第46話
そこから半刻程して、敵の船団が現れた。
見た事もない数だ。
それらが砂浜に上陸し、降りてきた敵兵は、こちらと同数以上。
しかも、今まで見なかった魔導士や魔道騎士、弓兵の姿がある。
歩兵も、心なしか装備が派手だ。
武功を重ねた強者ぞろいという訳だ。
今度こそ、本気でこの海岸と町を落としに来ているのが分かる。
命令通り、遊撃隊は他の兵士と共に前線に立っていた。
私は周りの彼らと共に盾を構え、陣形を組んでいた。
さあ、来なさい。
ひき肉にしてやるわ。
リタのところには死んでも行かせない。
足は一切震えなかった。
視界は明瞭で広い。
初陣には不自然なほど、落ち着いていた。
その日の戦端は、敵の弓矢と魔法攻撃によって始まった。
人一人サイズの火球と矢の雨。
それらによって、今までとは違って軍の陣形は乱される。
乱されたところには、穴ができる。
そこに、敵歩兵が突進してきた。
「来るわ! 備えなさい!」
「「おうっ!」」
遊撃隊のメンバーの士気は高い。
今まで戦わなかった分、気分も高揚している。
頼もしい限りだ。
彼らなら、しばらくは敵の突進を防げるだろう。
……そう思った矢先、予想は打ち砕かれた。
突如、木製の盾が砕ける、強烈な破砕音がした。
その瞬間。
密集陣形を作っていた盾は、たった一人の敵歩兵によって突破された。
何人もの騎士が支えていたのに、たやすく崩されたのだ。
「ぎゃあああ!」
「な、なんで!」
自陣に動揺が走る。
敵兵はその隙を逃さず切りかかってくる。
「総員突撃!」
敵兵が叫んだ。
すると彼に続いて、ぞくぞくと敵兵士が侵入してきた。
全身をフルプレート装備で覆う彼らは、巨大な鉄の塊だ。
にもかかわらず、軽快に動く彼らを止められるものは居なかった。
周りを見ると、どの戦列でも同様の事が起こっていた。
盾は砕かれ、陣形内への侵入を許している。
強すぎる。
桁違いだ。
自分達が弱すぎる?
いや、そうではない。
今日の敵は、今までと比較にならないほど個々が強い。
先日までの敵は、ここまでではなかった。
なぜだ?
もしかして、敵の構成が変わっている?
先日までの敵兵は何だったのか?
もしや、使い捨ての奴隷兵か?
いや、まさか。
「どりゃあああああああ!」
「ちっ!」
侵入してきた一人の敵を相手する。
全身が鉄の板で覆われており、関節の隙間以外の攻撃は受け付けない。
そのため、ゾフィですら苦戦する。
尋常ではない。
こんなのが固まって攻めてきているのなら、エルドリア軍は……。
あたりを見渡すと、エルドリア軍陣形内は予想外の敵の突破により混乱していた。
盾を構え交代すべきか、乱戦に移行すべきか。
誰も分からない。
指揮官は呆然とするばかりで、指揮も飛んでいない。
まずい状況だ。
ひとまず、遊撃隊だけでも立て直さないと!
