第7話
案内されたのは町はずれの小さな詰所であった。
詰所は二階建ての石造りの建造物だった。
中に町の治安を維持する騎士達が控えているらしい。
この裏に修練場はあった。
修練場は小学校のグラウンド程の広さだった。
騎士だけで使うには広いので、騎士見習いも使うことができる。
奥の方で数人の騎士らしき精悍な男たちが、トレーニングに励んでいるのが見える。
危険な実験になるが、遠ざかれば問題はない。
「リタ、お前魔法って使えないよな?」
「? 騎士なんだから使えないに決まってるだろう」
「じゃあ魔力を扱うのも無理だよな……よし。ちょっと体貸してみ」
そう言うと、俺はリタの右腕に戻った。
吸い込まれるように右手に消える俺を見て、ゾフィが息を漏らした。
召喚獣が主の体内に戻る瞬間を、見た事が無かったのだろう。
その後ものの数分で、再び顕現する。
「アズマ、何をしたんだ?」
「少し体をいじった」
「はあ? ……変なことしてないだろうな!」
ゾゾッとした様子で両腕を抱えるリタ。
「ビビるようなことはしてない。リタ、お前の中に一つ魔法を仕込んだ。これでお前も魔力を俺に送れるようになったはずだ」
「魔力を送る?」
「そうだ、召喚獣は召喚術者から魔力の供給が必要だ。でもお前はできないだろう」
「発動したらわたしの体がバラバラになったりしないか!」
「邪神だけどそこまで邪道じゃねえよ。そんな事できるならもっと前にやってるわ」
「ならいいが……」
警戒の表情を崩さないリタを安心させるべく、説明を加えてやる。
「ああ、どうやら俺はお前に召喚され、体を奪えなかった時点で服従の契約を組み込まれてしまったらしい。
……お前自分で召喚魔法陣書いたんじゃないの?
わかるだろ?」
「あ、あー。
そういえばそんなのも書いたかもしれない。
……無理矢理加えたから意味ないと思っていたが」
「よかったな意味あって。
そんなことより、さっきの続きだ」
俺が彼女の体をいじった、とはどういう事か解説しよう!
本来、魔力の扱いに心得のある魔導士なら、
魔力を召喚獣に送ることくらい呼吸と同じようにこなせる。
しかしド素人の彼女には不可能だ……というのは、先程説明済みだ。
なので、彼女の体に魔法陣を仕込ませてもらった。
魔力を体内から集め、紋章に送る魔法だ。
紋章は俺の体と繋がっている。
紋章に魔力が供給されれば、すなわち俺にも供給されるというロジックだ。
この過程を踏まないと、俺は魔法を使えない。
「分かったか?」
「ああ、分かった」
話を聞いて、ようやくリタは納得した。
「で、魔法発動にはスイッチをオンにするパスワード……鍵が必要になる。鍵とはつまり詠唱だ。
言葉は日常に使う者でなければ何でもいい。何か考えてくれ」
「詠唱? 何でも自由なのか?」
「ああ」
「じゃあ、ちょっと待ってくれ」
「ああ」
リタは顎に手を当て、あーでもないこーでもないとブツブツやりはじめた。
そこから詠唱を完成させるまでに30分掛かった。
考え終えた彼女の表情は自信に満ちていた。
「随分長かったな。
んで、なんにしたの」
「ああ、『闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ。今、邪神紋章を通じ冥界の屍に力を』で頼む」
「お、おう」
イタい。
なるほどこの子は厨二ちゃんだったか。
そういやリタも年頃だし、年長者として、温かい目で見守ってやるべきか。
「なんだその目は! わたしが考えた詠唱がそんなに変か!」
「いえ、かっこいいと思いマス」
「そうだよな!」
顔を真っ赤にして噛みつく様子が実にかわいい。
ニヤつきながらもう一度右手に戻り、彼女の詠唱を魔法に組み込んだ。
「よし、じゃあ実験開始だ。さっきの詠唱を唱えてみてくれ」
「分かった」
そういうと、リタは右手を眼前に掲げた。
左手は右腕に添えられている。
邪眼発動のポーズだ。
別にそんなポーズしろとは言ってないんだが。
「闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ。今、邪神紋章を通じ冥界の屍に力を!」
うん。
本人がすっごい楽しそうにしてるから口にはできないが、叫ぶとさらにイタい。
人の目がある場所でよく言えるわ。
これは数年後、確実に黒歴史になるな。
今日という日が封印されし記憶になる日も遠くはない。。
しかしイタさと魔力の成否は関係なく、魔法は無事発動した。
邪眼紋章が怪しく光りだす。
「はあっ!! いっけえええええええ!」
そして、リタは右手の平を俺に向けた。
楽しそうだ。
紋章を通じて魔力を俺に供給される。
魔力が一本の線となり、体内へと流れ込む感覚を感じる。
「ふむ」
体を巡る魔力。
そしてリタの魔力を練る。
これは魔術をより高威力にするため、自身の気とかチャクラみたいなのを混ぜる行為だ。
この工程をいかに早く正確に行えるかで、魔術の腕が試される。
勿論飛ばしてはならない。
よし、十分練れた。
そこで魔力をエネルギーに変換。
自然界に影響を与える。
指を目つぶしの形にする。
指の先に、エネルギーが集中するのをイメージする。
俺は指を空に向けた。
……すると、暗雲がどこからともなく立ち込める。
あんなに明るかった空が、一瞬で暗くなる。
まるで夜だ。
完成した積乱雲はゴロゴロと唸った。
横で、リタとゾフィが呆然としているのが見える。
「稲妻」
直後。
バリバリバリィッ低く重い轟音。
同時に俺の指と頭上の雲の間に、巨大な光の柱が生まれた。
ただの落雷である。
「きゃあ!」
「おおおおお!」
ゾフィが悲鳴を上げ、リタが感嘆の声を上げる。
それは一瞬の出来事。
しかし記憶に刻まれた轟音と、熱気が威力のすさまじさを語った。
光が消えると同時に、雲は霧散した。
「よし」
魔法『稲妻』、発動成功である。
空中に浮遊する魔物の迎撃などに仕える電撃魔法だ。
対空攻撃用だな。
地表に目標物が必要ないので選んだが、人間でこのレベルの魔法を使える奴はほとんどいないだろう。
少なくとも、俺が知っているこの世界の魔導士はほとんど使えない。
それをこうもあっさりやってのければ、只者でないことは認めてもらえたのでないか。
そう思ってゾフィを見る。
ゾフィは驚愕の表情で、稲妻の軌跡をじっと見ていた。
俺を馬鹿にしていた奴が真の実力を見せつけられ驚くその顔。
それだよそれ、その顔が見たかった。
悪の幹部の気持ちが分かったというもんだ。
「……これなら敵の一個大隊は壊滅させられるわね」
「フハハ」
「本当にただのヒモ男じゃないの?」
「そもそもヒモ男じゃない」
……あれ、じゃないよね?
急に不安になってきた。
確かに働いてないし、養ってもらってるし。
あれ、俺ってもしかしてヒモ?
衝撃の事実に驚愕していると、ゾフィが肩をつんつんとつついた。
「ねえ、もう一回見たいわ。もう一回」
「それは無理だ」
「どうして」
「リタを見ろよ」
俺につられて、ゾフィがリタに目線をやる。
彼女は顔面蒼白でふらついていた。
「ふえぇ」と目は渦巻きを作っており、いまにも倒れそうだ。
「リタっ!」
「だ、だいじょぶ」
ゾフィがリタに駆け寄り、体を支える。
魔力の枯渇。
体内で生成する魔力が限界に近づくと、貧血に似た症状が出る。
七割も消費すると、すべての生物がぶつかる現象だ。
魔力をすべて消費すると、悪化しぶっ倒れる。
リタは軽度っぽいので気を失ったりはしないだろう。
では、直接魔術を行使していないリタがなぜこうなるのか。
考えなくても分かることだ。
術者は召喚獣を使役する。
説明した通り、その際魔力を消費するのは召喚術者だ。
その消費した魔力が、多すぎたと言うことだ。
リタの魔力量は中規模魔術一つの行使で魔力切れになってしまうレベルなのだ。
彼女の魔力は少ないわけではない。
人間としては平均的だ。
ただ、俺の燃費が悪く、使う魔術が派手なので、不足してしまう。
この世界では魔術の規模や威力に応じて、分類がある。
火、水、木、雷、土、風、聖など種別の分類。
