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前世を思い出しました


「ヴィオレット、ローゼマリー、今晩、夜逃げをするぞ」  

 

 父の言葉を聞いた瞬間、前世を思い出した。

 ここより遥か文明の発達した世界、日本という国で生きていた前世の私。

 それから……。


「お父様、よにげってなあに?」


 首を傾げている、まだ10歳の妹。

 ふわりとした桜色の髪。春の空のような水色の瞳。そしてローゼマリーという名前。


(間違いないわ)


 前世で私が読んでいた小説、『春風の恋人達』の主人公だ。

 伯爵令嬢として何不自由なく暮らしてきた主人公ローゼマリー。しかし、グランベール伯爵家は没落し、家族で夜逃げをするものの、その道中盗賊に襲われ父と兄と姉は死亡。居合わせた騎士に助けられたローゼマリーは、その後修道院に預けられ、暗殺から逃れるため女の子のふりをして身を隠している王の隠し子ジュリアンと出会い、愛を育んでいく……というお話だ。


(待って、待って、待って! その姉って私よね? それって、私今夜死んじゃうってこと!? 私まだ16歳なのに……。ダメよ! ダメ! 夜逃げなんて絶対ダメ!)


「お父様! 夜逃げなんていけません!」

「しかしなぁ、ヴィオレット。今月中に50億ゴールド返さないと、わしとエドワードは遠洋漁業の船に乗せられるし、お前たちもいかがわしい店に売られてしまうのだ」

「50億ゴールド? いかがわしい店? 一体何でそんなことになってるんですか!?」


 父と兄が顔を見合わせる。父が言った。


「実はだな、数年前から、我が家が所有するダイヤモンド鉱山で宝石が採れなくなってしまったんだ。それで新しい鉱山を隣国の商人から買ったんだが……」

「騙されて、宝石が採れない鉱山でも買わされたんですか?」

「いや……。実はな、鉱山自体なかったんだ」

「もしかして……、確かめもせずに大枚を払ったんですか?」

「ヴィオレット、隣国はな、ものすごぉく遠いのだ。それに、鉱山を購入さえすれば向こうで宝石を採って送ってくれると言うし……」


(あきれたわ。そんなあからさまな詐欺に騙されるなんて)


「我が家が経営するビクトワール宝石店は軒並み赤字続き。従業員の給料に店舗の維持費。屋敷の使用人にも給料を払わねばならないし、我々の生活にも金がかかる。最初はまっとうな金貸しに金を借りていたんだ。しかし金を返す当てがない。そのうち何処も貸してくれなくなったのだ。それで……」

「まさか、闇金に手を出したんですか?」

「そのまさかだ。闇金に金を借りたが最後、あれよあれよと利子が膨れ上がっていって……」

「気が付けば、借金50億ゴールドというわけですね」

「そういうわけだ」

「こんなになるまで、どうして話してくれなかったんですか!?」

「お前達は、亡き妻クラウディアの大切な忘れ形見。苦労をさせるわけにはいかん!」


(苦労させるわけにはいかんキリッとか言っといて、結局夜逃げする羽目になってるじゃない。おまけに、夜逃げしたら私達殺されちゃうのよ!)


 ここまで借金が膨れ上がる前に、何とかする手立てはあっただろう。騙されたとわかった時点で、ビクトワール宝石店を閉店して売却するなり、屋敷をどうにかするなりやりようはあったはずだ。

 だけど、父と兄は何の対策も講じずお金を借りられるだけ借り続けた。ただ流されるままに。


 頼りになる大好きなお父様とお兄様。ずっとそう思っていた。だけど、前世の記憶が蘇った今ならわかる。


(この人達、人は良いけど、頭の中お花畑のポンコツだわ)

 

 だけどそれは私も同じだ。今の今まで、こんな事態になっていることに気づきもしなかった。ただ父と兄が与えてくれる贅沢を、何も考えず、何も見ようとせず、あたりまえのように享受し続けていた。感謝すらせずに。


