最終話
西方連邦最強で最狂、エリートであり厄介者の集まりといわれる兵団とは。
「邪神隊」である。
その名の通り、西方連邦が召喚した「服従」の邪神、ダークマリーが組織した、
死刑囚、傭兵、没落貴族の騎士なんでもござれの集まりだ。
烏合の衆ではなく、能力だけをフィルターに選ばれた500人だ。
おのおのが自分勝手で自由気ままで荒くれ者だ。
なので、本来ならば一か所に集い、背中を預けあう事はないはずなのだが
……ビブリアへ至る道をまっすぐ進む彼らの足取りに一切の乱れはなかった。
黒の甲冑に身を包み、ザッザッと更新する姿は誰もが惚れ惚れするであろう。
異様なのは彼らだけではない。
率いる人間はさぞ統率力に優れた男なのだろうと想像されるが、違う。
「服従」の呪文で兵士を動かしていたのは、一人の少女だった。
「あれが、邪神ダークマリー? 子供じゃない」
俺達は行進する軍団から見つからない場所から、彼らを除いていた。
ゾフィは先頭をかったるそうに歩く少女を見て、目を丸くする。
赤い髪、小さな角、肌の一部が爬虫類のようになっている。
「あいつか……」
いつしか、魚を乱獲した時にであった女の子だ。
あの子が、ダークマリーだったのか。
自分自身で俺が来ていたことを確かめに来ていたのだ。
気づかなかった…。
「どうする?」
「そうだな」
俺は漆黒の軍団を見る。
およそ500人、こちらが本丸の部隊だ。
それぞれ魔力もフィジカルも一級品なのだろう。正面からぶつかれば何とか倒せても、魔力がごっそりと持っていかれてしまう。
それではダークマリーと戦うどころか、足止めすらできない。
それに…
「ダークマリーの後ろにある布袋、あれ多分リタだな」
ダークマリーの後ろを歩く兵士のうち、4人が布袋を抱えている。
口は縛られていて、中は見えない。
だが、サイズはリタと同じだ。
「あれを盾にされたら、手出しできないな」
「そうね…」
「一旦待ち構えよう。ビブリアの人たちには悪いが、ビブリアとあいつらが衝突するまで待つ。そこが一番手薄になるはず。なんとかして、リタを先に確保する」
「分かったわ」
ビブリアには攻撃が来ることはすでに伝えている。
いま学校内には戦闘員の選抜と非戦闘員の避難が行われているはずだ。
非戦闘員が大勢巻き込まれることはないはずだ。
「行こう」
「ええ」
俺達は物音を立てないよう、その場を後にした。
ビブリアへの攻撃が始まったのは、そこから30分後だった。
今目の前で漆黒の兵士たちが、梯子で50メートルもの壁を上り始めた。
防衛するビブリアの教員や生徒、数少ない兵士達が弓や熱湯で対抗している。
攻城戦は短期では圧倒的に防衛側が有利だが、
今回はほぼ素人で構成されているビブリア側と、精強な兵士の戦いだ。
兵士たちは弓を剣で弾き、熱湯をものともせずに登る。
時折放たれる火炎魔法で何人かが落ちたくらいだ。
「なんだあいつら、全然効いてないぞ!」
「そんなことないわ!魔法なら!
