あれの真相
リルが旅立ってから2週間が過ぎた。私と父は、アントワーヌ村、リプレット修道院の前にいる。
ラベンダー事業が軌道に乗ってから、父に再三言われていた。ローゼマリーを迎えに行きたいと。父の気持ちはよくわかる。私だって、そうしたいのは山々だった。
だけど、この世界の主人公ローゼマリーは、修道院で、王の隠し子ジュリアンと暮らさなくてはならない。様々な言い訳で父を納得させ、先延ばしにしていたけれど、リルがいなくなってしまったことで、父のローゼマリーに会いたい病は、抑えがきかなくなってしまった。
(仕方がない。先のことは、後で考えよう)
「お父様! お姉様!」
修道院の入口から、ローゼマリーが駆けてくる。少し背が伸びたものの、以前のローゼマリーと変わっていないことに安心する。
私たちに飛びついたローゼマリーは、開口一番こう言った。
「あの子も一緒に連れて行ってください」
ローゼマリーが指さした先に、ローゼマリーと同じくらいの背丈の、女の子が立っていた。
「そうは言ってもな、ローゼマリー」
「お願いします。ジュリアは、とってもいい子なんです」
(ジュリア?)
「ジュリア、来て!」
ローゼマリーに呼ばれて、女の子が、心もとない足取りで歩いてくる。
顔の半分以上を覆う漆黒の髪。分厚いレンズの眼鏡。
(この子、ジュリアンだ。女の子のふりをしているから、ジュリアと名乗っているのね)
ジュリアンは、燃えるような赤い瞳を持っている。この国で、赤い瞳を持っているのは王族だけ。瞳を隠すために、前髪を伸ばし、分厚いレンズの眼鏡をかけているのだろう。
「ローゼマリー、いくらなんでも、子供を勝手に連れて行くことはできん」
(もしかして……。ローゼマリーとジュリアンが一緒に暮らせるなら、修道院じゃなくてもいいんじゃない? 要は、二人の心が通い合えばいいんだから)
「お父様、連れていきましょう!」
「ヴィオレット、お前まで何を言っているんだ」
「私、ちょっと交渉してきます」
持ってきた寄付金に、念の為持ってきていた金貨を上乗せすると、シスターは、ジュリアンを引き取ることを快く了承してくれた。
こうして私達は、王の隠し子ジュリアンを連れて、オリバー村に戻ることになった。
「噂には聞いていましたけど、去年まで見捨てられた村と呼ばれていた村とは、とても思えませんね」
オリバー村に到着し、馬車から降りたローゼマリーが言った。
「修道院まで噂が届いていたの?」
「はい。シスター達が、オリバー村に行ってラベンダー畑を見たいと大騒ぎでした。ラベンダー石鹸も使っていましたし」
(修道院にまでラベンダー石鹸が普及しているなんて、工房のみんなが聞いたら大喜びね)
修道院は質素倹約が基本だ。ラベンダー石鹸より安い石鹸があるのに、ラベンダー石鹸を使ってくれているのだから、効能を実感してくれているのだろう。
「ところで、ジュリアン…ジュリアって大人しいわね。会ってからまだ一言も喋ってないわよ」
「ああ、ジュリアは私としか話さないので、気にしないでください。修道院でもそうでしたから」
ジュリアンの心を開くのは、ヒロインの役目だ。
(余計なお世話はしない方がよさそうね)
それから、ローゼマリーとジュリアンを部屋に案内した。ローゼマリーは私の部屋の隣。ジュリアンには、リルが使っていた部屋を使ってもらう。
ローゼマリーの部屋に荷物を運ぶ。
ドアが閉まった途端、ローゼマリーが言った。
「それにしても……。死ななくて良かったですね。お姉様」
「えっ?」
「夜逃げ回避と死亡回避だけじゃなく、領地改革まで成功させるなんて、さすがに思いもしませんでしたよ」
「あなた……まさか!」
「何か、おかしいと思ったことありませんでした?」
「……あっ! おにぎり!」
「他には?」
「もしかして、ポテトチップスもフライドポテトも、あなたが?」
「そうです。お父様やお姉様が借金の返済に奔走している間、あまりに暇で……。借金問題が暴露された途端、食事はパンだけになっちゃうし。そうしたら、どうしてもポテチが食べたくなっちゃったんです。じゃがいもと油さえあれば、ポテチは作れますからね。メイドと一緒に厨房で作ったんですけど、みんなも気に入ってくれました。ついでにフライドポテトも作ったりなんかして」
