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第40話


「なぜこのタイミングでの前線参加なんですか!」

「何度も言わせるのではない! 兵士の補充が必要であるゆえになのだ!」

「我々は前線での海岸防衛用の訓練を行ってきた訳ではありません!」

「エルドリア兵士であるなら、いかなる状況にも強靭な精神で対応せい!」

「無茶です!」


三日目の明朝。

海に霧が立ち込める中、海岸近くのベースキャンプ。

朝一で届けられた命令に不満を抱いたゾフィが、エロニエル公爵を追い回していたのを俺は見つけた。


「いいか、ゾフィ・グレイヒム! 今わが軍にはある疑惑が湧いている。

 遊撃隊は前線の兵士の手柄を奪うのではないかという疑念である。

 前線兵士の勝利目前で、敵に攻撃を加えられるような位置に貴様らは控えているからなあ。

 その疑念により士気の低下が懸念されるのだ!

 それに敵の数は想定よりも少なく、波状攻撃に徹している。

 今は最も負荷のかかる前線に集中するべきなのである!」

「くっ……それは分かっていますが……。

我々は神聖国の皇子も擁しています。

 彼を危険な前線に送ることはできません!」

「あれは死んでも良い!

 皇帝からその様に言伝もある!」

「そんな……!」


衝撃の事実に、ゾフィは立ち尽くした。

エロニエル公爵はそんなゾフィを見ると、気味よさそうに鼻で笑った。そして安心したようにどこかへ行ってしまった。

その隙を見て、ゾフィに近づく。


「ゾフィ、今の話本当か?」

「……アズマ。……そうよ。本当。私達遊撃隊も前線に参加しろと先程下令されたわ」

「そうか、それは最悪の事態だな」

「本当に申し訳ないわ。まさかこんなことになるなんて……。

 これなら町に残っていた方がましだったかもしれない」

「そうかもしれないな」

「皇子という保険も、なぜかここに来てうまく機能しなかったわ……」


――皇子の事は気にしなくてもよい。

そう公爵は話していた。

皇子の命が危険にさらされることを、皇帝が承諾したらしい。

もしかすると皇子は皇帝からこの戦争で命を落とすことを望まれているのかもしれない。

となれば、皇子を遊撃隊に入れた事がマイナスに働いたことになる。


「……これは私のミスよ。

 ごめんなさいアズマ」


悔しそうに歯を食いしばるゾフィ。


「……」


自分の部隊を持ち、皇子を擁し、負け戦からいつでも逃げられるようにする。

この構想を考え、生み出したのは彼女だ。

そして一方的にその考えを押し付けられたことは事実だが、それに従うことを決めたのは俺達だ。

俺やリタは反抗しなかった。

ゾフィが色々考えてくれているのならば、安全だろうと思い込んで。

不覚疑問を投げかけることをしなかった。

だから責めることは道理に反するのかもしれない。

だが、ショックだった。

最前線で戦わなければいけなくなった。

それも唐突に決められて。

もっとも死に近い場所に立てと言われたのだ。


衝撃の余り、つい攻めるような口調で言ってしまった。


「こうなったことに俺達にも責任はあるが、ゾフィの責任は大きい」

「……ごめんなさい。私が無理矢理動かしたのに、こんな結果になって」

「こんなの、ふざけてるだろ……。

 あんなに色々安全だって言ってたのに

 敵も今のところ勢いが無いし、これなら、後方支援に回ってた方が良かったんじゃねえの」

「そう、かもしれないわ」

「はあ……」


当初は後方支援部隊へ配属されることを考えていた。

それがゾフィの一存で遊撃隊に回されるようになった。

こっちの方が安全だから、と。


戸惑いが苛立ちになって、ゾフィにぶつけてしまっていたのは自分でもわかっている。

だが、言葉にしないではいられなかった。

ゾフィだけが悪いわけじゃない事は分かり切っていたが……。

ああ、くそっ!