 7年前に亡くなった母の姿を思い出す。 

 背筋を伸ばし、いつも堂々としていたしっかり者の母。たぶんこの家は、母がいたから何とかなっていたんだ。

 ここまで来たら夜逃げをしたほうが楽だろう。盗賊に襲われるのはわかっているのだから、避ける方法はきっとある。だけど……。


 前世の記憶が蘇る。

 前世の私の父も、良い人だったけど頭の中はお花畑だった。頼まれるままに友人の借金の連帯保証人になり、そしてその友人は借金を踏み倒して逃げた。

 私と私の家族は、闇金から逃げながら貧しい生活を強いられたのだ。


(伯爵家の当主が借金を踏み倒して逃げる。そんなことになったら、どれだけの人に迷惑がかかるんだろう。前世の私の家族のように苦しむ人がどれだけいるんだろう。死んでしまうからだけじゃない。そうじゃなくたって、夜逃げなんて絶対にしちゃいけないんだ)


「お父様! 幸い今日は月初め。まだ1ヶ月の猶予があります。夜逃げなんてせずにやれることをやりましょう!」

「しかしな、ヴィオレット。今月中に50億ゴールドだぞ」

「そうだぞ、ヴィオレット、返せなかったら大変なことになるんだぞ」

「お父様! お兄様! まだ何もしていないのに諦めるのですか!? それでもグランベール伯爵家の当主と次期当主ですか? 二人とも……しっかりしなさい!」

「……クラウディア!」

「……母様!」


 父と兄は、キラキラした目で私を見ている。


「私はお母様じゃない!」



 それからは早かった。

 まず、国王宛に土地と屋敷を売りたいので許可が欲しいと手紙を送り許可を貰う。

 それから、不動産屋を呼んで屋敷と土地の査定。

 王都では、王城から近ければ近い程その土地の価値は上がる。この屋敷と土地は、まだダイヤモンド鉱山からばかばか宝石がとれていた頃の3代前の当主が手に入れたもので、王城に近い。より王城に近い場所に住み替えたいという貴族は多く、すぐに買い手がついた。

 それから、屋敷の装飾品に馬、宝石やドレス。ただ売っただけでは大した額にはならない。そこで屋敷でオークションを開催した。これがなかなかいい売り上げになった。

 あとは王都に3店舗ある宝石店の売却。

 王様の許可さえあれば売却できる個人の屋敷と違い、店舗は売却の手続きが面倒だ。そんな時はプロの手を借りる。宝石とドレスを売ったお金で腕の良い弁護士を雇う。店があるのはいずれも王都の一等地。すぐに高値で売却の目処がついた。

 それから、屋敷の使用人と宝石店の従業員と職人に退職金を払い、父に全員の紹介状を書かせた。

 最後はグランベール伯爵家が所有する領地だ。これは、以前から我が家の領地を欲しがっていた隣の領地の領主、ドレーゼン子爵に譲ることになった。   

 書面のやり取りで終わらせることもできたが、父は自らドレーゼン邸に出向き頭を下げた。「どうか、領地民のことを宜しく頼む」と。

 それが、グランベール伯爵家当主として父が最後にした仕事だ。父は伯爵の爵位を王家に返上した。


 そして月末。闇金に50億ゴールドを返す。

 それから、闇金に手を出す前にお金を借りていた金貸しにもお金を返し、我が家は無一文になった。

 宿無し、職無し、一文無し。


(お先真っ暗ね)


 だけど、不思議と絶望はしていない。

 私達はやりきったのだ。


「お父様、これからどうしたものかしら? 私たち家なしの無一文よ」

「それなんだかな。実は、家が一軒あるんだ。この屋敷とは比べ物にならないくらい小さい家だがな」

「家って何処にあるんです?」    

「オリバー村だ」

「だけど、領地はみんなドレーゼン子爵に渡したはずじゃ」

「それが、ろくに作物も採れない土地はいらないとドレーゼン子爵に突き返されてな」

「ということは、オリバー村は今もお父様の領地ということ?」

「そういうことだ。実はな、王に伯爵位を返しに行ったら代わりに男爵位をくれたんだ」

「つまり……?」

「つまりわしはグランベール男爵で、オリバー村はたったひとつのグランベール男爵領だ。そこでだ。皆で行ってみないか? オリバー村に」


 オリバー村。夏でも肌寒い気候で、ろくに作物が採れない見捨てられた村。

 だけど、私達は宿無し、職無し、一文無しだ。


「行きましょう! オリバー村に」



(あっ! その前に、やらなきゃいけないことが残っていたわ)


 もう、グランベール伯爵家の馬車はない。私が徒歩で向かったのは、ローゼンクランツ伯爵邸。  

 私の婚約者、いや、元婚約者の屋敷だ。



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