第43話
雑木林の、海岸が見下ろせる位置にやってきた。
昨日まで遊撃隊が潜んでいた場所だ。
眼下には、一日目よりも小さくなったエルドリア軍の全貌が見えた。
その正面には無数の上陸艇。
一本の木製マストで進む大体10人乗りくらいの小型ボートにも見える。
50キロ先の西方連邦最西端かつ最北端の軍港からやってきたのだという。
「これまでと比較にならんな」
「はい、多いです」
上陸艇の数は100を超えている。
今日こそ西方連邦も本気らしい。
このエルドリアを蹂躙せんと息巻いているのがありありと分かる。
……で、それは置いておいて。
なぜ俺とリタと皇子がここにやってきたか。
「ガハッ! 離せっ!」
「話してくれたら離す」
鬼神化を施した俺の右腕。
その先には首根っこを掴まれた先程の刺客がぶらさがっていた。
首の致命傷は回復魔法で治しているが、代わりに両足の健を切られ、両腕を拘束されている。
威勢は良いままだが、まさに成すすべ無しの様子だ。
戦場を俯瞰できる場所で、彼から情報を引き出すためである。
敵の手先は貴重な情報リソースだ。
こいつを使って、戦場に居る裏切り者をあぶりだす。
知らないだれかの名前を教えられても困るからな、こうして戦場を俯瞰できる場所からなら裏切り者の名前と居る場所とついでに容姿も直に見ることができる。
俺は目が良いので、この距離でも米粒サイズの人間の様子が見える。
さて、どうしてやろうか。
さっさと情報を吐き出してもらいたい。
拷問や脅迫のノウハウは無いが、色々試行錯誤してみようか。
手間がかからないといいが……。
「さて、色々話してもらおうか。
抵抗はするなよ?
こっちは一方的にいたぶることができるんだからな」
「ひっ! ま、待て! 俺は別にそんなこと考えてない!
ただの雇われ兵なんだ!
西方連邦に忠誠を尽くしているわけでもない!」
「あれ?」
「なんでも話す! だから殺すのだけは勘弁してくれ!
子供が居るんだ!」
ありきたりな命乞いフレーズを叫ぶ彼は思ったより口元が緩いようだった。
刺客は色々とあっさりゲロった。
「なら助かる。
そうだな……まずはお前たちの計画から話してもらおうか
どんな命令を受けてたんだ」
「簡単な命令だ!
エルドリアの内通者から連絡が着たらそこの、リタ・ベンドリガーを攫えと言われていた!」
「なるほど。命令したのは?」
「西方連邦軍の偉そうな奴だったよ!」
……ふむ。
黒幕は西方連邦で目的はリタという予想は正解であることが確認できた。
「内通者っているのは、あのエルドリアの一番後ろで騎乗してる男か?」
「あ、あいつじゃない!」
「本当か?」
「本当だ! 痛だだ! ……本当だ!!」
「そうか」
傷口を踏んでいた右足を話してやる。
本当っぽいな。
あれだけ怪しかった公爵は内通者じゃない?
「あいつに関して何か知らないのか?」
「知らない! 関わりが有っても俺みたいに口の緩いやつに、西方連邦のお偉方が教えてくれるわけがないだろ!」
「それもそうか」
確かに口は緩いしな。
計画の全貌を明らかにすることはできないかもしれない。
「じゃあ、お前に合図を出した内通者はだれだ」
「あいつだ……」
刺客が指を刺した先には、スタイルの良い青い髪の女が居た。
彼女には見覚えがあった。
軽量版プレートアーマーを着込み、そのヘルメットの上には二つの穴が開いている。
穴からは猫耳が出ている。
彼女は、戦線の二列目で抜き身の長剣を構えていた。
今にも上陸せんとする敵を睨みつけている。
「……ゾフィじゃねえか」
「まさかな」
俺も皇子も、信じられず狼狽した。
「ま、まじで?」
「嘘じゃない! あの獣人の女だ! それなりの地位にあるくせにまだ若いあいつだ!」
ゾフィが内通者。
ありえるのか?
真偽はともかく、それが本当なら、色々と俺は思い違いをしていたことになる。
まず内通者ならば、リタを西方連邦に引き渡すよう画策していたはずだ。
リタを守るだとか言っていたが、そんなつもりはさらさら無かったということだ。
ってことは、遊撃隊が前線に移動したのは想定通り?
リタを前線に移動させ、西方連邦軍に攫いやすいようにするためだったのか?
まてまて、なら俺とリタが前線から逃げるのを認めるはずがない。
いや、だからこそ、こいつら刺客に合図を出したのか?