……いや。

ただイライラしてても解決にならない。

切り替えないと。

俺とリタが生き残るにはどうすべきかを、考えないと。


いつの間にか、リタが俺の後ろに来ていた。

彼女は状況が分かっていないようで、きょとんとしていた。


「リタ」

「どうしたんだ、二人とも」


俺は「行こう」とリタの手を引いた。

そうして気まずくなった空気から逃れる様に、俺はゾフィの元を去った。

ちらりと彼女を見ると、ゾフィは俺達から顔を背けた。


「アズマ?」

「向こうで話す」


海岸から少し離れた場所まで移動してきた。

人目に付きにくい荷車の裏に回り、俺はリタに先程の出来事を話した。

それを聞いてリタは目を見開いた。

驚きはしたもののゾフィを恨むようなことは言わなかった。


「そうか、そういう状況なら仕方がない」

「……随分と素直に受け入れるんだな」

「前線には父や兄が立っている。わたしの目的は彼らのために戦って、認められることだ。

 ならより近くで戦えるなら本望だ」

「……リタがそうしたいなら、従うしかないけどさ」


リタは主人だ。

前線で戦いたいというのならば、もう戦うしかあるまい……。


戦うとなれば俺は真っ正面から敵を迎え撃つことになるだろう。

運が悪ければ死に、良ければ生き延びれる。

生き延びた先には俺の兵士としての有用性がバレ、また明日も前線に投入されるだろう。

そうなれば敵の波状攻撃が終わるまで戦うことになる。

落ちれば死ぬ綱渡りのような毎日が始まる。

それでも、戦うしかない。

リタがそういうのであれば。


覚悟を決めようか……なんて思ったところで、リタが「ただ……」と言った。


「ただ?」


リタはまっすぐに俺を見た。

その目は、俺を気遣っているようだった。


「アズマをもはやこんな危険な状況になって巻き込むわけにはいかない。

 だから、アズマが逃げると言うのならわたしは逃げる」

「は?」


「逃げる」なんて言葉が出てくるなんて思わなかった。

しかも、逃げるかどうかを俺に決めさせる?

冗談だろうか?

まさか、俺を試しているのか?

「逃げるのか?」と言われたら逃げたくなくなる心理を逆手に取ろうという魂胆か?

そんな手だとすれば、心外だが。

分からない。

カマをかけてみるか。


「じゃあ……逃げるか」

「わかった」


おずおずと言ってみると、リタはあっさりと頷いた。

そして間髪入れず、ゾフィの元へと歩き始めた。


「え?」


まじで?

どうやらリタは終始本気であったらしい。

本当に俺を気遣っていたのだ。

疑った自分が恥ずかしくなって、慌ててリタを止めた。


「リタ、ゾフィに話してどうするんだ。やめとけ」

「ゾフィにはちゃんと伝えて置かないと心配するだろう?」

「それはそうだけど、お前本当にそれでいいのか」


この戦場から離れれば敵前逃亡だ。

武功を成すとか、そんなレベルじゃない。

むしろマイナスだ。

リタが立ち止まり、振り返る。


「元々真正面から敵と戦うのは無理だし、危なくなったら逃げる約束だろ?

 戦争で戦うことなんて、わたしのわがままなんだ。

 わたしの名誉や体面より、アズマの命の方が大事だ」

「そうだけど」

「じゃあ、逃げないといけない。

 約束したから、ここまでアズマは来てくれたんだ。

 ならわたしも約束を守らないといけない」


彼女はまっすぐ俺を見つめている。

迷いは感じられない。

むしろ、俺の出した条件を破るまいと固く決意しているようだった。

そんな事まで考えてたのか、この子は……。


「わ、かった」


口から出た声はかすれていた。

自分が軽々しく口にした言葉を思いのほか真剣にとらえられたようで、困惑していたからだ。

リタ、いいのか、本当に?

自分から逃げると言っておいてなんだが、リタを止めたい衝動に駆られた。


「……」


でも待てよ?

俺の発言は置いておいて、実際俺はどうしたいんだ?


……逃げたい。

そうだ、俺は最初から逃げたかったのだ。

ゾフィの作戦がうまくいかなくて、俺とリタが危険にさらされると分かって逃げたかったのだ。

ならばこの流れは俺にとっては本望だ。

なのに、どうして止めようとか考えたんだ俺は。

その場に立ち尽くして、呆然と考えた。


気づくと、リタはゾフィと二言、三言話してこちらに戻ってきていた。

ゾフィは……半泣きだった。

リタが逃げ出すならば本人としては万々歳だというのに、なぜ泣いているんだ。

責任を感じているからか?

それとも――


「アズマ」

「……なんだ」

「行こう」

「そうだな」


思考は、名前を呼ばれたことで遮られた。

リタの後ろを付いて行く。

俺達はキャンプの中を突っ切り、雑木林の方角へ向かった。


「……」


再びゾフィの方を見る。

その時はもう半泣きではなかった。

真面目腐った顔で俺を見て、何か言った。

口は「その子を頼む」と形作っていた。

俺とリタが見えなくなるまで、彼女は俺達の方を見ていた。


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