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第8話

ゾフィと別れ、リタと兵舎に戻った。

「一歩も動きたくない。お腹すいた。何か買ってきてくれ」というので、俺は再び兵舎を出た。

魔力が減ると腹が減るのだ。


しかし困ったことに渡された財布の中身は何度見ても空である。

これで何を買えと?


兵舎を出て、俺は夕日に染まる町を、宛てなく彷徨う。

町の北方を見ると、巨大な女神像が見える。

南方守護の女神像。

女神像は、神聖国エルドリア建国神話に出てくる4人の女神の内一人をかたどっているらしい。

この世界の技術にしてはでかいよなあれ。

ちなみに、町が成立した理由は、あの像を建設するためだそうだ。

なので、この町の名前は女神像下町。

シンプルである。


さて、どうやってお金を手に入れようか。

もう夕方だし、今から日払いのバイトをしようにも遅い。

いや、お金はなくても食材は手に入る。

ここは港町だ。

海に行こう。


海に向かう途中、色々な人々とすれ違う。

道には荒くれ者や騎士が多い。

戦争直前の町といった感じか。

子供はうろつけない雰囲気だ。

こんな道でも、邪神全盛期の俺ならば、道の中央を頑として通っただろう。

あの頃の俺は強かったし、プライドの塊だったなあ。


が、日本でニートとして生きた過程で完全に牙を抜かれてしまった。

今やプライドなんて吐いて捨ててやる気概を持つに至っている。

喧嘩は時間の無駄だし、疲れる。

平和が一番だ。


少し歩くと砂浜に到着した。

波の音が心地よい。

ちらほらとカップルが戯れているのが見える。

ここはダーボンの砂浜と呼ばれている。

白砂が美しい砂浜でカップルに人気だ。


同時に一番西方連邦に近い岬の隣で、一番に戦場になるらしい。

ここが、最前線になる。

エルドリア軍と西方連邦軍が真正面からぶつかり合う。

美しく白い海岸が赤に染まる時が来るのだろうと思うと、ちょっと切ない。


……それにしてもどのカップルも何というか筋骨隆々だ。

女性も引き締まっている。

まあいいか。


「さて」


頭の中で、リタとの会話の回路を繋げる。


『――闇の炎よ全てを燃やせ、の方が良かっただろうか。いや、抱かれて死ね、か?』

「リタ」

『んぎゃああ! 急に話しかけてくるな!』


どうやらお取込み中だったようだ。


「ごめん、魔法陣の詠唱、もう変えれないんだ」

『な、何の話……ってええ! 本当か! い、いや別に何でもいいがな!』


虚勢を張るが、少しショックを受けたような声。

さっきの詠唱も今のもどっちも痛いけどな、という感想は伏せる。


『……で、何か問題でも起こしたのか?』

「いや、ちょっと食材を手に入れたい。もう少しばかり魔力を分けてくれない?」

『え、魔術を使うのか? 暴力で奪うんじゃないだろうな!』

「俺は邪神だけどそこまで荒れてない」

『……まあ、何にせよ、今も結構だるいからまだ回復してないと思う』

「ほんの少しに調節するから、詠唱よろしく」

『少しだけだぞ』

「ああ、先っぽだけ」

『先?』


俺は回線を切った。

少し待つ。


「来た来た」


あの魔法は遠距離でも問題なく作動する。

俺の体内に魔力が流れ込もうとする。

必要最低限だけ貰う。

残りは返却。


ゾフィには言ってなかったが、魔力を受け取る量は俺自身で調節が可能だ。

なので、魔法も低級の魔術に変化させれば実は連発できる。


俺がゾフィの前で使ったのは雷属性の上級魔法『稲妻フェブリス』だ。

一発でリタは魔力の7割は消費してしまう。

しかし中級魔法であれば10発以上、初級であればさらに行使できる。


こんな俺でも一応世界を統べた邪神様であるから、

レベルの低い魔法にもちろん明るい。

レパートリー次第で、魔導士は自分より才のある魔導士を圧倒できる。

魔術は使い方ひとつなのだ。


ゾフィに対して、俺は抑止力にはならないと言った。

だが、もしこの砂浜に敵1000人が上陸してきたら、

敵を大規模火力で一網打尽とかは難しいだろう。

しかし、一対一の連戦に持ち込み、効率のいい初級魔法を駆使し時間さえかければ、

全滅近くまで追い詰める自信はある。

かつては一人で一万、十万を相手していたのだ。

召喚獣になったとはいえ1000人程度余裕である。


なんて考えながら、今回は初級、上級の100分の1の魔力を消費して魔法を使う。


靴を脱いで、裸足になる。

足に波がかかる程度に海に入る。

屈んで、人差し指を水面につけた。


「おや?」


そこでふと、目線を感じた。

目線の方を向くと、少女が居た。

10歳にも満たないくらいか。

赤い髪、小さな角、肌の一部が爬虫類のようになっている。

この町では初めて見た。

魔族だ。


「?」


誰だろう。

近所の子供か?

