第42話
剣を突然抜いた俺を見て、皇子は仰天する。
すわ暗殺か! そんな感じだ。
もたつきながら、彼は長剣を抜いて俺を睨む。
だが、そうじゃない。
「リタ、詠唱を頼む」
「え? どうして?
まさか皇子を殺すつもりじゃ――」
「違う。皇子様も、勘違いしないでくれ」
そう言って、俺は地面を蹴った。
雑木林は傾斜がある。
跳べば、重力に従って下に落ちる。
「くそっ! なぜ!」
そう叫んだのは俺でも皇子でもリタでもない。
俺の着地予定の空間。
少し、ゆがみのある空間からその声は聞こえた。
「とうっ!」
そこを、両足でドロップキック。
ゴシャッと音がして、何かが転げ落ちた。
蹴られた何かは直ぐに姿を現した。
レインボーのローブを着た中年の魔導士だった。
その手には立派なブロードソード。
これは魔道騎士だろうか。
彼は顔面を蹴られ、失神していた。
「二度も見逃すほど節穴じゃねえんだよ」
そう、吐き捨ててとどめの一撃。
魔道騎士に短剣を突きさす。
斜面の上の方で、皇子とリタは二人そろってぽかんと口を開けていた。
何もない空間に飛び込んだと思ったら男が出てきた。
そんな光景に見えただろう。
「そ、そのブロードソードとローブの姿。
西方連邦の魔道騎士……?」
「魔道騎士なのか、やっぱり……って皇子!
後ろ後ろ!」
「なにっ!」
彼の後方から、第二の刺客が剣を振りかざしていた。
同じく同化のローブを着ていた。
相棒が殺されたのを見て、焦って出てきたのだろう。
皇子は辛うじてその剣を防いだ。
「リタ、こっちに飛べ!」
「分かった!」
曖昧な指示だったが、彼女はためらいもせず飛んだ。
そして俺の胸に飛び込む。
俺は何とかそれをキャッチする。
彼女の命は俺の命だ。
危険からは直ぐにでも遠ざける。
「リタ、詠唱できるか!」
「もちろんだ!
……闇より出でて、闇より深き暗黒の力よ。今、邪神紋章を通じ冥界の屍に力を!」
相変わらずイタくて長い詠唱。
それを今となっては超早口で諳んじれるリタ。
二秒ほどで詠唱を終える。
直ぐに、魔力を手に入れられる。
その先で、皇子は不利な体勢になりながらも剣を止めていた。
だが、もうあと数秒持たないだろう。
何とかしなければ。
「皇子! 少し耐えてくれ!」
「何だ! 魔術か! 構わん余ごと撃……ぐああああああああああああっ!」
やってもよさそうだったので、皇子ごと「麻痺」の魔法を食らわせる。
皇子も敵も、しっかり体勢を崩した。
今だ。
俺は鬼神化を手早く腕だけに施し、短剣を投げつけた。
弧を描くよう飛翔した剣は、狙い通り敵の首筋を斬る。
激しい血潮が飛び、敵は地に伏した。
直ぐに絶命するだろう。
「……貴様。相変わらずすさまじい戦闘スキルを持っているな」
「どうも」
駆けつけて、皇子の手を差し伸べる。
皇子は素直に手を取ったので、引き揚げて立たせる。
怪我は無さそうだ。
電撃を食らい、ちょっと頭から煙が出てるが、大丈夫だろう。
セリフ言い切る前に撃ってごめんね。
心の中で謝罪。
「それにしても、まさか西方連邦の人間がここまで入り込んでいるとはな」
「そうですね、でもこれでまたヒントが増えました。
こいつらは俺達をつけて、距離を詰めてきていました。
この場所で、俺達二人を殺すか捕まえるかしようとしていたのでしょう。
恐らく、敵の狙いは他の遊撃隊員でも、皇子でもなく、俺とリタだと思います」
「そうか……」
この状況と今までのヒントを無理矢理結びつけるのなら、
まず敵の大本は西方連邦だと考えるのが妥当だろう。
彼らは何らかの方法で俺とリタを捕まえるか殺したかった。
理由は恐らくリタの頭脳。
以前、ゴロツキに見せかけられた精強な兵士はリタを二度も襲った。
あんなに回りくどい方法を取ったのは、西方連邦の軍人だからエルドリア内で自由に動けなかったのだと考えれば筋が通る。
西方連邦は次に、戦争に乗じてリタを奪おうと画策した。
そうなれば、戦場にリタを引きずりだし、逃げさせない必要がある。
だからまず俺達が逃げられないよう、皇子を狙った。
そして何らかの方法でエロニエル公爵に皇子を狙わせ、遊撃隊を前線に異動させるよう仕組んだのだろう。
もしかすると……。1、2日目で少数の兵士を送り、エルドリア前線兵士を蹂躙せずに損傷を与えただけだったのは、遊撃隊を前線に送る理由作りだったのかもしれない。
……いや、それは考え過ぎか?
その事を話すと、皇子はため息をついた。
「リタ・ベンドリガーは西方連邦から直接狙われるほどの頭脳を持っているのなら、筋は通っている。……回りくどい方法だとは思うが」
「あくまで推測です。まあ、俺は邪神ですからね。リタは優秀です」
「邪……? 冗談だよな?」
「あ」
そこでリタと目が合った。
「り、リタ。今の話聞いてたか」
「いつも、アズマはわたしを置いてけぼりにして話をする。だから最近は聞くように努めている」
「そうか」
気づく。
リタに今の話を聞かれてしまった。
彼女にはずっと、狙われていることを話していなかった。
責任を感じてしまうと考えていたからだ。
気が抜けていた。
まずったな。
……いや、開き直ろう。
もうここまで大きな事態になれば隠す方が難しい。
リタには事実を伝え、自分自身も気を付けてもらわないといけない。
「……アズマ」
「なんだ」
「今の話は本当か?」
「本当だ」
「じゃあ、妹が攫われたのも、皇子様が狙われたのも、遊撃隊の皆が前線に出ることになったのも、全部わたしのせいなのか」
「そうだ」
リタは優秀な頭脳を持っている。
だから狙われた。
これは本人が原因ではあるが、責任は無い。
それに今の今まで大国が組織ぐるみで狙っているなんて知らなかった。
何か組織があるのだろうとは思っていたがな。
知らなかったから、防ぎようが無かった。
気負う必要は無い。
なのに、気負ってしまうのがリタだった。
「わたしの、せいなのか」
「そうだ。でも変にとらえるなよ」
「わたしが、戦争に参加するなんて言い出さなければよかったんだな……」
「それは思いつめすぎだ」
「そうだぞ。だが、辛いのであればよければ余がなぐさめてやるぞ?」
皇子様は両手を広げる。
おい、ここぞとばかりに下心出すなよ。
「いや、思いつめてはいない。あらかた、誰かに狙われているんだろうことは、二度も同じ相手に襲われた相手の事をよく考えたら薄々分かった。
わたしも馬鹿じゃないんだぞ。
それに機関の者に追われるのも、仕方がない研究をしていたのだ……。だが、やはり事実だと分かるとへこむ」
「機関の者……そうか」
久しぶりに厨二発言を頂いた。
何にせよ、そこまでショックでないならよかった。
リタはけろっとした表情で刺客の死体の元へ歩いて行った。
その背中は、少し小さくなっているように見えたのは気のせいではないだろう。