上級生以上で、魔法が打てる人員をもっと集めて!」
「ほとんど逃げちまったよ!」
ビブリア側の人数はおよそ100人。
必死に抵抗する彼らの声を俺達は壁の下の森から聞いていた。
加勢できないのは申し訳ない。
しかし、軍団が攻勢を強めるほどに、ダークマリーの周りから人が減る。
人が減れば、リタを取り返せる可能性も高まる。
戦闘が始まってから1時間が経過。
ダークマリーの周りにはもう10人ほどしか残っておらず、
ほとんどが壁を上り切ったようだ。
今は壁の上から剣戟や叫び声が聞こえる。
リタの妹は、無事逃げているだろうか…。
あの年だ、もちろん戦闘員にはなっていないはずだが。
ダークマリー自身は、感情の読めない表情をしてその様子を見ている。
慢心しているのか、まだ俺を警戒しているのか分からない。
チャンスなのか、違うのか分からないが…。
「ゾフィ、ダークマリー以外を頼む」
「分かったわ」
俺達はタイミングを合わせ、木陰から飛び出す。
間を置かず、ゾフィが油断していた兵士5人ほどを切り伏せる。
俺も、一人を殴り飛ばし、剣を奪う。
その剣で、ダークマリーに斬りかかった。
そして、彼女の首は見事にちょんぱ……とうまいこと行くはずも無く。
「ようやく出てきたか。
『破壊』。待ちくたびれたぞ」
「!」
剣が寸前で止められる。
いや、俺の腕が止められたのだ。
「服従」の力によって。
「やはりお前だけは、体の一部を制御するだけで手いっぱいか
弱体化しているのに、面倒なことだ」
「俺達に気づいてたのか」
「道で潜んでいた時からな」
「砂浜で会った時の可愛いしゃべり方はなんだったんだ」
「おかげで阿呆に正体をばらすことなく話すことができた」
くそっ。であれば俺とゾフィが飛び出すタイミングも見えていたはず。
「ゾフィ!」
「ちょっと、袋の中。全く別人よ!」
兵士9人を容易く倒し、袋を開けるゾフィ。
しかし、袋の中には全く別人の死体が入っていた。
まんまとおびき寄せられたわけだ。
「リタはどこにいる…!」
「安心しろ、あやつが死ねばお前が死ぬ。お前が死ぬのは困る。
安全な場所に隠している」
ピクリとも表情筋を動かさない幼女邪神は、腕を組み「それよりも」と前置く。
「貴様、上位の神に向かってどういう口の利き方だ
忠誠を忘れたのか」
「そんなもの元から持ち合わせてないだろ!」
「昔から反抗的なのは変わらないな。
久しぶりの再会を喜びたいのだが、剣を下げてくれないか」
「あいにくリタの居場所を離してもらうまで下げるわけにはいかないんだよ」
「服従」で無理矢理押さえつけられる腕を必死で上げ続ける。
「ふん、なら分からせてやろう。
弱体化した体でどこまで戦えるかは分からんが」
「そっちだって、そんなに小さくなって俺に勝てるのか疑問だね」
ゾフィ、離れろ。と目線をやる。
ゾフィは頷き、数十メートル距離を取った。
大規模魔法の応酬が始まる事を感じ取ったのだ。
「数十年ぶりの……本気であいてしてやろう」
「こっちにとっては準備体操だっつーの」
すかさず、大火力の雷魔法を繰り出す。
「雷鳴」。
大音量の爆発音と、目が潰れるほどの光が視界を覆う。
極太の雷が向かう先はもちろんダークマリー。
彼女の足元から大木が瞬く間に生える。
「服従」で木を無理矢理成長させたのだ。
雷を受けた木は瞬く間に炭と化す。
「鎌鼬」
反撃とばかりに、出された魔法は風を刃のごとく変化させるものだ。
甲高い音とともに、見えない斬撃が俺めがけて飛んできた。
3,4回大きく跳ねてかわす。
最後の一撃は、肩に受けてしまった。
「ぐっ!」
俺の足だけを「服従」させたため、上手く避けられなかったのだ。
「これでは魔法を避けられまい」
長期戦に持ち込めば、より多く傷を負う俺が負ける。
避けられないなら、避ける必要をなくすまで。
最大火力で叩く。
ゾフィ、殺気の場所からさらに離れてくれよ…!
「久々に使うわ…『破壊』っ!」
俺は右手を突き出し、その手を一気に握る。
ぐしゃっと、果物を握りつぶす感覚。
途端。
ダークマリーの周囲がゆがむ。
「…貴様、これを使う魔力をどこで…」
「ここに来るまでいっぱい殺したんでな」
ぐしゃり。
空間と共に、ダークマリーの体は、まるで握りつぶされたかのように肉塊と化した。
「破壊」。
「破壊の邪神」であるおれに唯一許された固有魔法。
視界に入れている対象を破壊するという、分かりやすく、魔力消費の多い魔法だ。
鼻血が噴き出し、めまいがした。
今にも倒れこみたくなる。
魔力切れだ。
「やったか……?」
肉塊はピクリとも動かない。
