第38話
500人もの人間が狭い空間で死ぬと、それはもう悲惨な光景が生まれる。
首を失い戦いで死んでいる者はまだましだ。
踏まれ肉片と化した死体。
呼吸困難で苦悶の表情をしながら魂を失った死体は、見ていて辛かった。
そんな死体から目をそらしてはいけない。
埋葬し、砂浜を衛生的にしなければならないからだ。
その作業は精神的に苦痛であり、勝利の感覚を損なわせる。
だからこそ、最前線で戦わない俺達が死体処理をメインで行わされた。
後方からのこのことやってきて、死体の処理をさせられる俺達。
そんな俺達を、前線で戦った兵士たちは兵士用のテントから半ば嘲笑の目で見ていた。
特に傭兵や平民の目は痛い。
前線を避け、安全な場所で漏れ出た敵兵を掃除するボンボン部隊め……と言われているようだった。
俺やゾフィは全く気にすることなく死体を処理した。
だが、中には半分キレた奴らも居た。
そいつらは怒りに任せ、テントに向かおうとした。
気持ちは分かる。
彼らだって、好きでこの部隊に所属しているわけではないのだ。
でも、俺達がぬくぬく安全な後方で観戦してたのは事実だ。
エルドリアの犠牲者200人の中の一人となるリスクを俺達は負わなかった。
「リタ、大丈夫か」
死体処理中、青ざめながら作業をしていたリタに話しかける。
死体を見るのは初めてではないだろうが、触る事に慣れる奴は稀だ。
「……大丈夫だ」
「ほら一人じゃ重いだろ。右足持てよ」
「ありがとう」
死体を引きずり、火葬場まで運ぶ。
「今まで、戦争に参加したいと意気込んでいたが。わたしは肝心な事を忘れていた」
その途中で、リタが立ち止まり言葉をこぼした。
「肝心な事?」
「……敵もまた、人だという事だ。
何を当たり前な事を、と思ってくれて構わない。
そんな当たり前な事を、わたしは忘れていた」
「そうか」
いやはや当たり前な事である。
だが、リタは戦争を間近に見た事は無いし、この世界に記録用の映像はない。
だから敵の姿を具体的に想像することは難しかったのだろう。
今日初めて戦争を目の当たりにし、ようやくリタはこのことに気づいたのだ。
「家族のため、自分が認められるため、犠牲になるのはまた家族や自分のために戦う者なんだ」
リタは俺を見た。
少し、お疲れ気味だ。
今日は一日気を張ってただろうしな。
「リタ。でも、家族と自分の人生、相手の家族と相手の人生を天秤にかける必要は無いぞ。今は自分と、自分の家族の事だけを考えないと」
「そうだな」
「それに俺達は侵略を受けている。敵の兵士も有志だ。情は必要ない」
戦争で人を殺すことは犯罪じゃない。
ただ自分の武功を上げる事だけを考えてくれればいい。
ここに来て、哲学的な事を考えられて、決心が揺らぐと俺も困る。
もうここまで来てしまったのだから。