「遊撃隊! 一度後退し戦線を立て直しなさい! 後方の兵士は盾強固に構え、味方を通して敵を通してはだめよ!」
「「はっ!」」
混乱した戦場ではあったが、遊撃隊のメンバーは命令を忠実に実行した。
敵を迎え撃っている者は徐々に下がる。
まだ相手が居ない者は後方に下がり、同じような者と肩を寄せ合い盾を構えた。
遊撃隊が防御する地点だけだが、再び戦線を作ることができた。
それを確認して、ゾフィも後退しようとする。
だが、
「あなたは、そう簡単に逃がしませんよ」
相手をしていた男に回り込まれ、退路を断たれる。
「あ、あんたは!」
「相変わらず口の利き方が悪いですね。
そうです、ジャレットです。」
ジャレットと名乗るはアイシールドを上げ、目を見せる。
見覚えのある、自信と威厳に満ちた瞳。
間違いない。
かつての師、ジャレットだ。
ゾフィは構えは解かなかったものの、久しぶりの再会に表情は緩んでいた。
「久しぶりね。ジャレット」
「再開を喜ぶのは後にしましょう……それで、なぜあなたがここに?」
「遊撃隊のはずが、前線に編入させられたのよ」
「それは変ですね。西方連邦もあれほど手を加えていたはずなのに」
ジャレットは剣を振りかぶり、斬りかかってきた。
その剣に重さはない。
戦場で敵と棒立ちで話しているところは、見せるべきではない。
演技だ。
私も甘んじてそれを受け入れ、反撃する。
「では、目標は?」
「それは……」
目標とは、言うまでも無くリタの事だ。
「どうしました?
まさか、何かしでかしたのではないでしょう?」
「逃がしてしまいました」
「逃がした?
彼女は引き込まなければ今後脅威となります。
殺さなかったのですか?」
「はい」
「それは……」
ジャレットが厳しい表情をしたのは、ヘルメット越しでも分かった。
西方連邦は邪神を多大なコストを払って召喚した。
それを一人で成し遂げてしまう少女。
彼女は脅威だ。
攫うことができないのであれば、見失う前に殺すべきだ。
なのに、みすみす逃がしたとあっては、戦略的にまずいのは間違いない。
「ゾフィ」
「なによ」
「あの少女に、情を抱きましたね」
「……」
「気持ちは分かりますが、裏切るのですか」
ジャレットの語気は強い。
怒りすらにじみ出ている。
演技のはずの剣は重くなる。
……だが、殺気は無い。
「……はあ。子供を長期潜入に使うなんて、無謀だとは思っていましたが。
やはり裏目に出ましたね」
「ごめんなさい」
「すみませんで済むとおもいますか?」
「そうよね……」
自分の行為は裏切りだ。
分かっている。
だが、ジャレットは寛容だ。
今までミスをしても庇ってくれたのはいつも彼だった。
「今回は、許してくれないわよね……?」
とは言いつつも、もしかしたら今回も許してくれるのではないか。
厳しく、まじめだが、人情がある。
それがジャレットという男だった。
そんな彼なら、こんなことをしてしまった私を……。
「ゾフィ」
しかし、彼の様子は異変を感じさせた。
ガァンッ!
とひときわ重い一撃。
私は間一髪でその斬撃を受け流した。
今のは、なに?
たった一振りだが、殺気がこもっていた。
正確に私の命を狙っていた。
「ジャレット……?」
「今まで僕は君を信用して仕事を任していました。
子供であろうと、高い忠誠心と技能を持っていたからです。
多少の失敗にも目をつぶってきました。
あなたが優秀な兵士であり、目をかけてきた弟子だからです」
ジャレットの声音が冷えた。
怒りは消え、冷静になったのではない。
冷酷で、無感情なトーンに変化したのだ。
「今も、友人だったリタ・ベンドリガーを殺すことは酷であろうし、許してしまいたい気持ちがあります」
「なら、今のは……」
お互い、見つめあう。
こちらを除くジャレットの双眸は冷酷な、彼らしくない眼光を放っていた。
「あなたが知る西方連邦は、ここ数年で大きく変わりました。