「作って食べたどころじゃないでしょ。あれ、平民の間でめちゃくちゃ流行ってるわよ。どういうことよ」
「じゃがいももタダじゃないですからね。市場で親しくなったおかみさんに交渉して、じゃがいもを貰う代わりに、ポテトチップスとフライドポテトの作り方を教えたんです。そしたら物凄く気に入って、露店で売るって言い出して……。名前も私が付けたんですよ。スティックポテトなんて、ぴったりの名前でしょ。あっ、それから、お店が繁盛したお礼にって、珍しいものをくれたんですよ」
「まさか……」
「お米です。たまたま会った外国の商人から買ったらしいんですけど、食べ方もよくわからないし、全然売れないからって。いや〜、鍋でお米を炊くって、ほんと大変でした。だけど、おいしかったでしょ?」
「泣くほどおいしかったわよ! それにしても、いつ前世を思い出したわけ? 全然気づかなかったわ」
「たぶん、お姉様と一緒ですよ」
「ということは……」
「お父様が、夜逃げするぞって言ったあの時です。すぐにわかりました。グランベール家。夜逃げするぞって台詞。おまけに、ローゼマリーなんて変な名前。普通ローズマリーでしょ。何がローゼマリーよ。ゼって何なのよ!」
「それを言ったら私もよ! 何がヴィオレットよ。普通ヴィオレッタでしょ!」
「作者さんのネーミングセンスだけは、いただけませんね」
「だけど、あなたあの時、『お父様、よにげってなあに?』なんて言ってなかったっけ?」
「あれはそういう作戦ですよ。夜逃げってなんですかぁ? 夜逃げってこわ〜い。夜逃げなんてやめましょうっていう」
「そんなの通用するわけないじゃない」
「あのお父様なら、案外いけたと思いますよ。あの時は、本当に焦りました。お父様もお兄様もお姉様もみんな死んじゃうなんて、さすがに嫌でしたからね。ひとまず夜逃げだけは回避しようとしたんです。そうしたら、お姉様が、物凄い勢いで、『夜逃げなんていけません!』って。お姉様も前世を思い出したんだって、しかも『春風の恋人達』の読者なんだって、すぐにわかりました」
「それなら、借金の返済に協力してくれたらよかったのに。すんごく大変だっんだから」
「それはダメですよ。10歳の私が借金問題解決しちゃったら、さすがにおかしいでしょ。それに、私には大事な使命がありますからね」
「そうよね。あなたは、この世界の主人公なんだから。……ということは、ジュリアのあれも知ってるってことよね」
「ああ、本当はジュリアンっていう男の子で、王の隠し子だってことですか?」
「そうそう」
「お姉様、気をつけてくださいね。私達は前世で小説を読んだから知ってるだけで、本来は誰も気づいていないっていう設定なんですから。それに、小説通りなら、お姉様はすでに死んでいて、ジュリアンに会うことのない人物なんですからね。そこのところ、よろしくお願いしますよ」
「わかったわ。だけど……。やっぱり修道院で暮らした方がよかったんじゃない?」
「そうなんですけどね。ただ、これ以上お父様を黙らせるのは無理でしょ。大事なのは、私とジュリアンの関係性ですから。そこら辺は、私が頑張ります。それにしても……。お姉様はすごいですね。夜逃げ回避だけするのかと思ったら、50億ゴールドの借金まで返して、おまけに、この村をこんなに豊かにしたんですから」
「ただ夢中でやっただけよ。あなたと違って、小説の冒頭で死んじゃう私は、自分がこの先どうなるかなんて知らないんだから。そういえば……。ジュリアンって、将来王になるのよね」
「そうですよ」
「待って! そうよ、それであなたは……」
「私は、未来の王妃です」
「おっ…王妃さま!」
「お姉様、私は立派な王妃になります。何代先になるかわかりませんが、この国を、くだらない身分制度なんてない、みんなが笑って暮らせる国にしてみせます。前世で暮らしていた日本みたいな、そんな国に。私の代では叶わないかもしれません。いえ、きっと叶わないでしょう。だけど、私は、必ずその礎を築いてみせます。見ていてくださいね、お姉様」
「ええ、見てるわ。約束よ、ローゼマリー」
その夜、私達は、前世の話をたくさんした。好きだったアイドルとか、アニメとか、漫画とか、話は尽きない。もし前世で会っていたら、友達になれたかもしれないな。そんな風に思う。
それから、ローゼマリーのベッドで、くっついて眠った。