第49話
「やっぱりか」
戦闘が行われている海岸線、その後方にある兵士のキャンプ横に俺は居た。
そこには、焼却処理された敵兵の遺体の山。
俺は死体運びはさせられた。
が、装備をはがして焼く段階は手伝っていない。
装備はがしは、勝利したものの特権だ。
売れば金になるからな。
だから、はがし作業は前線の部隊が行った。
彼らは装備を剝ぎ、下着姿にした後、死体を焼いた。
その死体は骨になったものから、生半可に焼けてハエがたかっているものまでさまざま。
雑な仕事っぷりだ。
それが功を奏してくれた。
一日目、二日目に上陸してきた敵兵の背中には、どれもこれも紋章の跡があった。
ネコ科の肉食獣の頭蓋骨。
その周りに月桂冠が施されているような、手のひらサイズの紋章。
漆黒の紋章は、炭化した死体になおも浮いている。
邪神紋章。
リタの手の甲にしかなかった紋章が、なぜこんなにもたくさんの兵士の背中にあるのか。
答えは一つ。
西方連邦で召喚された邪神が、動いているのだ。
そして、どの邪神が動いているのかも分かった。
『服従』の邪神だ。
その名も、ダークマリア・メイモン。
邪神は元々7人。
6人の邪神とそれを従える偉い邪神。
6人は『破壊』『殺戮』『虚無』『簒奪』『暴力』『混沌』と呼ばれ、
偉い邪神様は『服従』の邪神と呼ばれた。
『服従』の邪神=ダークマリア=偉い邪神
ダークマリアは邪神の最上位に位置する邪神だ。
その、『服従』の邪神の固有魔術はその名の通り「服従」。
多くの生物の体を意のままに操る魔術だ。
当時の俺達は、その術にあらがえず常にあいつの言いなりだった。
ちなみに、操られたものの背中には紋章が浮かぶ。
だからこそ、『服従』の邪神が動いていると言って間違いないのだ。
「ふぅ」
ひとまず、これで確定した。
あの女は本当にこの世界に戻ってきている。
権謀術数が好きな女だった。
今、再び西方連邦に味方して何かを企んでいるに違いない。
ゾフィからリタから俺から国民から何から何まで巻き込んで。
その企みの一環で、奴が既に行ったことが確実なのは、二つ。
一つはリタの拉致だ。
理由は分からない。
リタを奪っても、これ以上生きている邪神は居ない。
つまり召喚しようにも対象が居ない。
だから、単純に邪神を復活させることは目的でない。
だが、一人の生贄も必要とせず、邪神を召喚した彼女の召喚術センスは類まれだ。
その頭脳をフルにあくどい事に使えば、邪神にも劣らない災害をもたらすことができる。
明確な理由は不明だが、
何か利用価値があるのは間違いない。
二つ目は兵士の従僕化だ。
一日目、二日目の兵士は少なくとも全員魔術をかけられている。
こっちの理由は分かるかもしれない。
恐らく、今や死体の山である、先日の西方連邦兵士はやはり奴隷兵だ。
死体を見る限り、人種が様々だし、装備も今日の兵士に比べると貧弱だった。
さらには、兵士を大事にする国であるのに犬死にさせられていた。
それを見る限り、そう考えるのが自然だ。
では、なぜこんなにもガタイがいいのか?
奴隷兵は反乱防止のために基本ガリガリで貧弱な肉体にさせられるはずだ。
そのつじつま合わせが、固有魔術だ。
「服従」の魔法をかければその必要は無くなるのだ。
鍛え上げられ、正規の兵士に逆らえる筋力を手にしても、「服従」の魔法をかけられれば、絶対に反乱を起こすことはできない。
つまり、今死体となっている一日目、二日目の西方連邦兵士たちは、奴隷兵に見えない奴隷兵だったという事だ。
でも、常識にとらわれていては奴隷だと見破れない。
現に、エルドリア軍に見破った者は居ないだろう。
で、あれば。
西方連邦が奴隷兵を使ったのであれば、この砂浜への攻撃は陽動作戦であるという俺の予想は当たりであった可能性がある。
今も戦闘が続く、砂浜を眺める。
砂浜は両軍削りあいの様相を呈している。
どちらも大きな損害を出している。
この砂浜への攻撃は、今日もフェイク?
なら本丸はどこだと考えているのだろう?
頭の中に地図を思い浮かべる。
ダーボンの砂浜。
西方連邦がエルドリアに進行するなら、一番に攻め込みたい場所。
そんな砂浜と同様に、上陸と共に攻撃ができるのはどこか?
……あ。
俺は西の方角を見た。
雑木林が視界を遮っている。
その先には、魔導士養成機関ビブリアがあった。
ビブリアは最初に攻撃されることはない、と教えられたのを覚えている。
その難攻不落さゆえに、攻め落とすのが女神像下町に比べ、困難だからだ。
西方連邦といえども、落とすのに多大なコストがかかる。
ならば、手っ取り早い女神像下町の方を先に攻め、エルドリア攻略の根拠地を作ったのちに攻めるべきなのだ。
だが、陽動作戦により、ビブリアの兵力を無くし、抵抗力を削ぎ落したならば?
注目をこちらに集めていれば?
油断を誘えば?
難攻不落といえど落とすことはできるのではないか?
そして落としてしまえば、エルドリア攻略を要塞からスタートさせることができる。
参考程度だが、リタを攫った傭兵は「西に向かった(皇子談)」らしいし。
「……それに、なによりも」
邪神は、ビブリアを目指す大きな目的がある。
「間違いない」
邪神はビブリアをを目指している。
確信した。
そして、リタもそこにいるかもしれない。
いつ本格的にビブリアを攻撃するのだろうか。
もう攻撃し始めているのだろうか。
今すぐに向かいたい衝動に駆られた。
一刻も早く、リタを助けたい。
だが、焦ってはいけない。
今の俺には魔力が無い。
だから、邪神とかち合えばまず勝てない。
魔力を得なければ。
だがどうやって?
再び戦場を見る。
そこに捉えたのは、西方連邦の魔導士だった。
「……。」
いっちょ、狩りますか。
魔力を吸い取るためだけの殺生は心が痛むが、心を鬼にしなければ。
たったひとりの男がおよそ400の魔導士を蹂躙したその戦いは、
後に皇国の英雄譚のひと下りくらいにはなったという。