特に、邪神を召喚してからは。
邪神の力は絶大です。
要求に従えば、世界を与えてくれる。
ただしその要求というのは残酷で、非常極まりないものでした」
「なにを、言っているの?」
「邪神は世界を西方の諸王に与える代わりに、命を要求しました。
その命とは領民の事。それには、当然僕も含まれています」
再び、強烈な一撃。
これも、辛うじて避ける。
だが、ギリギリだ。
「今の僕は、もう体の制御が効かない。ただの傀儡なんです。
だから、僕個人の意思で行動は決められない。
ただ、彼女の意思に従わなければなりません」
「何を言ってるのって、聞いてるのよ?」
「……要するに、あなたを許したくても許せないんです」
そう言ってからのジャレットの剣はいっそう容赦がなくなった。
全ての剣に殺気が込められていた。
そこには躊躇も、戸惑いも感じられない。
かつての教え子と師。
2人の間に間に存在した絆は全く感じられなかった。
「どういうことよ……!」
「……彼女は、あなたを殺すことに決めたそうです」
「彼女ってだれよ!」
「……」
ジャレットは私の言葉を無視する。
無言で、ただ私を殺そうと剣を振りかざしてくる。
……この男が何を言っていたのかは分からない。
ただ、分かるのはジャレットは私を殺そうとしていること。
なら私も反撃しないといけない。
殺さなければ、殺される。
「ちっ!」
心を入れ替え、かつての師に歯向かうことを決める。
でも、強い。
ジャレットはもう50歳近い年というのに、剣に衰えを感じない。
上段からの振り下ろしは岩のように重く、正面から受けられない。
横なぎの一閃は素早く、避けることができずにいなすにとどまる。
フェイントの技術は一級品で、だまされかけた。
防戦一方。
まさにその言葉があっていた。
「隊長!」
後ろから、悲痛の叫びが聞こえる。
「来ないで!」
騎士団の中でも五本の指に入る私が、この有様なのだ。
後ろの彼らが助太刀に入っても邪魔になるだけだ。
彼らもそれが分かったのか、途中で足を止め見守るにとどまった。
気が付くと、周りを味方の騎士と敵の騎士が囲んでいた。
誰も手を出さない。
高位の者同士の一騎打ちだと認識されたのだ。
なら一層、ここで負けるわけにはいかない。
私が負ければ、戦線に穴が開き、突破される。
リタが逃げた事は不覚にもばらしてしまったから、その後リタは最重要目標として追われる。
そして、追いつかれ、攫われるかもしくは殺される。
この男を殺さないといけない。
でも、勝てるか。
……無理だろう。
ならばせめて、
「体力勝負よ。おじいちゃん!」
「ぬかしますね」
防御に専念し、攻撃の隙を伺う。
相手は年を取った。
最初の勢いは昔と変わらずとも、体力は衰えているはずだ。
持久戦に持ち込めば、勝敗は分からない。
「その前に切り伏せましょう」
私の魂胆を知ったジャレットの攻撃は一段と苛烈さを増した。
まだ、こんな余力を残していたなんて!
「つ、強いじゃない」
「あなたよりはね」
対する私の防御はギリギリ。
完全な拮抗から、ちょっと危ない状態へと傾いている。
まずい。
これでは本当に持たない。
でも、せめて時間を稼がないと―――
脳裏に、リタの顔がよぎった。
俄然、力が湧く。
「はあああああっ!」
いや、時間稼ぎじゃだめだ。
勝てない。
作戦変更だ。
やはり、危険を承知の攻撃を私も仕掛けなければ。
そう思って、体力を振り絞り反撃を試みる。
ジャレットの突きが飛ぶ。
私はそれを、左手で掴んだ。
ズブリ、と剣が手を貫く。
ジャレットは苦々しい表情をする。
「馬鹿な真似を」
「ぐぅうう!」
左手は、大量の出血をしながら剣を掴んだ。
生半可な鍛え方はしていない。
ジャレットの次の動きを遅らせる程度にはなった。
肉を切らせて骨を断つ。
右手に握った剣を突きだす。
右足を大きく踏み出し、硬直するジャレットの首を狙う。
