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再会と別れ

 

(ここに来ることは、二度とないと思っていたんだけどね)


 ローゼンクランツ邸を訪ねた私は、あの日と同じ応接室に案内された。シャルルがすぐにやって来る。


「ヴィオレット!」

「ごめんね、シャルル。急に訪ねてきて」

「いや、会えて嬉しいよ。元気そうで安心した。エリーザも呼んだのだけれど、具合が悪いと言って部屋から出てこなくてね」

「いいのよ。今日はあなたに会いにきたの」


 私は、持ってきたそれをテーブルに載せた。

 それは、あの日シャルルがくれた1000シルバーが入っていた木箱。


「これを、あなたに受け取ってほしいのよ」


 蓋を開ける。中には、あの日シャルルがくれた箱いっぱいの銀貨の代わりに、箱いっぱいの金貨が入っている。

 シャルルの黄瑪瑙の瞳が、戸惑ったように激しく揺れた。


「ヴィオレット、これは受け取れない。僕には、そんな権利はないんだ。気持ちだけ貰っておくよ」

「いいえ、シャルル。あなたにはこれを受け取る権利があるわ。私がラベンダー事業を始められたのは、あなたがくれた1000シルバーがあったからなの。つまりあなたの1000シルバーは、私の事業の元手になったのよ。これはその配当金。あなたが受け取るべき正当なお金よ。このお金をどうするかはあなたの自由。ローゼンクランツ家の借金に充てるもよし、エリーザを連れてこの家を出るもよし。決めるのはあなたよ」


 シャルルは、両手で顔を覆った。


「すまない、ヴィオレット。僕は君を裏切ったのに……」

「そのことだけど……。シャルル、あなたもしかして、ローゼンクランツ伯爵に、私からエリーザに乗り替えろと言われたんじゃない?」

「君の言うとおりだ。グランベール家はもうダメだ。次はイングマール家から金を巻き上げるから、ヴィオレットを捨ててエリーザに乗り替えろと言われた。そうしなければ、妹達まで路頭に迷い、飢えることになると。そして、僕は君を裏切ってしまった。馬鹿だった。そもそも、グランベール家からの援助だけに頼り、贅沢に暮らしていたこと自体間違いだったんだ。僕が父を止めなくてはいけなかったのに、父と争うことが嫌で、見て見ぬふりをしてしまった。ヴィオレット、本当にすまなかった」

「シャルル、頭を上げて。遅かったけど、あなたはそのことに気がついたんだから」

「ヴィオレット。僕は、やり直せるかな?」

「借金50億ゴールドの私だってやり直せたのよ。きっと大丈夫。強い気持ちさえあれば、やり直せるわ」

「……ありがとう。ヴィオレット」


 シャルルの手の甲に涙が伝い、私はそれに気付かないふりをする。それから、そっと部屋を後にした。



 私たちがオリバー村に来てから、1年が過ぎた。

 ラベンダー石鹸は変わらず売れ続け、今では、一家に一つラベンダー石鹸があるのが当たり前になっている。

 貴族用に作った、ラベンダー石鹸とラベンダーバスソルトの売り上げも好調だ。商会が平民用の石鹸の5倍の値をつけたので、儲けが大きい。

 ラベンダー石鹸とラベンダーソルトがあれば、香油いらず。そんな文句が、貴族達の間で流行しているくらいだ。


 ラベンダー畑は少しずつ面積を広げていき、今では3倍の大きさになった。苗を植える度にリルが魔法をかけて、半永久的に育つようにしてくれる。

 その分刈り入れは大変だけれど、石鹸工房の作業員も大幅に増え、交代制で何とかやっている。

 時々、見かねたリルが、魔法で一気に刈り入れをしてくれたりする。だけど、リルにまた刈り入れをさせて、楽をしようとする人は、この村にはいない。そんなみんなが、私は大好きだ。


 それから、ラベンダー畑を挟んで、ペンションがあるのとは反対側に、宿泊施設付きのスパを作った。これは貴族専用だ。

 名付けてスパラベンダース。

 一日一組限定、最大1週間まで滞在可。ラベンダーオイルを使った極上のマッサージの後は、ラベンダーソルトを入れたお風呂にゆっくり浸かり、夕焼けに染まるラベンダー畑を眺めながら、お酒と食事が楽しめる、究極の癒しの場所。一日一組限定というのが貴族の虚栄心に刺さり、スパラベンダースは、3年先まで予約が埋まっている。


 ラベンダーオイルは、オリバー村でしか買えない限定商品にした。スパラベンダースの予約を取り、わざわざオリバー村まで来なければ手に入らない、幻のラベンダーオイル。宿泊客が大量に購入し、ばら撒かれるのを防ぐ為に、一度の宿泊で購入できる本数を5本までにした。ラベンダーオイルを手に入れたい貴族は、また必死になって、スパラベンダースの予約を取るのだ。