初級、中級、上級、超級、魔級という威力、規模の分類がある。
さっきの魔法は雷魔法の上級に相当する。
上級でほとんどの人間の魔力は一杯一杯だ。
超級、魔級は人間一人で使用することは不可能と言われている。
特別な才能が無い限りな。
ちなみに俺の全盛期なら超級、魔級も連発が可能だった。
魔力量が多かったからだ。
リタはそうではない。
元の魔力量とリタの魔力量の差の分、俺は弱体化したのではないか。
これを調べたかった。
そして分かった。
仮説は間違っていなかったと。
俺はゾフィに代わりリタの肩を支え、木陰に連れていく。
そこにリタを下す。
腰を落ち着けると幾分気分がましになったようだった。
それを見てほっとする。
ゾフィはそんなリタを見ながらつぶやいた。
「凄かったわね。本当に」
「どうも」
「でも邪神かどうかなんて、分からないわ。
神話に出てくる滅びの神。
そんなのが本当に目の前に居るかどうかなんて、魔術一つで信じられないもの」
「そうか」
「でも、あれは尋常じゃない魔術よ。
つまり、あなたは邪神じゃないにしても、何かとんでもない化け物だって事は分かったわ」
「そういう認識で全然いいさ。
コケにされてムキになっただけだし。
それに、リタの親友には色々知っといてもらわないと後々説明するのは面倒だと思ったからな」
ただヒモニートじゃない事とか。
ついでに、俺が強制されてリタと同居している召喚獣という事とか。
そう、俺はほかに住まいが無いから同居しているのだ。
断じて、下心は無い。
同棲ってこんな感じなのかな、うふふとか思ってないぞ。
「でもこれであんたの危険性も分かったわ。
その力、リタには使わないわよね」
「主人が死ねば俺も死ぬ。それは無理だ」
「ふぅん。あと、あっちの意味でもその子にちょっとでも手を出したら本気で斬るから」
リタは鯉口をチャキンとならす。
安心して欲しい。
これからしばらく一緒に生活する相手と気まずくなりたくはない。
なので、「どういうことだ?」と朴念仁系主人公風に否定する。
するとゾフィは興味を失ったように俺から視線を外し、リタに向いた。
「……それよりも、リタ。あんたが召喚した召喚獣を侮ってしまって、ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るゾフィ。
リタは手をパタパタ振って否定した。
「いいんだ。ほんとに弱そうだし」
「弱そうでも、実は魔術使えるし、知性ある生き物を召喚できたことは偉業よ。
私も嬉しいわ。おめでとう! リタ!」
「ありがとうゾフィ」
「ふふ。これで騎士が魔術なんて無理って馬鹿にしてたやつらを見返せるわね」
「ああ」
ゾフィはリタの手を取った。
リタも体調が悪そうなので表情は優れないものの、素直にうれしそうだった。
今までの研究が実ったのは確かに喜ばしいな。
てか魔術の趣味、やっぱ馬鹿にされてたのか。
「でもこの男は危ないわ。どうするの? 契約は切らないの?」
「う、うん。せっかく召喚したし、放置したら生きていけなさそうだし。
しばらくは家で飼おうと思う
元の世界に帰すまでだが」
おいおい、俺はペットじゃねえぞ?
扱いに困っても山に帰すとかしないでよね?
「そう。なら油断してはだめよ。男は皆ケダモノのクズよ」
「大丈夫だ。召喚獣は絶対に主人を裏切れない」
「寝ている間とかも有り得るわ。注意しなさい」
ゾフィはぎろりを俺を睨んだ。
「……じゃあ、わたしは帰る。アズマ、リタをちゃんと家まで送ってあげなさい」
「リタと予定組んでたんじゃないのか? 俺どっか行くし暇なら家によれば? 許可するのはリタだけど」
「結構よ、元々予定他の予定があったし。
じゃあ、またどこかで会いましょう。……またね。リタ」
「ああ、今日は行けなくてすまない」
「このヒモが悪いのよ。気にしないで」
ニコリと笑うと、ゾフィは踵を返し修練場を後にした。
初対面なのに過激な女だったな。
しばらくは会いたくないもんだぜ。