ヘルメットと胴の隙間。
致命傷を負わせる一撃を送り出す。
「とった!」
剣は隙間を縫い、首筋を捉えた。
……はずだった。
「甘いですよ」
ジャレットは前に踏み出た。
まるで剣を自ら迎えに行くような形。突き出る様に前進しつつ、首をかしげた。
歴戦の戦士だけが咄嗟に行える、予想外の動き。
剣筋を修正できず、突きは首をかすめるのみだった。
「さすがね。次は逃さない」
「次はないですよ。
さようなら」
そう言うと、ジャレットはリタの左手に刺さっていた剣を抜く。
私の左手は無残に裂かれ、鮮血が舞った。
「あああああああっ!!」
強烈な痛み。
膝から崩れ落ちる。
当たり前だ。
手の甲が二分されたのだから。
しかし苦しんでいる暇も無く、ジャレットはとどめの一撃を加えんとしていた。
大上段からの斬り落とし。
防御は、できない。
右手だけでは、重い長剣を素早く持ち上げられない。
「……」
――死ぬわね。
瞬間、ありとあらゆる景色がフラッシュバックした。
幼いころの親の顔。
奴隷として裸足で歩いた貴族の邸宅の地下。
スパイの訓練場。
そして、リタの笑顔。
リタ。
そういえば、彼女は逃げられただろうか。
ここまで、自分は十分に時間を稼げただろうか。
……だめか。
戦闘が始まって今までほんの少ししか経過していない。
ごめんね、リタ。
あんなに偉そうに振り回しておいて、ちゃんと逃がせなくて。
ああ、自分は役立たずだ。
生まれて初めてできた親友すら守れなかった。
もっと追い詰めて訓練をしていれば。
もっと事前に情報を集めて、ジャレットが来ることを予想できていれば。
もっと……。
後悔しても、し足りなかった。
ふと、こんな死に方は嫌だと思った。
散々な人生だったんだから、最後くらい満足して死にたかった。
今は、満足のまの字もない。
心から、残念でならない。
……あれ、でも満足できる死に方って何。分からないわね。
満足して死ぬときは幸福にみたされて死ぬ時なのだろうか。
自分には幸せの在り方も分からない。
幸せって、何?
友人が居る事?
友人はリタが居た。
では、恋人が居て、女としての喜びを知る事?
恋人はいなかった。
というか、出会いは無かった。
すり寄る相手は12歳くらいから居たが、良いと思える男は居なかった。
皆弱くて、情けなかった。
唯一いたとすれば……アズマ?
いや、アズマはないな。
ちょっと顔は好みで強くもあったが、まず人間じゃないし。
そうは言いつつ、ぼんやりとアズマを思い出した。
いつも寝ぼけたような冴えない顔をしていて、背だって高くはない。
稼ぎも少ないし、経歴も無い。
あれ、なんであんな男が好みとか思ったのかしら。
どうして?
そこで、頭によぎったのは、いつもリタのそばに居てリタを守るアズマの姿だった。
……ああ。
そうか、私は守られてみたかったのだ。
私は強い。
強いからこそ守られた経験がない。
いつも身は自分で守ってきた。
だが、物語のようなピンチに駆けつける王子様に憧れなかったわけではない。
いつか、自分よりも強く、自分を助けてくれるような男の人が現れることに憧れていたのだ。
そんな自分の願望を、リタを守るアズマを見て投影させてきたのだ。
なら、別にアズマでなくても、自分を守ってくれる者ならだれでも好きになれたのだろうか。
例えば、自分は今、絶体絶命のピンチだ。
ここで助けてくれる存在が居れば、その人を好きになるのだろうか。
分からない。
なにせジャレットより強い騎士なんてそうそう存在しない。
ピンチから救ってくれる人なんて、いるはずがないのだ。
私は、死ぬのだ。
私は目をつぶった。
刹那、突然それは現れた。
赤く燃える何か。
最初、それが何かを認識することはできなかった。
余りにも近くに立っていたから。
え? だれ?
見上げて顔がある事に気づくと理解は早かった。
アズマだった。




