第37話
女神像下町からダーボンの海岸まではおよそ3キロの距離がある。
海岸沿いには複数の漁師の小屋があり、その後ろに雑木林がある。
少し高所となっているその雑木林を抜ければ、町への一本道に出る。
道は町まで1キロほど直線に続いている。
俺達グレイハウンド遊撃隊は海岸後方の雑木林で待機を命令されていた。
雑木林は中ほどまで来ると、木々の間から海岸を見下ろすことができた。
俺は戦場を眺めるゾフィの横に立った。
「ほぉー、壮観だな」
波打ち際には無数の兵士。
具体的には正面に歩兵が2000、騎兵が両翼に250ずつ、後方に弓兵100人が二列に並んでいる。
大軍だ。
エルドリア各地から集めた騎士、傭兵、領民が結集し、海を睨みつけている。
そんな軍勢の一番後方に、馬に乗る男とその護衛が見える。
彼は本防衛作戦指揮官であるエロニエル・ドナウバー公爵だ。
シモのことで頭がいっぱいな高級貴族だそうで、しかも貴族らしくその趣味も悪いとか。
また、彼の屋敷の近くは幼い少年少女を通らせてはいけないとか。
そんな噂を他の兵士から聞いている。
あんな変態で指揮は大丈夫か。
「比べて、敵は少ないわね」
「こっちの半分以下じゃないか?」
総勢2500近いエルドリアに対し、西方連邦は30隻の船で大体500人の歩兵を上陸させるのみだった。
魔導士はおろか、弓兵っぽいやつも居ない。
鎖帷子で全身を覆ったような歩兵だけだ。
「なんだか拍子抜けじゃないか? 前線を抜けられることもなさそうだし」
「分からないわよ。何か企んでいるに違いないわ」
本当に敵兵が少ないのか、何か作戦があるのかは分からない。
エルドリアにも西方連邦に送り込んだスパイは居るが、皆殺されたか報告が間に合っていない。
敵の全貌は分からない。
そんな中、今回の戦いは始まった。
「動いたわね」
始まりは敵の突撃だった。
総勢500人の敵軍が砂浜を駆け出し、エルドリア軍に向かう。
まとまりはなく、命知らずな突進であった。
上から俯瞰できる状況だと、巨像に戦いを挑む子ライオンのようで、自殺にも見える。
敵の突撃を、エルドリア軍は正面から受けた。
ど真ん中は大盾を担いだ傭兵の担当だ。
屈強な彼らは多少押されながらも突撃を止めた。
盾は数十秒に一度押し出され、敵は転倒する。
その隙に盾が開かれ、槍が敵を刺す。
なんだか、古代スパルタの戦争映画を思い出す。
あの陣形はファランクスだったか。
それを繰り返し、見る見るうちに前方の連邦兵士は死んでいく。
「何というか、一方的だな」
「そうね」
10分も経つと、敵は100人近くを失っていた。
対するエルドリアはその半分も死んでいない。
その状況を見て形勢不利と思ったか、敵軍は左右に分かれ歩兵を避けて騎兵を狙いだした。
待ってましたとばかりに両翼のエルドリア騎兵は前進し、左右から敵軍を攻撃した。
エルドリアの正面の歩兵も前進し、右と左それぞれで敵を囲い込んだ。
西方連邦兵の全方位をエルドリア軍が囲み、圧迫する。
四面楚歌となった敵歩兵は、遠目でも分かる阿鼻叫喚となった。
首をはねられ、踏みつけられ、味方同士で押し合いへし合いしている。
身動きが取れず、中には圧死する者も出だす始末。
そこに勝敗は完全に決した。
太陽が夕日に沈むころ、海岸には無残な西方連邦歩兵の死体が500体転がっていた。
海は赤く染まり、白亜の砂浜は血だらけだった。
残ったエルドリア兵達は、圧倒的な勝利に酔いしれ、勝どきを上げていた。
完全なる勝利により、前線を突破し得た敵は0だ。
俺達グレイハウンド遊撃隊は役目を果たすことはついに無く、戦況を上から見下ろしていただけだった。
歓喜の声に震える空気にさらされ、遊撃隊の中には何やら悔しそうな面持ちの奴も出だした。
自分も前線で戦い、勝利を共にしたかったのだろう。
戦わずに済んでほっとしていたのは、俺とゾフィくらいだっただろう。
こうして一日目の戦闘は終わった。




