第5話
一週間が経った。
こちらでの久しぶりの生活にも慣れてきた。
が、それはあくまで俺の話であって、リタはそうでもなさそうだ。
この一週間、俺とリタはほとんど口を聞いていない。
リタが俺を避けていたからだ。
以下、きょう夕方の会話。
「おかえり」
「!!?? ……た、ただいま」
これただのあいさつか。
いや、気持ちは分かる。
一人部屋で悠々自適に過ごしていたところに、いきなり独身の男が住みだしたら、居心地が悪いだろう。
貞操の危険も感じるだろうしな。
下手に接近して追い出されたくないので、現状そっとしている。
リタは午前中から夕方にかけて、騎士としての訓練を受けるためにどこかへ行く。
朝食を食べ、昼はどこかで済まして夕方は家で食べている。
その間俺はずっと家にいる。
日中はリタの本を借りて調べ物をしたり、フィギュアを眺めたりする。
残りの時間はぼーっとしている。
そして夕方には「あれ、俺今日誰とも話してなくね?」となる。
…………。
孤独には慣れている。
でもさ、この世界には家族も友人も娯楽もないんだぜ?
刺激が欲しいよね。
せめて、同居人のリタとは会話くらいしたい。
そう思った俺はきっかけを作るため、夕食を作ってみたり、フライパンとお玉で「リタ起きなさい! いつまで寝てるの!」をやってみた。
結果は引かれるだけだった。
辛かったので俺は酒を飲んだ。
ねだったら財布のお金を使ってもいいと言われたのでそれを使って呑んだくれた。
ああ、何とか仲良くなれないかなー。
勝手に召喚したんだから、話しかけるくらいしてくれよ。
ネグレクトだよ。
と思って今日も飲み屋に向かう。
で、ある日朝気が付いたら、
……リタの財布が空っぽになっていた。
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魔道具と文献だらけの兵舎の一室。
俺たちは魔法陣上に置かれたテーブルで向かい合いようにして座っていた。
現在、リタは憤怒の形相だ。
原因はもちろん……財布だ。
「なんだこれは、と言っている」
「ははあ、財布ですね」
「知っている! ここには私の一週間分の賃金が入っていたはずだ。どこに行ったのだ!」
バンッとテーブルを叩かれる。
コップが倒れ、俺のズボンが濡れる。
「……ふむ。匂うな」
「すみません」
「酒の匂いだ」
リタがギリギリっと歯を食いしばるのがわかった。
ブチギレである。
話すきっかけができてラッキー……と思ったが、これでは距離がますます離れてしまう。
「……コップの中身は?」
「お酒です」
「貴様! わ、わたしの一ヶ月の賃金を、たった三日で消費するなんて。一体どういう肝臓と頭しているんだ!!!」
床には10個以上の革袋。
中には質の悪いワインが入っていた。
全部飲んだが。
「だ、だってこのからだ肝臓の調子がいいんだ。飲めるなら永遠に飲んでいたい。お前にも気持ちがわかるだろ」
「わたしはまだ未成年だ!」
「ほぼ大人じゃん……ぐえええ」
襟元をつかまれ締め上げられる。
ぐ、くるじい。
どういう腕力してるんだ。
「償え! 私の給料!」
「いや、本当にすまん! 兵士の給金ってもっとあるもんだと思ってた。それがこんなに少ないだなんて思ってなかったんだ!」
「煽ってるのか! 見習いはこんなもんなんだ!」
ぶん投げられて、壁に激突する。
「ひでぶっ」
星が飛ぶ。
俺を投げた少女はわなわなと震えていた。
「働け! 同じ額返すまで帰ってくるな!」
「ははあ、申し訳ございません。必ず返しますので」
「フンッ! 絶対返すんだぞ!」
俺は頭を地面にこすりつけた。
昨日はつい飲みすぎてしまった。
前世は酒も十分に飲めなかったし、人の金で酒を飲むことに躊躇が無くなっていたからなあ。
我ながらクズだなあ。
転生モノの小説では、クズニートな主人公が心機一転生活を改めるが、
クズはクズである。
そう簡単に性格は変えられない。
俺と酒は離せないのだ。
しかしニートを雇う余裕は薄給のリタにはない。
なのに一か月分の金を吹き飛ばしたのは痛手である。
仕方ない。
稼ぐ方法考えないとな。
力なく部屋から出ようとすると、ドアがノックされた。
「お客さんですよリタさん」
「……開けてくれ」
「はいよ」
開けると、そこに居たのはキリッとした顔立ちの少女であった。
頭の上には小さな猫耳。
獣人である。
あと乳がでかい。
リタよりも少し年上だろうか?
