第四話
「あの、殿下。あの方は誰なのですか?」
「・・・ああ、エミリーは知らないか。あの者はザガード・マーシルンと言い、わたし達の同級生だった男だ。アレクシアの家の分家の出なのだが、あまりに優秀なので飛び級で卒業し、遍歴に出ていたのだ」
「遍歴に出る事が許されているとは、そんなに優秀だったのですか?」
帝国では遍歴に出る事が許されているのは、戦場で多大な功績をあげる事が出来た騎士か将来有望な者しか出来ないという決まりがあった。
「ああ、魔法でも剣術でも総合で一位だったのだ。ケントもギュンターも勝負して一度も勝った事がない程に強い」
エドワードがエミリアに説明するのを聞いて、ケント達も何も言えないのか苦虫を噛んだ顔をしていた。
ケントもギュンターもザガードが居る間、二位であった。
その為、同級生から『万年二位』と陰口を叩かれていた。
二人もその陰口をはねのけようと頑張ったのだが、どれだけ努力しようとザガードはその努力を嘲笑うかのように、難なく倒していった。
「その上、あいつは学生の時に、戦場に出ている。その時の戦で一万の兵をたった一人で壊滅させた。父上いや陛下はその時のザガードの功を称えて『万人敵』という異名を与えたのだ。その功績で飛び級が許されたのだ」
「そんなに強い人なのですか⁉」
エミリアは話を聞いて驚きの声をあげ、改めてザガードを見た。
どう見ても異名を持つ程の豪傑には見えなかった。
女性どころか男性ですら虜にしそうな美丈夫と言われた方が、まだ信じられた。
エミリア達が見ている間も、アレクシアは叫んでいた。
「あんたね、わたしが連絡を送ったのだから、遅くても次の日には来なさいよ‼ どうして、今日まで助けに来なかったのよ!」
「無茶を言うなよ。これでも急いできたんだぞ」
「あんたなら出来るでしょう!」
「流石に無理だ。連絡を受けた時は、俺は同盟国の大和皇国に居たんだぞ。これでも急いできたんだからな」
アレクシアからの文字盤から連絡を受けた時は、極東にある同盟国に居た。
急いで帝国へ帰還したのだが、アレクシアが処刑される所であったので、慌てて助けたのだ。
怒るアレクシアに宥める様に優しく声を掛けるザガード。
そう話していると、エドワードが声を張り上げた。
「ザガード、悪い事は言わない。その者と縁を切れ。さすれば、お前には円卓の騎士の地位を授けるぞ!」
エドワードがそう言うのを聞いて、ケントは初耳とばかりに目を見開かせた。
この円卓の騎士とは、帝国の中でも特に優秀な騎士に与えられる称号であった。
幾つもの戦場で多大な功績をあげた者だけに与えられる称号なので、滅多に授かる事は無かった。
現帝国内でも円卓の騎士の称号を持っている者は皆無であった。
ケントもその称号を授かろうと懸命に頑張り夢を見ていた。
その称号を宿敵と思っている者に与えると聞けば、衝撃を受けるのも無理ない事であった。
「・・・・・・」
エドワードの勧誘を聞いてもザガードは黙っていた。
そして、無言で腰に佩いている剣を抜いた。
装飾らしい装飾も無い諸刃の大剣で鍔も柄の部分も黒い染められていた。
刀身の部分は血のように紅かった。
その剣を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
一閃すると、ギロチン台が斬られた。
少しずつ横に動くギロチン台は、やがて落ちていく。
「わあああああっっ‼」
「逃げろ~~~‼」
ギロチン台の落下地点には市民が居た為、潰されない様に逃げ出した。
市民はパニックとなり何人か倒れ、そのまま踏み殺されている者が出て来た。
「貴様あああっっっ」
「申し訳ない。殿下、幼馴染をこいつを見捨てるとゴッドフリー殿に祟られそうなので」
エドワードの怒声を聞きながらザガードは詫びを述べた。
そして、アレクシアの拘束を解いていく。
「はぁ~、やっと自由になったわ」
「それは良かった」
アレクシアが身体を伸ばすのを見ながら、大丈夫そうな姿を見て微笑むザガード。
そんなザガードを見て、腹が立ったのか蹴りを見舞った。
「あんたがもう少し早く来たら、こんなめに遭う事は無かったのよっ。わたしが頼んだら、その日の内か翌日には来なさい!」
「それは済まなかった」
アレクシアが蹴りを見舞ってもザガードは笑っていた。
長い付き合いなので、照れ隠しで怒っているだけと分かっているからだ。
そんな余裕綽々な態度が気に入らないのか、アレクシアは強く蹴りだすがザガードは痛がる様子を見せなかった。
「ええいっ、ケント。ギュンター、あの二人を捕まえろ!」
「あ、ああ」
「了解した」
エドワードの命令に従い、ケントは剣を抜きギュンターは詠唱を始めた。
「・・・・・・このまま、此処にいれば面倒な事になるな。シア、逃げるぞ」
「そう思うのだったら、早くしなさい!」
向かって来るケント達を見てザガードがアレクシアに逃げると告げると、アレクシアは蹴り疲れたのか、息切れしながら叫んだ。
それを聞いたザガードは懐に手を入れると、其処から横笛を取り出した。
横笛を口付けて吹くと、綺麗な音色を出した。
「アオオオオオオオンンンンッッッ」
その音色に惹かれたのか、何処からか獣の遠吠えが聞こえて来た。
そして、ザガードたちの頭上を通り過ぎていった。
それが旋回すると、ザガードの側に降り立った。
その降り立った物は赤い鱗を持った飛竜であった。
翼を含めると全長十五メートルほどあった。
首の所には鞍が取り付けられていた。
「飛竜⁉ あの方は竜騎士なのですか⁉」
「その上、竜殺しでもあり魔物使いでもあるのだ」
飛竜を見て驚くエミリアにエドワードは詳しく話した。
ザガードが鞍に跨ると、アレクシアに手を伸ばした。
「御手をどうぞ」
「ふん」
アレクシアはザガードの手を取り、そして横抱きになった。
「エドワード。覚えておきなさい! 三年いえ五年以内には必ず復讐をしに来るわ! それまで、首を洗って待っていなさい!」
アレクシアが宣言し終えると、ザガードは手綱を操り飛竜の翼をはためかせた。
翼がはためく度に、周囲の建物を破壊していく。
そして、地から離れると飛竜は翼をはためかせて、何処かへと飛んで行った。