じっと見つめあっていると、先に口を開いたのは少女だった。


「お兄ちゃん、ここの人?」


この町の人、ということだろうか?


「いや、違うけど?」

「じゃあ、どこの人?」

「ちょっと遠くの国さ。あんまり見ない顔立ちだろ?」

「うん」


少女の表情からは何の感情も見受けられない。

警戒しているようでもないし、興味深そうでもない。


「……何か用?」

「ううん」

「用が無いなら、ちょっと離れてくれる?」

「なんで?」

「危ないから」

「なんで?」

「魔術を使うから」

「なんで?」


なんでなんでって、お前は面接官か。


「魚を捕まえるためだよ」

「魔術で捕まえるの? どうやって?」

「こうやるのさ」


そう言って、俺は少女の脇を抱える。

運んで、水際から遠ざけてやる。

彼女を安全な位置まで置いて、再び波打ち際に戻る。

そして、人差し指を水面につける。


麻痺パラリシス


バチッと爆ぜるような音。

電流を放つ初級雷魔法である。

走っている敵に使えば、足がもつれる程度に痺れさせる


そして魚に使えば、立派な漁になる。

魔法発動とともに水面で小さな魚が跳ねた。

それを皮切りに、バシャバシャと大小さまざまな魚がはねた。

そしてすぐに動かなくなる。

規模は極限まで絞ったが、100匹以上の魚が水面にぷかりと浮かんだ。


「こうやってね」

「おおおー」


抑揚のない声で少女は手を叩いた。

超簡単な魔術だが、実にスマートな魔力の使い方だろう?

ふふん。


よし。

これで魚料理でも作ってやれば、リタも喜ぶだろう。

しかも上手いものを食うと、魔力の回復も早い。


帰ろうと思ったが、少女が「もう一回!」とうるさかった。

なので何回かパチパチやってやる。

その都度少女は拍手してくれた。

つい気分が良くなって、

気づいたら大量の魚が手に入っていた。


……やべえ取り過ぎたかも。

漁協組合とかに怒られないよな?


「凄い凄い!」

「だろう? ……でもそろそろ帰らないとだ。お前も親御さんに怒られるぞ?」


夕暮れが過ぎ、日没が近づいていた。

こんな時間に一人でほっつき歩いてたら人攫いに会うかもしれない。


「あたし、親居ない」

「そうなのか?」


孤児なのだろうか。

なんにせよ、孤児院の人が心配するのではないか。


「まあ、帰らないといけないのは変わらないぞ。

 家は近くか?」

「ううん。とっても遠いよ。お兄ちゃんと同じ」

「そうなのか? 家まで送ってやろうか?」


どれほどの距離かは分からない。

しかし遠いというなら日没は過ぎてしまうだろう。

一人で帰らせるのは危険だ。

だが、少女は首を縦には振らなかった。


「だいじょうぶ」

「え、本当に?」

「うん」

「怖い人とかに会うかもよ?」

「あたし強いから」

「え、えぇ?」


少女は小さい。

悪いが、強いようには全く見えない。

ど、どうしよう。

無理にでも送ってやるべきか?

いや不審者に間違えられるかもしれないし、リタも待ってるし。

まごまごしていると、少女ニコリと笑った。


「なんか優しいね」

「あん?」

「じゃあね」


手を振ると。

少女は波打ち際まで近づき、そのまま海へと入る。


「おいおい、どこ行くんだよ」

「帰るの」


次の瞬間、信じられないものを見た。

少女がドボンと海に飛び込んだのだ。


「!?」


おい、そんなことしたら溺れるぞ!

慌てて少女を追いかけ、飛び込んだ場所へバシャバシャ入る。

しかし、


「どこ行った……」


どこにも少女はいなかった。

彼女は魔族だった。

であれば陸地が生息地でない可能性もあるのか。

だが、海に住む魔族は聞いた事が無い。

海は魚人と海人の縄張りだ。


「……」


いや、もしかすると魔人では無かったのかもしれない。

まだ子供だったし、成体にならないと特徴がでないとか。

予想でしかないが、そう考えるほかなかった。

俺はその場で、しばらくの間呆然としていた。


「ん?」


しばらくして、やけに周りのカップル達に見られていることに気づいた。

白い目、というやつだろうか。

俺、なんかした?

少女を海に突き落とした様に見えたとか?


「ごらああああ! 誰の許可取って漁してんだああ!」


と思ったが、みんな地元の漁師だった。

魔術をつかった漁が乱獲に見られたか。

俺はダッシュで帰宅した。


海の男に海の女。

どーりで体つきが良かったのね。

カップルかと思ったわ。


帰るころには、少女の事は忘れていた。


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