いや年齢とバストは必ずしも相関しないか。
「はじめまして、騎士見習い。ゾフィ・グレイヒムと申します。……あなたは」
「アズマと申します。邪神です」
「じゃ……? はじめまして」
ゾフィは可憐な騎士風の挨拶をする。
「知り合い?」
「親友だ! よく来たなゾフィ!」
「久しぶりね!」
女子特有の久しぶり~!キャッキャッをやる二人。
どうやら知り合い同士らしい。
しばらく騒がしく再会を喜んだ後、ゾフィがリタの手を取った。
そして玄関へと向かう。
どこかに行くのか?
「久しぶりの休日ね! 楽しみましょう!」
そういえば今日は日曜日。
この世界でも神様の休日は日曜日である。
年中無休で休日の俺は忘れていた。
何か約束をしていたのだろうか。
「じゃあ、予定どおりショッピングよ!」
「あ、ああ。それなんだが……」
「どうしたの?」
「お、お金が……」
ちらりと空の財布を見るリタ。
「お給料日過ぎてまだちょっとでしょ?」
「そうなんだが、この男が色々とやってくれてな……」
えっ? とゾフィとやらが俺を見る。
じろじろと上から下まで。
そして何かに気づいたように、「ヒモか……?」と呟いた。
紐?
ヒモ?!
「リタならいつか悪い男に引っかかると思っていたけれど……」
「え?」
「顔がちょっと良いだけのこういう男は、一番危険。中身もペラペラよ?」
気が付くと剣は俺ののど元に。
いつ抜いたの?
全く見えなかった。
この女、只者じゃないぞ。
「騎士の給与は国に仕えた名誉の証。乙女の処女は愛する夫のためのもの。リタの純粋さにつけ込むだなんて、恥を知りなさい。今斬られるか………外で斬られるかよ」
「いやいや。お金の話しかしてないよね。どうして処女なんてワードが出る!」
「黙りなさい」
悪い奴は必ず殺す。悪即斬って顔をしている。
このままでは殺られる。必死の説得を試みた。
「誤解だ。半分間違ってる」
「誤解する余地はないわ。半分あってるんじゃない」
「半分はでかいぞ。つまり50パーセントで俺は悪くない。50パーセントの確率でお前は無垢な市民を殺すことになる」
「どういう論理よ」
首に、剣が食い込む。
肌が鋭利な刃に負け、出血するかしないかの瀬戸際。
俺が言ってもどうにもならなそうだ。
俺はあわあわしているリタを見て、援護を要請する。
そこでようやく、リタが止めに入る。
「ゾフィ! アズマが言っていることは本当だ! 悪いことはしたが、さすがに殺すほどの事はしてない!」
「その悪い事とは?」
「あ、ちょっと痛い! 剣を押し付けないで!」
もうこれ血出てるよね!
「あわわ! いや、待て待て! よく考えると大したこと無かったかな~。
なんて。うん、悪くないな! アズマ全然悪くない!」
「……どういうこと? このヒモ男に財産も処女も奪われたんじゃないの?」
「処女?! わ、わたしはその男の女ではないぞ!」
マジギレしながらリタが叫ぶ。
そして、ようやく冷静に、事の顛末を話すのだった。