この考えは筋が通ってしまう。
「アズマ!」
顎に手を当て考える俺の前に立ったのはリタだった。
「嘘だ! この男はうそをついている!」
手には剣が握られ、今にも刺客の男を斬り殺してしまいそうだった。
まずい。
貴重な情報源だ。
まだ殺してはいけない。
「……落ち着けリタ。
本当かどうかは分からない。
俺だって、ここまで俺達のために動いてくれたあいつが裏切ってるとは思わねえよ」
「ゾフィは、ゾフィは裏切るような人じゃない!」
剣を振りかぶるリタ。
勢いはなく、本気ではないように見えたが、焦った皇子が羽交い絞めにする。
「話せ!」
「貴様、余に向かって何という口を……まあ良い。とにかく落ち着け」
隙を見て、皇子はリタの手から剣をひったくった。
剣を失った彼女は、膝から崩れ落ちた。
目は変わらず刺客を睨んでいたが、殺すのは諦めたようだ。
よかった。
ナイス皇子様。
「アズマ」
「なんだ」
「リタは、そんな人間じゃない。
いつもわたしを気遣ってくれた唯一無二の親友だ。
……それに、もし本当だとしても理由があるはずだ」
「そうだな」
リタは再び立ち上がる。
「そこの傭兵」
「な、なんだよ」
「あの獣人の少女が内通者になった理由は知らないのか?」
「知るわけないだろ」
「分かった」
一つ頷いたリタが俺に向き直った。
「アズマ、頼みがある」
「頼み?」
「ゾフィに話を聞きたい」
手を握られる。
強い意志を感じた。
俺を真っ正面から見る彼女の瞳は、怒りに満ちていた。
ゾフィに話を聞く、となるとまたあの場所に戻るという事だろうか。
うーん。
考える。
ゾフィはリタにとって貴重な友人で、会うのはこれで最後かもしれない。
そんな彼女が実はスパイ。
ずっとリタを裏切っていた。
そんなこと、信じたくはない。
嘘だと確かめたい。
でなければ、残りの人生ずっと悶々として生きることになるだろうからだ。
それに、なによりゾフィがスパイなら、リタの拉致に関する重要な情報を持っている可能性がある。
今後逃げた先で、身を守るのに役に立つ情報があるかもしれない。
ゾフィが死ぬ前に、聞いておくべきだろう。
だが悲観的に考えると、ゾフィがリタを実は前線に出す魂胆だったとして、戻れば思惑通りになってしまうのではないか?
刺客の口の軽さを前提に、彼がゾフィをスパイだと言えば、義憤に駆られたリタが戻ってくることまで想定していた可能性もある。
危険だ。
「……」
「ダメだろうか」
悩んだ末に、俺は結論を出した。
「分かった。じゃあゾフィに直接話を聞こう。
でも戦場に飛び込むのは最低限にするし、自由に動ける俺だけだ。
敵とぶつかってぐちゃぐちゃになったところでゾフィを攫う
指揮官が消えれば隊は混乱するだろうが知ったこっちゃない
そんで話を聞いて、できる限り早くここを離れる
それでいいな」
「いい」
「よし」
戦場には、俺だけが戻ればリタがいざこざの中で攫われることもない。
俺とリタが離れるのはリスクだが、いざとなれば一瞬でリタの元に帰ってこれる。
問題はない。
俺は決心し、リタの背中を叩いた。
「リタ、大丈夫だ。ゾフィは人を裏切るような人間じゃないように見えた。
俺もお前と同じ気持ちだよ」
「……そうだといいな」
「でも、万が一という事もある。覚悟はしとけよ」
「そうかもしれないな……」
リタははっとした後、俯いた。
肩は震えていた。
目の前の少女は怖がっていた。
互いにとって唯一無二の親友であると思っていた人間が裏切り者。
しかも自分に害をなそうとしている。
そんな事を言われれば誰だって衝撃を受ける。
大半の者は真実を知るのが怖くて、逃げ出そうとするだろう。
だが、彼女は真実を知る事から逃げなかった。
それだけで立派だ。
「皇子様は、ここでこの男を見張っておいてください。
あと、リタを守ってください。
お願いできますか?」
「わかった。
それに、余が殺されかけた理由も知りたかったところだ。
今しばらくこの戦場近くに居るとしよう
ほかにもできることがあれば、協力しよう」
彼はそう言うと俺に近づき、耳打ちをしてきた。
「それに、惚れた女を守るのは、本望だ」
「そうですか」
その相手は苦手意識を持っているようだが、これを機に印象を変えられればいいね。
皇子の肩を掴みぐいっと離す。
「じゃあ行ってくる」
「わがままにまた突き合わせてしまって。すまない」
「いいんだよ。こんな大事な事、確かめずにはいられないもんな」
俺は、再び戦場へと向かった。