 それから、嬉しい来客があった。

 カトリーヌとアニエスが、自分達でスパラベンダースの予約を取って、オリバー村に来てくれたのだ。


「ヴィオレット!」

「カトリーヌ! アニエス!」


 三人揃うと、懐かしさで胸がいっぱいになる。


「今、王都で物凄い話題なのよ。運良く来られた人が最高だと触れ回るのに、なかなか予約が取れないものだから、誰が次にスパラベンダースに行けるのか、皆で競っているくらいなんだから」

「そうそう、私達もやっと予約が取れたのよね」

「連絡をくれれば、予約を取ったのに」

「それはダメよ。ヴィオレットを驚かせたかったんだから」

「それからね。私達、今日三人分の予約を取ったのよ」

「三人?」

「もう一人は、あなたよ。ヴィオレット」


 私が戸惑っていると、スパラベンダースのスタッフがこう言ってくれる。


「ヴィオレット様は、毎日駆けずり回っているんですから、一日くらい、スパラベンダースでゆっくりしてください」

「それじゃあ、お言葉に甘えることにするわ」


 ラベンダーオイルをたっぷり使った極上のマッサージで、とろけそうな気分になる。ラベンダーの香りで、張り詰めていた体と心が緩んでいく。

 それから、ラベンダーバスソルトを溶かし、ラベンダーの花穂を浮かべた大きなお風呂に、足を伸ばしてゆっくり浸かる。

 お風呂の後は、外に置いてあるリクライニングチェアに体を沈める。絶妙なタイミングで、ラベンダー炭酸水を持ったスタッフがやって来る。

 目の前には、夕日に照らされたラベンダー畑が広がっていた。


「ヴィオレット、噂通り、スパラベンダースは最高ね」

「本当よ。まるで夢心地だわ」

「ありがとう。私も最高の気分よ」

「それはそうと……。知ってる? シャルルのこと」

「……シャルルが、どうかしたの?」

「少し前の話なんだけどね。ローゼンクランツ家を出て、隣国に行ったらしいのよ。自ら除籍の手続きをしてね。エリーザも一緒みたい」

「……そうなのね」


(シャルル、無事にローゼンクランツ家と縁が切れたのね)


「それから、これは最近の話なんだけど……。そのローゼンクランツ家が、夜逃げをしたらしいわ。多額の借金を踏み倒してね」

「夜逃げ?」


 頼みの綱だったシャルルが居なくなり、にっちもさっちもいかなくなったのだろう。だけど、借金を踏み倒して夜逃げした先に、未来なんてない。


「ローゼンクランツ夫妻のことはどうでもいいけど、シャルルの妹たちはまだ小さいのに……」

「そうよね。今頃どうしているのかしら? 不安だろうに」

「せめて祈りましょう。シャルルの小さな妹たちが、無事でいるように」


 私達は、空に向かって祈った。シャルルの小さな妹たちに、未来が開けることを。

 いつの間にか、東の空は薄紫色に染まり、私達の思いに応えるように、星たちが、瞬きを繰り返してた。



 旧友との再会に喜んでいたのも束の間、悲しい出来事が起こった。

 リルが、村を出ていくことになったのだ。喧嘩別れした師匠の元に戻るのだという。


「リル、あなたのその小リスのような顔が見られなくなるなんて、私耐えられるかしら?」

「そうだぞぉ、リルゥ……うぅ……」


 父はさめざめ泣いている。村のみんなも淋しそうだ。


「オリバー村の居心地が良すぎて、一年もお世話になっちゃったけど、さすがにもう帰らないと。破門されたら困るし、師匠もいい歳だから、心配だしね。それに、これでお別れじゃないよ。またすぐに遊びにくるから」


 村長が言う。


「リルの言う通りだ。二度と会えなくなるけではない。しかし、淋しくなるのも事実。そんなわけで、リルの送別会を開こうではないか」


(村長、歓迎会とか送別会とか、ほんと大好きよね)


 観光客が来るようになってから、ペンションは休みなしで営業していたけれど、最近、月に一度定休日を入れようと決めた。スパラベンダースの定休日も同じ日だ。リルの送別会をする日は、その日に決まった。その日は村の商店も石鹸の配送も休みにしたので、村人全員が送別会に参加できることになった。

 ペンションの食堂に全員は入らないので、外でバーベキューをすることにした。これなら、コックも料理を作らなくていい。


 村長一家に、スザンナとケビンの親子。ジェシカとナタリーとマドレーヌの三姉妹に、石鹸工房の作業員。コックに給仕に従者。商店の従業員にスパラベンダースのスタッフ。それから、その家族たち。父とリルもいる。

 最初はたった13人だった村人。だけど、今は数えきれないくらいだ。


(私、やれたよね。オリバー村を、豊かにできたよね)


 みんなの笑顔を見ながら、私は、この上ない幸せな気分を噛み締めていた。



 次の日、リルは旅立っていった。途中までは、石鹸の配送の馬車に乗っていく。

 出発する前、リルに聞いた。


「そういえば、リルって、あれ持ってないわよね」

「あれって?」

「あれよ! 魔女のほうき! あれがあればひとっ飛びでしょ?」

「いや、無理」

「え?」

「リル、高所恐怖症だから」

「……ああ、そうなのね」


 馬車の窓から、リルが手を振る。私達は、馬車が見えなくなるまで、手を振った。



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