殺すつもりでやった。元上司で同法だけど、躊躇はしてないつもりだ。
「……まじで、やったみたいだな」
肉塊に近づくが、本当に死んだようだった。
安心した。
やったか、とか言ってしまったので不安だったが。
その直後、不安が的中してしまった。
「きゃああっ!」
「どうした、ゾフィ?」
後方からの悲鳴。
ただ事ではないようだ。
見ると、リタがゾフィの首筋に剣を突き付けているではないか。
「なにが…」
リタが無事だった、と安心するとともに。
尋常ではない雰囲気に身構える。
「ふふふふ、貴様が中々出し渋る『破壊』を早々に繰り出すから、油断してしまったよ」
「…ダークマリー」
違う、あれはリタであってリタじゃない。
ダークマリーが、中に入っているようだ。
「なぜ、リタにとりつくことができたか分からないのか?」
「……」
「昔から不勉強なのは変わらないな。
貴様がこの女の手に施した呪印、これは従魔の呪印。
すなわち服従の呪印、私が生み出した呪印だ。
いじるのも簡単だ。
契約相手を、私にするように。しかも、支配者は私だ。
あらかじめ呪印があったおかげで、相手の同意は必要なかった
……どうだ、勉強になったか?」
つまり、リタが俺を支配する呪印を、強制的にダークマリーがリタを支配する呪印に書き換えたのか。
だから、俺は先の砂浜でリタの元に帰ることができなかったのか。
まて、ならば…
「俺はなぜまだ生きているんだ」
「そうだな、もってあと1時間というところだろう。
今の貴様は体内の魔力が辛うじて体を支えている状態だ。
従魔の契約を失い、魔力の供給を失った貴様は、じき死ぬ。
常に魔導士を殺して魔力を補えば問題はない。もっとも魔力は得させんがな」
魔力を失えば、俺は死ぬという事か。
「まさか、こうして魔力を使わせることも計算の内か」
「どうだろうな」
昔からダークマリーの方いつも頭がよく回った。
俺はまんまと罠に引っかかったものだ。
主従関係もそうしてできていった。
俺は今も変わらない。
不甲斐なさで泣けてくる。
「『破壊』」
「なんだよ」
ダークマリーはにやりと笑って腕を組む。
「わたしはこれからこの女の力を使い、他の邪神を召喚する。
そして我々に歯向かった人類を根絶やしにしようと思う」
「まだそんな恨みもってんのかよ。
何千年前の話だよ。長い間虐げてたのはこっちじゃんか」
「人間は服従すべき人種だ。
われわれは神だ。
神に逆らう者は取り除く必要がある。
どうだ、一緒に来ないか」
「……」
俺はふらふらする足元を精神力だけで支えて、言い放つ。
「うーん、やだね」
「なぜだ」
俺の回答を聞いたダークマリーは「有り得ない」と顔をしかめる。
「我々の仲間は、人間に殺された」
「そうだね」
「その恨みが消えたとでもいうのか」
「うん。もういいよ。俺は」
「ふざけている!」
激怒したダークマリーは暴れに暴れた。
魔法を乱発し、木を動かし次々と攻撃するが、どれも威力は小さい。
魔力を出しているのは、リタだからだ。
大量に魔力を保有する魔族の体はもう肉塊と化している。
俺はふらつきながら避ける。
時折、もろに食らうが問題ない程度だ。
「くっそ痛ぇ……」
「いいか『破壊』貴様には情に訴えても無駄な事は昔から変わらない。
だが、人間を根絶やしにすれば再び平穏が訪れる。
邪神が邪神として排斥されない世の中だ。
そして人間は身内で戦争をおこす愚かな生き物だ。身内を殺すために、犬や馬を使い、他種族の命も摩耗させる。
共食いさせれば、数年で滅ぶだろう、これは平和を取り戻す戦いになる!」
俺があっちの世界に飛ばされた根本の原因は、人間に邪神が嵌められたからだ。
たしかに最初は恨んでたけど、人間も邪神も知能レベル変わらない。
邪神だけの世界って、世界でたった8人人間が生きてるだけだ。
寂しくてならない。
それに、人間はだれしもが殺し合いばっかり考えてるわけじゃない。
そりゃ戦争も繰り返すし、環境も破壊するけど、全体的にはいい方向に進む……気もする。
リタみたいに、他人の事ばっかり考えられる奴がいるんだから。
「ダークマリー、平和がどうとかじゃなくて、あんた自分を嵌めた人間がむかつくんだろ。
でも人類全体を滅ぼすのはやりすぎじゃないか
もうこの世界には俺達邪神を殺した奴らは居ない」
あんたが人間に絶望したのは分かる。
プライド高いから、下位の種族にやられたてキレるのも分かる。
俺と再会する間、うじうじ策略立ててたんだろうな。
俺は違う。向こうの世界で両親にお世話になって感謝してるし。
