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第44話

人生の半分を奴隷として過ごしてきた。

残りの半分は、兵士としての身分に束縛されて過ごしてきた。

私の人生の大半に自由は無かった。


生まれてから、赤ん坊だったころは優しい両親に育てられた。

食事に困る事は無く、皆に愛された。

だが、それも五歳まで。

ある日、親が殺された。

最初に私を買ったのは西方大陸の変態貴族だ。

戦争に何度か参加しており、名声もあった。

容姿も優れていたので、彼を慕う女性は多い。

しかし女性をいたぶる事でしか、欲を満たすことができない変態だ。


そんな彼にとって私は、今までの女性達と同じ性処理道具であるはずだった。

でも、私は弱くはない。

獣の因子を持つ獣族は、素手でも人を殺す筋力と戦闘スキルが生まれつき備わっている。

初夜、私は彼を殺し、領地から逃げた。


だが、貴族一人を殺すことはできても、何十人もの追手を撒くことは難しい。

私は捕まり、再び奴隷としての価値を見出され、主人を殺したことが伏せられ、売られた。

そこから何も知らない買主を殺して、逃げて、捕まって、また売られることを何度か繰り返した。

殺される事が無かったのは、運と、自身の幼さと、奴隷としての価値の高さがあったからだろうが、僥倖だ。


そんな私も、体の傷を増やし、奴隷としての価値は少しずつ下がった。

年にふさわしくない荒んだ目つきも価値を下げた。

同時に運も尽きかけていた。

8歳になった時、買主を殺しそこねた。

殺されかけた買主は激昂し、当然私を殺そうとする。

私は這う這うの体で逃げ出す。

それでもついに追い詰められそうになった時、最後の幸運が訪れた。


西方連邦軍に拾われたのだ。

タイミングの良い事に彼らは、買主の領地に進軍していたのだ。

彼らは逃亡奴隷であった私の戦闘スキルを見込んだ。

私はかくまわれた。


命を助けてもらった代わりに、西方連邦に入る事を強要された。


軍では、子供のスパイとして教育されることになった。

わたしの教育を担当したのが、歴戦の兵士であるジャレットだった。

強く、愛国心に溢れた中年の男であった。

彼からはスパイとして生きることの意義と、戦闘技術を叩きこまれた。

子供にさせるべきとは思えない激しい訓練の日々。

だが優秀な頭脳と肉体を持っていた私は耐えきった。


そのおかげで、たった一年で、私は年を同じとする少年スパイの中で最も優秀な兵士となっていた。


10歳を迎えた歳、私はスパイとして初の任務を迎えることになった。

内容は、簡単だ。

北方大陸の国家、エルドリアに入り込むことだ。

具体的には、北方大陸最強と唄われるエルドリア軍の騎士歩兵となり、来るべき時、内部から騎士団を混乱させる。


時を経ず、私はエルドリアに入国し、偽の書類と共に騎士訓練所に入学した。

周りは爵位持ちのボンボンばかりだったが、金を積めば誰でも入れるのが訓練所である。

成金商人の娘ということにしておいた。


潜入は順調だった。

10歳から初めて剣を習う子供たちの中では群を抜いて強かったし、頭もよかった。

1年経つと、優秀な騎士見習いとして、一目置かれる存在となることができた。

4年経つと、エリートコースに乗り、見習い騎士としては異例の正規騎士扱いを受けるに至った。

リタという人生初めての友人も得た。

次第に、エルドリアへの親近感も湧いた。

だが、命の恩人である西方連邦への忠誠は忘れなかった。

なので、定期的な内通者との接触は欠かさなかった。


ある日、追加の命令が下った。

内容は、信じられないものだった。


「他諜報員が入手した、リタ・ベンドリガーが邪神召喚に成功したという情報の真偽を確かめる事。

 真実であれば西方連邦に連れ去る事」


どこからその情報が回ったのか?

少なくとも自分はリタに関する情報は伝えていない。

いや、この際そこを考えてもしょうがない。

もっと重要な事があった。


私は、どうするべきだ?


葛藤にさいなまれた。

私は西方連邦に忠誠を尽くしている。

だが、標的は唯一の親友であるリタである。

彼女を裏切るような真似は嫌だ。

……結局迷った末に、彼女には申し訳ないが命令に従うことにした。

内通者には承諾する旨とリタが召喚したのは恐らく邪神である事を伝えた。

その時点では、私は西方連邦のスパイだった。


早速、どうリタを連れ去るべきか考えた。


それから少しして、自分以外のスパイが動いた。

その情報は内通者との接触時に得られた。

方法は極めて強引なものだった。

武器を使用して、無理矢理リタを攫おうというのだ。


その計画では拉致は無理だ。

私は即座にそう思った。

リタにはアズマが付いている。

彼は強い。

彼が居る限り、拉致は無理だろう。

だが、なぜか心がざわついた。

考えるより前に、足は拉致現場へと向いていた。


その場所では、思いのほかアズマは何もできないでいた。

リタが詠唱ミスをしているためであるらしい。

これなら本当に攫えるかもしれない。


だが、その諜報員はミスをした。


そこで素直にリタを攫いに行けばいいものを、彼らは何を間違えたかアズマに斬りかかった。

あれは……本気で殺しにかかっている。

馬鹿なのか!

