけど……。やっぱり修道院で暮らした方がよかったんじゃない?」

「そうなんですけどね。ただ、これ以上お父様を黙らせるのは無理でしょ。大事なのは、私とジュリアンの関係性ですから。そこら辺は、私が頑張ります。それにしても……。お姉様はすごいですね。夜逃げ回避だけするのかと思ったら、50億ゴールドの借金まで返して、おまけに、この村をこんなに豊かにしたんですから」

「ただ夢中でやっただけよ。あなたと違って、小説の冒頭で死んじゃう私は、自分がこの先どうなるかなんて知らないんだから。そういえば……。ジュリアンって、将来王になるのよね」

「そうですよ」

「待って! そうよ、それであなたは……」

「私は、未来の王妃です」

「おっ…王妃さま!」

「お姉様、私は立派な王妃になります。何代先になるかわかりませんが、この国を、くだらない身分制度なんてない、みんなが笑って暮らせる国にしてみせます。前世で暮らしていた日本みたいな、そんな国に。私の代では叶わないかもしれません。いえ、きっと叶わないでしょう。だけど、私は、必ずその礎を築いてみせます。見ていてくださいね、お姉様」

「ええ、見てるわ。約束よ、ローゼマリー」


 その夜、私達は、前世の話をたくさんした。好きだったアイドルとか、アニメとか、漫画とか、話は尽きない。もし前世で会っていたら、友達になれたかもしれないな。そんな風に思う。

 それから、ローゼマリーのベッドで、くっついて眠った。



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― 新着の感想 ―
[良い点] あ、良かった。妹連れ出した。
[一言] 身分制度は大事だよねぇ 身分制度があればとりあえず秩序は産まれるし、貴族は貧しい者への保護と施しの義務が生じる かまタクさんっていう有名なゲイのお兄さんも言ってた事だけど 「皆は自由や権…
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