こうして帰ってきた後は、こいつ性格いいなってやつも見つけた。
「俺はもう人間に危害加えようとか、まったく思ってない」
「……そうか、なら死んでもらうまでだ」
ダークマリーは今度は剣を抜いて、近づく。
俺はもうフラフラで間合いに入っても、一歩も動けない。
「ダークマリー」
「なんだ」
「ほんとにやるのか」
「わたしはやる」
「そうか」
ダークマリーの目は決心に満ちていた。
「あんた、ここにまた召喚されるまで何してたんだ」
「別空間で生き延びていた。人間の居ない世界だ。居心地は良かった。
することも無かったが」
「俺は人間だらけの世界だったけど、いいとこだったぞ」
「だから、情が芽生えたのか」
「かもしれない、だからあんたを止めさせてもらう」
「なんだと?」
俺は右手を差し出した。
危うい雰囲気を感じたのか、ダークマリーの剣が右手を切り落とす。
激痛が走る。
「ぐううううっ!」
「なんだ『破壊』でも使おうとしたのか、もうそんな魔力は残ってないだろう」
今自分の体を支える全ての魔力を使っても、ダークマリーを潰す力はない。
仮に潰せたとしても、それはリタ自身でもある。
だが、その魔力をたった一か所の部位に集中させるのなら話は別だ。
あと、この魔法に聞き手は無い。
「『破壊』」
「しまった! きっ、貴様!」
「人間と話さないから、すこし頭弱くなってしまったんじゃないですか?」
「やめろ!」
パキッ。
軽い音がして消えたのは、
「呪印」だ。
リタの体から力が抜ける。
まるで悪霊が抜け出る様に、その体からダークマリーが姿を現した。
「これであんたも、もう魔力が使えないな」
「……!」
リタの従魔の呪印は、体を持たない邪神がこの世に居続けるため、
体を借りるものだ。
呪印が無くなり、元の体も無いダークマリーは、見た目は変わらないが、俺と同じく魔力だけの存在だ。
リタから借り受けた、わずかな魔力を使いきれば死ぬ。
「やってくれたな」
「ああ、一緒に死のうぜ。元ご主人様……ゾフィ!」
俺が声をかけるまでも無く、一連のやり取りを見ていたゾフィは動いていた。
「はあああああっ!」
そして、いとも簡単にダークマリーの体を切り伏せるのだった。
魔力を使えば死、斬られても死。
どうしようもないダークマリーは成すすべがなかった。
真っ二つにされた体は、灰のように散っていった。
「やったわ!アズマ!」
ゾフィが思わず俺に抱き着こうとする。
しかし、俺の体ももはや実体を失っていて、腕は空を切った。
「そんな!」
リタも、目を覚ましたようで、こちらに駆け寄ってくる。
すでに透けさえしている俺の体を見て、衝撃を受けていた。
「あんまり時間無いかも」
「アズマ、行ってしまうのか?」
「ああ、元の世界に帰る」
嘘だが、リタはこの一部始終を見ていないのでそう言っておく。
「そうか、突然だな…って信じるわけないだろう。
紋章が消えているのは、なぜだ!
わたしを助けるためだったのか!」
「そういうことになるな」
「馬鹿者だ! アズマは!」
リタは目を赤くさせる。
この子を守れてよかった。
その思いが死への恐怖を和らげてくれる。
「ちょっと、待ちなさいよアズマ!」
「なんだよ、安らかに逝きたいんだけど」
「わたし、あなたの事が好きよ!」
「え、何急に」
顔を真っ赤にしながら、ぼろぼろと涙を流すゾフィ。
それを見てリタは目を真ん丸にしながら
「わ、わたしも好きだ!」
「え、ああ。俺もいい友人だと思ってるよ」
「そう言う意味でなく、ゾフィと同じ意味で!」
今度はゾフィが目を見開く。
「私の方が!」
「わたしが!」
そのままどちらがどれほど好きか、論争が始まって、
「うわあああああんアズマー!」
「なんで出会ってすぐに死んじゃうのよ!!」
2人そろって号泣し始めた。
「二人ともありがとうな。
こっちの世界に戻ってこれて、二人に出会えて楽しかった!」
美少女二人に告白されて死んでいくのは、気分が良いもんだなあ。
そうして、俺の体は完全に消え去って。
意識も途切れた。
長い長い、神生だったぜ。
その後
西方連邦の兵士は、服従の魔法が溶け戦意を喪失し、一様に敗走した。
連邦の力の根源が邪神であったことがようやく皇国上層部に伝わったのは、
その1週間後だ。
また同時に、皇国にも邪神が召喚されていて、それを行ったのがリタであることも報告された。
リタは皇国の聖女として、多額の褒章を与えられるとともに、ビブリアへの入学が認められた。
一生かけても使い切れない金は何に使うのか。
リタは「邪神再降臨の方法を妹と考える」と言い続けていると言う。