アズマを殺せばリタも死ぬ!

彼らはアズマが召喚獣の契約者だと知らないのだ!


衝動的に動いて、気づくと私は同じ同胞であるスパイを切り伏せてしまっていた。


…標的に関する情報収集不足。スパイとしてのミスだ。責任は向こうにある。

私の選択は許される範疇だったが、同胞を殺したことで、祖国からの信頼が揺らいだ。

上層部の会議では、長くエルドリアに居た自分の造反を疑う声もあったらしい。

だが、その声を静めたのはジャレットだった。

私はジャレットに感謝した。

ジャレットからは、今後このような事が無いよう、確実に素早くリタを拉致するよう厳命された。

私は「一刻も早く実行します」と首肯した。


とは言ったものの、

拉致計画は、中々思いつかなかった。

いや、強引な方法ならいくらでもある。

彼女の体も心もなるべく傷つけない方法がなかなか思いつかなかった。

リタを本当に裏切ってもいいのかどうか、まだ自分の中に迷いもあった。


うじうじ数日悩んでいると、状況が動いた。

なんと、リタが戦争に参加すると言うのだ。


ドジな彼女が戦場に赴けば、怪我をする可能性が出てくる。

いや、死ぬ。

彼女個人の問題だけではない。西方連邦とエルドリアの軍事力は比較にならない。

最南端の女神像下町は必ず陥落するだろう。

その際、騎士は背中の市民を見捨てられない。

戦争に参加すれば、必ず、死ぬ。


……リタが危ない。

危ないならば、守らなければならない。

死ぬくらいなら、国を追われてでも逃げた方が幸せだ。

リタを西方連邦に連れ去る事ができれば、死にはしない。

リタを連れ去る方法を、考えなければならない。

私は決心した。

もううじうじしてられない。


覚悟を決めてから、計画は直ぐに完成した。

やはり自分の中の迷いが思考を妨げていたらしい。

作戦は以下の通り。


まず、自分の隊を結成する。

その後そこへリタを編入させる。

自分の隊は戦闘開始後できるだけ戦闘に巻き込まれない場所に待機できるようにしておく。

そして戦闘のどさくさに紛れて上陸した西方連邦のスパイに引き渡す。

その際障害となるのはアズマと自分の隊の兵士だが。

そこはジャレットという強力な兵士等、西方連邦の精鋭をぶつける事で対処する。

アズマを無力化し、それ以外の兵士は殺せるはずだ。

これで、うまくリタを西方連邦に逃がせる。


作戦は着実に進んだ。

部隊も編制し、後方待機の命令を受け、万が一逃げることができる理由も用意した。

あとは、三日目に合流地点で西方連邦の別働隊と落ち会い、引き渡すだけだった。


……だが、思惑通りにはいかなかった。


三日目、予想外にもエロニエル公爵が前線編入を決定したからだ。



遊撃隊の重要性は彼にはきちんと説明していたはずだ。

後方に置き続けてもらうため、彼の側近も懐柔していた。

遊撃隊の前線編入は有り得ない、と事前に確認もしていた。


どうして?

どうして最後の最後で予想外の事が生じた?

訳も分からず食い下がってみたものの、軽くあしらわれた。

ここに私の計画は、破綻した。


このままではまずい。


最前線は、乱戦が発生する。

そんな中で、リタを生かして引き渡すなんてできるはずがないのだ。

どうしよう……と思っていたら、また予想だにしていない事が起こった。

リタが、戦場を離れると言うのだ。

理由は、アズマだった。

彼は敵との正面衝突の戦闘になれば逃げることを前提にリタに協力していたらしい。

召喚獣の契約があれば、そんな前提関係なく戦わせられるというのに。

リタは、下僕との約束を忠実に守ると言うのだ。

武功を立てたい、家族を見捨てて、逃げたくないという気持ちを捨てて。


その決断は、もはや私にとっては唯一の希望だった。

西方連邦に引き渡すすべは無い。

いや、本来なら危険を承知で前線でも拉致を敢行するべきだ。

無理なら、リタを殺すべきだ。

だが、その時の私はもうスパイではなかった。

リタを逃がせないと気づいて、自分の本心を知った。

やはり、西方連邦の忠誠よりリタとの友情は大事だ。

スパイとしての本分を全うするより、彼女を生かす道を選びたいと思えていた。


それにアズマが居るなら、大丈夫だ。

もう自力で逃げ延びてもらうしかない。

そう思って、送り出すしかない。


私はリタを送り出した。


彼女のために、彼女との友情のために私は戦う。

死力を尽くして逃げる時間を稼ごう。

リタとアズマの姿場見えなくなった時には、もう腹は決まっていた。




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